つり目の生活
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▽2021/01/13(Wed)

基本的に家に居る生活が続いている

今日は人生初のコインランドリーに洗濯物を運んだのだけども、想像以上にいいお値段するのでびっくりした、なんて、ありふれた日常生活に馴染み始めている。
丁度私がコインランドリーに行く時間帯、近所の小学校の下校時間だった、 道路が小学生で埋もれたくらいである。そこに、防犯の人や保護者も相まって、完全に生活のそれが溢れていた。
いつかは自分も子供を持つようになったら、その日常の中に溶け込むのだろうか
今はまだ、あまり想像ができない

夕暮れ時にはもう、ランドセルの集団は消えていて、代わりに私服で近所の店や道路で遊ぶ子供達が見られた。皆マスクはしているけれど、そこまでコロナの悲壮感は無い。
元気いっぱい過ぎるほどの日常を送る彼らに、安心感と何とも言えない、決してマイナスではない複雑な感情を抱きながら私は布団を運んでいた


「生活」というのは時に恐ろしい。仕事だって生活の一部なのだが、「仕事」という概念は私の中では非日常であり、気を張っている内は「生活」とは呼べないものだ。
薬指に今は銀色に光るものがあるけれど、それだって決して当たり前ではないわけで。
如何に夫婦のような生活をしていたって、正式に書類を提出している訳ではない。まあ、正式に家族になった所で、それでも別れが来る所なんていくらでもあるのだけど。それは私が一番良く知っている、

ただただ、綺麗なものを、研ぎ澄ませた感性で受け入れたいだけなのに、なかなかどうしてその生活は手に入らず。
美しいものだけに囲まれて生きている人間というのが、この世に果たしているのだろうか、なんて、分かりきった答えが既に用意されている疑問を、自分の中で問いかけてみる。
無論、答えはもうあるし、自分はそれにはなれない訳で、そうしてまた来月には仕事をしている予定の人間が、感性だの何だのというのは笑える話かも知れない

こうした文章も、趣味で書くからいいのかも知れない。勿論、お小遣い程度のお金が貰えるのならそれはとても嬉しいけれど、これでかなりの金額を稼ぐ、なんて事にもしもなったら今みたいにリラックスした状態で書くことはできないだろう。
好きなことを仕事にする、というのは実はとても辛いことを知っている。だから、作家にはなりたくないし、編集なども考えたことは無い。
考えたことが無いというと嘘になるけれど、少なくとも入社試験や面接などは一回も受けていない。ほんの少しでも、その世界の現実を知ってしまってから、まあ自分には向いていないと解っている

逆に私は接客に向いていると自分で思ったことは無いのだけれど、どうしてか今まで接客業が多かった。
そしてしっかり成績も出してはいたので、向いていたのかも知れない。
次に目指しているところも飲食ではないものの、接客ではある。
結局、人と関わるのが好きだったのだね、

けど、もう前のような接客はできない。フォーマルに切り揃えられた自分の接客がどうなるか、ある程度の予測はつくが数字として残せるのだろうか。

まずは就職先が決まってからだね、色々準備していきましょう、エーザイ。








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