遅く起きた朝は

 BMIヒーローファットガムの休日の朝は遅い。彼の活動の場は主に繁華街であり、必然的に夜間のお仕事が多いためだ。

 すっかり高くなったお日様を見上げて、小夜はちいさく息をついた。

「今日もいいお天気」

 ひとりごちたその時、がちゃりと寝室の扉があいた。そこから出てきたのは、みんながよく知るまんまるかわいいファットさんではなく、整った顔立ちをした筋肉質の男性で。

 ごくたまに、太志郎はこの姿になる。
 ファットガムの個性は脂肪吸着。
 敵本体や受けた衝撃をその脂肪に吸着し沈めることができるが、受けた衝撃が大きければ大きいほど彼の脂肪は燃えてゆく。ゆえにあまりに激しいバトルのあと、彼は痩せてしまう。
 痩せると言っても、ひょろりとした感じにはならない。あの山のような巨体を動かすには、相当量の筋肉がいる。だからどんなに脂肪が燃えても、太志郎はがっちりしている。

「おはよう」
「おう、おはようさん」

 上半身は裸、下半身はハーフパンツというカジュアルないでたちで腰のあたりをぼりぼりとかきながら、太志郎は「くああ」と、大きなあくびをした。ふわふわとした金色の髪には、小さなねぐせ。
 太志郎はやっぱりかわいい。

「なんやおまえ、もう俺のシャツ脱いでしもたんか」

 すでに洋服に着替えている小夜を見下ろして、太志郎がにやりと笑う。

「夕べ、俺のシャツ着とるときのおまえ、あないにかわいかったのに」

 低く甘く、注ぎ込まれた彼の声。
 片方の口角だけを軽くあげただけの笑み。
 大型肉食獣のように光る、黄金に近い琥珀色の瞳。
 それらはさきほどまで彼がにじませていたかわいさとは全く違う、大人の色気を含んだものだ。
 小夜の身体の奥にうっすらと残る昨夜の性愛の熾火が、このときいっしゅん、熱を増した。

「ああ、その顔もええな。かいらしわ」
「もう!」

 どん、とお腹を叩くと、ははっ、と太志郎は高くわらった。

「ちょお、顔洗ってくるわ」
「ん、飲み物はコーヒーでいい?」
「今日はミルクと砂糖いっぱい入れてや」
「はいはい」
「ええこ」

 小夜の頭頂部にかるくキスを落として、太志郎は洗面所へと消えていった。

***

 コーヒーをセットして、スイッチを入れる。できあがるまでの少しの時間をもてあまし、小夜はこっそり太志郎のもとへと向かった。
 洗面所では、ちょうど彼が棚から一本のスプレーを出したところだった。洗面台の上には三枚刃のT字カミソリ。
 太志郎の太くしっかりした指がスプレーのボタンを押した。ノズルから出てきた泡をもう片方の手で受け止め、顔にのばしていく。次に彼は手のフォームをお湯で洗い流し、カミソリを手に取った。太志郎の手はとても大きいから、男性用のひげそりがまるでおもちゃみたいに見える。

「おまえ、なに見とんねん」

 小夜に気づいた太志郎が、軽く眉をひそめた。

「カッコいいから見てていい?」
「ひげ剃りがカッコいいて、なんやねん。まあ、かまへんけどな」

 呆れたように息をつき、太志郎はまた鏡に向かう。
 ひげそり姿がカッコいいというのは本当だ。
 男のひとがカミソリをつかってひげを剃るしぐさは、色っぽいと思う。電動シェーバーにはない色気だ。 

「太志郎、電動シェーバー派じゃないんだ」
「普段は電動やで。せやけど俺、この姿やとあちこちでこぼこしとるやろ」
「……まあ、そうね」

 でこぼこって、それは鼻とか顎のことだろうか。

「せやからいつもの調子でガーやると、なんやこう、そり残しができてしまうんや」
「ふうん」

 そこで小夜はひとたび黙り、太志郎もひげ剃りの続きを始めた。
 洗面所の中に響く、しょり、しょり、というかすかな音。
 おおきな身体をすこしかがめて鏡に向かう太志郎は、やっぱりとてもセクシーだ。

「あいた!」

 フォームと共にほとんどのひげがそり落とされたあたりで、太志郎が声を上げた。

「だいじょうぶ?」
「やってもうたわ」

 太志郎が残ったフォームを洗い流す。きれいに剃られたひげ。だが太志郎は痛そうに顔をしかめている。

「なァ」

 と、太志郎が身体を大きくかがめた。小夜は背伸びをして、彼の顎に唇を寄せる。

「なんでそっちやねん」

 不服そうに片方の眉を上げてから、彼が声のトーンを一段落とした。

「この場合は、こっちやろ?」

 太志郎の唇が、小夜のそれと重なった。
 はじめやさしかった口づけは、やがて深く熱いものへと変わっていった。侵入してきた厚くて大きな舌が、口腔内を蹂躙していく。
 力が入らなくなって落ちかけた腰を、太志郎の大きな左手がうけとめた。

「しもたなァ」

 彼の右手が小夜の後頭部に回り、ゆっくりと髪をすいてゆく。

「朝飯の前に、おまえを食べたくなってしもたわ」

 ええ? と、たずねられたので、小さくうんとうなずいた。

 食事より行為を優先するなんて太志郎にしてはめずらしいことだ。でも、たまにはこういう日もあっていい。
 遅く起きた、休日の朝くらいは。

2021.3.7
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