鱒ガメッシュと女神



それは凍えるように寒い日のことである。右手に薄らと痣のようなものが浮かび上がり、それを見つけた父が自分のことのように喜んでいた。聞けば、聖杯戦争という戦争に参加できるものだというではないか。我はその戦い自体に興味があった。だから、聖杯を手に入れる気は少しもないのに頷いてみせた。場所は日本にある冬木という街らしく、我は当分の間そちらに住まいを設けることとなった。

そしてその時はやってきた。屋敷の地下に降り、用意された液体で呪文を唱えながら魔法陣を描く。


「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。
  降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」


 「閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ
  繰り返すつどに五度。
  ただ、満たされる刻を破却する」

              
 「―――――Anfangセット。」

 「――――――告げる」

 「――――告げる。
  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 「誓いを此処に。
  我は常世総ての善と成る者、
  我は常世総ての悪を敷く者。


  汝三大の言霊を纏う七天、
  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

すると、言い終わるとすぐに眩い光と風が部屋を荒らした。その光と風が収まった頃、魔法陣を見ればその中央には女がいた。

「問おう。貴様が私のマスター……えっ?」

挨拶もそこそこに金のベールを被った女は我を見て硬直した。

「挨拶もなしか?不敬であるぞ。」

「も、申し訳ございません、王よ!」

我の言葉にすぐに女はすぐにひれ伏した。……本当に英霊か…?

「貴様、クラスは?」

「ランサーです。」

「ほう?名は?」

「……ハレク、と申します。王よ。」

「ふっ、主ではなく王か。まあよい、許そう。では、ハレク。我の名はギルガメッシュ。俺の手足となれ。良いな?」

「はい、王様。必ずや貴方様の手に聖杯を、」

「いや、それはいらん。」

我の言葉にベール越しでもわかるほど呆けたランサー。本当に大丈夫なのか?この女。

「い、いらない!?」

「ああ。興味が無い。」

「……?(あの王様が、興味を示さない?)」

「興味があるのはそれをかけた戦争だ。」

「……では、貴方様を満足させられる戦いを出来るように、精進いたしますわ。」

「……意外だな。聖杯が欲しくないのか?」

「…………私の願いは聖杯に願う前に叶いました。」

だから要らないと首を振ったランサーは、何を思ったのかベールを外した。甘い紅が我に向けられる。その刹那、体に衝撃が走る。心臓が急に早く鼓動を刻み始めた。

「っ、貴様、魅了チャーム持ちか!?」

「は、はい!ですが、人を魅了するには準備が必要なので今は出来ません!」

「では、コレはどういうことなのだ……!」

ドクドクと高鳴る胸と熱を持った頬。これではまるで我が生娘のようではないか!

「不快でしたら隠します!申しわけ、」

「かっ、隠すな!ずっと外していろ!」

「えっ!?で、でも……?」

これ、身分隠しのベールですよ?と困った顔をするランサー。今更ながらまじまじと見つめればランサーと言いながらなかなかに際どい服装である。まったく、そのような軽装で、怪我でもしたら、…………ああ、もういい。認めよう。我はなぜかこの英霊に惹かれてしまったと。魅了ならば、かけた張本人であるランサーが気が付かないわけがない。

「ランサーよ。」

「はい、王様。」

「常に我の隣にいろ。霊体化はするな。」

「えっ、」

「良いな?」

「お、仰せのままに……?」

困惑するランサーを見て、もう少し困らせたくなった。なかなかに良い顔をするではないか。

「……そうだ。ランサー、この部屋、どうしてくれる?」

「どう……!?これは、私が……?」

ああ、と頷くと顔を真っ青にしたランサー。突風のせいで部屋がめちゃくちゃに荒らされているから当たり前か。

「も、申し訳ございません!今すぐに元通りにいたします!時よツァイト!」

ツァイト、それはドイツ語で時を意味する単語ではなかったか?と考えればランサーは人差し指で円を書いた。するとみるみるうちに部屋が元通りになった。ほう?

「今のはなんだ?」

「私の能力ですわ、王様。お気に召しましたか?」

「ふん……普及点をくれてやろう。精々我を楽しませろよ。……ハレク。」

「っ!!はい!王よ!貴方様のために尽力をつくし戦わせていただきます!」

こうして我たちの聖杯戦争は幕を開けた。



2017/02/05 0:59(執筆)
2017/02/05 20:24(加筆修正)


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