新大阪まで約二時間半。そこから江州羽までは乗り換え含めて十分強だから、きっと間に合う。
……はずだった。
ところが、太志郎くんの部屋のインターフォンを押し、待つこと数分。中からはなんの反応もない。スマホを取り出し、時刻を確認。画面には「8月8日 0:07」の文字。
誕生日は丸一日休みを取った、という太志郎くんの言葉からサプライズを企て、何の連絡もせず、いきなり自宅をたずねてしまった、自分の馬鹿さ加減に呆れる。
太志郎くんは関西有数の繁華街を守るヒーロー・ファットガムだ。往々にして繁華街の事件は夜間に起きることが多い。よってこの時間に彼が帰宅している可能性はそう高くはないのだ。サプライズ訪問に浮かれて、そんな簡単なことにも気づかなかったとは、本当に自分が情けない。
さて、これからどうしよう。
太志郎くんには明日の朝一番の新幹線で江州羽に向かうと伝えてあるので、きっとそれまでには返ってきてくれるとは思うのだけれど。
今からホテルを探すのも大変そうだし、ネットカフェで朝まで過ごすか、それともここで待つか。太志郎くんの事務所はこの下だから、そっちに顔を出してみるか。でもお仕事中に迷惑をかけるのは嫌だしなあ……。
なんてことをぐるぐる考えていたら、階段の方から、呆れた声が響いた。それは、ヒーロースーツ姿の、この部屋の主。
「ちょ………なまえ……! こないなとこでなにしとん⁈」
「太志郎くん!」
大きな身体を揺らして、太志郎くんがわたしに駆け寄る。太志郎くんはめちゃめちゃ体重があるのに、動きが軽やかなのは本当にさすがだ。
「なまえ〜。こっち来たなら連絡してや。こんな時間に一人でこないなとこおったら危ないやろ」
「……ここ、ヒーロー事務所の上だから大丈夫かなと思って……」
「あかんあかん。そういうちょっとした油断から事件に巻き込まれることもあんのやで」
「お仕事中だったら悪いかなと思って」
「そやったらそやったで、どっか安全な場所で待つよう言うわ。なんなら事務所で待っとってくれてもええんやし」
「……うん。ごめんね」
すると太志郎くんははっとしたような顔をして、次に大きく破顔した。
「俺の方こそスマン。怒っとるわけやないんや。心配やったからつい強く言うてしもた……ところで、どないしたん? なんかあったんか?」
「ううん。あのね、一番に太志郎くんにおめでとうって言いたかったの」
「……ッ!!」
まんまるのお顔が、赤く染まった。
「そないかわいいこと言われたら……もうッ!」
感極まったような声をあげ、彼がわたしを抱きしめた。太志郎くんは縦にも横にも前後にも大きいから、抱きしめられたら全身が彼の中に埋もれてしまう。ふかふかであったかい太志郎くんの身体。
わたしを優しく受け止めるこの肉体が、凶悪なヴィランを沈める武器になると思うと、少し不思議な気分だ。
「太志郎くん、お誕生日おめでとう」
「おおきに。俺は世界一のしあわせモンやなあ。ほな、早よう中入り、暑かったやろ」
わたしを抱きしめながら、太志郎くんは器用に鍵をあけ、そのまま部屋の中へと歩を進める。力持ちの彼にとっては、わたしの体重などあってないようなものなのだろう。
エアコンが効いた家の中は涼しくて、わたしはほっと息をつく。
「なまえ。ありがとな」
掠れた低音と同時に、照れたようなお顔がゆっくりと近づいてきた。わたしはそれに合わせるように、そっと目を閉じる。
優しいキスを受けながら、世界で一番しあわせなのは、太志郎くんじゃなくて、きっとわたしのほうだなあ、と、しみじみ思った。
2026.8.8
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