ソレイユ

 苛烈なる夏の日差しが、金色の矢のように降り注いでいた。他の季節にはあんなにも優しく感じられる陽光は、夏になると様相を変える。

「はー。めっちゃ暑いな」

 汗をふきふき隣を歩く太陽のような人に、そうねと応えて笑みを返した。
 彼――ファットガム――は太陽によく似ていると、小夜は思う。
 敵には峻烈なる存在として立ちはだかるのに、弱き者に対してはどこまでも優しく温かいひと。

「でも、わたしはそんなに暑くないよ。太志郎さんが日陰を作ってくれてるから」

 優しい彼はこうしていつも、さりげなく風上や太陽の側に立ってくれるのだ。日差しや風から守るように。初めて会った時から変わらずずっと。

「やー。ほんでもな、俺汗っかきで体温高いから、そばにいるだけで暑いんちゃうか?」
「大丈夫」

 応えて、まん丸い身体には似合わぬごつごつした手に触れた。それに気づいたファットガムが、大きな掌で小夜の手を包み込みながら、照れくさそうに小さく笑う。

「今日は付き合うてくれてありがとさん」

――君の一日を僕にください――

 お誕生日になにが欲しいかたずねた小夜に、ファットガムはそう言った。
 ヒーローは過酷な職業だ。休みでも出動要請がかかることも多いし、そうでない日はそうでない日で身体を休める必要がある。だから休みといえど、丸一日をデートに費やすことは、なかなかできない。
 もちろん、ヒーローが過酷な職業であることはわかっているから、そのことに対する不満はない。それに一緒に暮らしているのだから、どんなに忙しくても毎日会える。けれどファットは、どうもそのあたりを気にしているようすだった。

 だから、このおでかけは小夜からファットへのプレゼントと言うよりも、彼から小夜への贈り物といった意味合いが強い気がする。

「……お礼を言いたいのはわたしのほうよ。久しぶりに一緒にお出かけできて嬉しい。でも、太志郎さん疲れてない?」
「大丈夫やで。俺が君とお外でデートがしたかったんや。朝起きておひさん見たときは『さすが俺、晴れ男の面目躍如や』思たけども……暑すぎんねん。しかしほんま場所の選択ミスったなァ……。立ってるだけで汗ダラダラ出てくるわ」

 と、ファットが不意に上を見上げた。視線の先は時計台の横に設えられた温度計だ。表示されている数字を見て、ふたり同時に声を上げた。

「四十度?」
「四十度やて? 大変や! 早よ冷やさへんと俺ユデっとさんになってまうやん!」

 おどけた表情としぐさがかわいくて、ますます愛おしい気持ちになった。うふ、と笑うと彼も嬉しげに微笑む。暑いけれど幸せだなあと、心の底から強く思った。

「ユデっとさんになる前に、ソフトクリームでも食べて身体冷やしましょ」

 時計台の向こうに見えるワゴンを指してそう告げると、器も身体も大きな人が、せやな、と瞳を輝かせた。


 小夜はバニラを、ファットはチョコ、バニラ、抹茶、ストロベリーの四種類を三つずつ注文し、一番近いベンチに腰を下ろした。

「ホラ。もうそっち溶けてきとるで、かわいいおててが汚れてまう」
「ありがと」

 彼の言う通り、暑さのせいで買ったばかりのソフトクリームがすごい勢いで溶けてゆく。垂れないように小夜も一生懸命食べてはいるのだが、それよりも溶けるほうが早いのだから参ってしまう。
 それなのにファットの食べる早さときたらどうだろう。小夜がひとつ食べきるより早く、ファットは合計十二個のソフトクリームをあっという間にたいらげてしまった。本当に圧巻の一言に尽きる。

「……さすがねぇ」

 感嘆の声をもらしつつ、なんとかひとつを食べ終えて、息をついた。

「大慌てだったけど、たまには外で食べるのもいいね」
「ほんまやな……。ちゅうても俺は、しょっちゅう外で食べてるけども」
「たしかに」

 大きな鉄板を抱えて江洲羽の街を練る歩く彼の姿を思い出し、笑ってしまった。
 そういえば、と、小さく呟きファットを見上げる。と、予想した通り口元が汚れていた。食べ方が汚い訳でもないのに――むしろきれいなくらいなのに――どうして口の周りが汚れるのか、不思議でならない。

