つり目の生活
me

▽2020/06/01(Mon)

言葉の力は、とても偉大で、そして様々な効力があって、とにかく大事なものではあるけれど
自分にとって言葉は、誰かを飾る為の宝石のようなものであって、かつその選んだ言葉達の選び方は、自分だけにしかできない絶対の武器だと思っている。

特に、こうして残る「文章」としての書き言葉は



行間の余白、言葉と言葉を繋ぐ余白、余白の使い方こそがその言葉をどう響かせるかが明確に違ってくるので、余白の使い方を頭の中で上手く組み立つつ、かつて培った語彙力の全てをその瞬間に使い切る。燃え尽きるかのような、その瞬時の対峙だと思っている、

絶対に私だけにしかできないこと、それは唯一だし絶対のもので。確実に、私だけにしかできない。

だからこそ、唯一のものだからこそ、それを武器に切り刻む快感を、もう十数年続けている


誰かに刺さればいいと思っている。そして死ぬまで抜けなければいい

私はもう既に何人かに刺されているし、その人達の言葉に今だ飾られて、その余白の余韻に今だに浸って生きている

言葉の効力はそれ程までに凄まじいものだ


時に、残酷な言葉であっても、鋭すぎるものでも、それが美しく刺さればそれはもう「完成」なのではないだろうか、

刺さり方も全ては美の為、という片付け方。それしかできない、
今こうして窓の隙間から肌に触れていった、大型車の去っていく残響と、その匂いと、それらは全てが美しいと思う

常に「美しいものに触れて生きていたい」


美しいもの、美しい人、美しい文に美しい匂い、感覚、五感で取れるものは全てが美しいものであって欲しい。
その情緒の余韻が無ければ、私は絶対に生きていけない。
人よりも何よりも、自分にとっては情緒が無ければ生きていけないのだ。何なら、食事や睡眠よりも。

指先でも、ただ肌そのものでも、触れていく。そして去っていく、風と匂いと、それを感じた瞬間の余韻に浸っていないと死んでしまう。

大事なものは何ですか、と聞かれたら迷わず「感性」だと答えるだろう


それを言葉に興す自分の力があって良かったと思う。表現する力があって、本当に良かったと思う、

自宅に、近い内に帰る。その時、語彙力に関する本を持って帰ってこよう








prevnext