「太志郎さん、ちょっとかがんで」

 大きなお口の周りをウェットティッシュで拭き取ってあげると、おおきにという声が返された。

「ハー、生き返ったわ。ほんじゃ、ひまわり畑のほう行ってみる?」
「そうね。なんかひまわりの迷路もあるみたい」
「そら楽しそうやな。ほな行こか」

 この暑いのになぜわざわざひまわりを見に、と呆れられそうだが、ふたりはひまわりの花にちょっとした思い入れがある。
 ふたりはかつて、世にも珍しい三月に咲くひまわりの前で、互いの気持ちを確かめ合った。粉雪がちらつく中で咲いていた、一輪の巨大なひまわり。
 あの日のことを、小夜はいまでもはっきりと思い出すことができる。

 ふたりで手をつなぎながら歩いて行くと、すぐにひまわり迷路の入り口が見えてきた。高さ二メートル以上ありそうな、背の高い品種を使ったお花の迷路だ。だが入り口は広めだが、中の通路は狭そうに見える。平均的な体格の大人二人が並んでギリギリ通れる、という感じ。
 ううむ、とファットが腕組みをした。

「俺は入るの無理そうやな。ひまわりなぎ倒して進むわけにもいかへんし」

 確かにその通りだ。ヒーローがせっかくの迷路を破壊しながら進んだりしたら、いろんな意味で大惨事になってしまう。

「図体デカくてほんますまんな。痩せたタイミングでまた来よか」

 頭をかきながらすまなさそうにする彼が、とても愛しい。

「大きいのも太志郎さんの魅力のひとつでしょ。あっちにもたくさんひまわりあるみたいだから、今日はゆっくり見て回ろ」

 つないだ手にきゅっと力を込めると、ファットがまんまるのお顔でにかっと笑った。

「ね、太志郎さん。あっちにすごく大きなひまわり!」
「ほんまや、めっちゃデカいな! なんや親近感わくわ」

 一つ向こうのブロックに、巨大なひまわりが咲いている。他の花より一段も二段も大きなひまわりにも、今のファットのセリフにも既視感があった。

「……なんや、前も似たようなことあったな」
「わたしも同じこと考えてた」

 大好き、と思いながら見上げると、ファットが片方の眉を高々とあげてにやりと笑った。それは先ほどまでの屈託のない笑顔ではなく、ちょっと「悪い」表情で。

「なん? そないじっと見つめたりして、もしかして俺が男前やから見とれてしもた?」
「そうね。かっこよすぎて見とれちゃった」

 にっこり笑うってそう応えると、こちらをからかう気まんまんだったであろうヒーローが、さっと顔を赤らめた。おちゃらけて、褒めたり口説き倒したりするくせに、自分がされるととたんに照れる。そんなところも、とてもかわいい。

「太志郎さん、照れてる」
「うっさいわ……」
「かわいい」
「もう黙り」

 くしゃくしゃと頭をかき回す大きな手のあたたかさを感じながら、小夜は「あのね」と心の中で小さくつぶやく。
 お誕生日プレゼントもちゃんと用意してあるの。その手にぴったりあったサイズの、クロノグラフの腕時計。

 気に入ってくれるといいな、と思いながら再び彼を見上げる。すると丸いお顔が近づいてきて、額にキスを落とされた。

「おおきに」
「人前ではやめてって言ってるのに!」
「せやって、かわいかったんやもん、しゃーないやん。今日は俺の誕生日やし、特別ちゅうことで」

 そう言ってちょこんと首をかしげるのだからたまらない。このかわいさに、小夜はいつも抗える術をもたなくて。

「もう……今日だけだからね」
「おおきに」

 大輪の花が開くようにファットを見つめながら、しみじみ思う。

 あなたはまるで、太陽の花、ひまわりの化身。大きくて、黄色くて、明るくて、見ているだけで元気になれる。
 そんなあなたに、心からの祝福を。

2023.8.8
2023年ファット誕
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