贋作者と"わたし"



真夜中の薄暗い廊下を歩く。日中の賑やかな声は無く、静まり返った廊下には私の足音しか聞こえない。時々、まだ寝ていない者や夜間担当の研究者たちの部屋の灯りが廊下に漏れ出している以外は、本当に何もない。廊下の窓から空を見上げても相変わらずの吹雪で、星の一つも見えやしなかった。
そんな中、私が何をしているのかと言えば、食堂に向かっていた。眠れないときにはホットミルクが良いとは誰が言い出したことなのか。眠れない私も例に漏れずそうしようと足を運ぼうとしていた。こんな時間に誰もいないだろうと、そう思っていたが、厨房には見慣れた赤い外套。

「こんな時間になにしてるんですか。」

見慣れた背中に思わず声をかけてしまった。自分から声をかけるなんて、何をしているんだろうか。いや、どちらにせよ食堂に入るなら見つかっていたと思うけれど……。

「……キミこそ、こんな時間に何をしに来たんだ?」

「眠れないので気晴らしに。」

「そうか。少し待っていたまえ。」

アーチャーはそう言って慣れた手つきで何かを入れ始めた。それを厨房近くの席に座り待っていれば、目の前に出されるホットミルク。

「……ほんと、変わらないですね、キミも。ありがとう。いただきます。」

「ふっ、褒め言葉として受け取っておこう。飲んだらそのまま部屋に戻るんだぞ。」

はーいと間延びした返事をすれば返事は短くと返って来た。もう本当お母さんみたいですよ、あなた。
渡されたミルクの熱くもなく温くもない丁度いい温度とほのかな甘味に舌鼓を打つ。しかし、その美味しさも台無しになるような雰囲気がアーチャーから出ていることに気が付いた。なにか、言いたそうだなとは思ったがあえて口には出さない。飲んでいる間、重苦しい沈黙が漂う。飲み終わる前に話をしないようであれば私は部屋に戻るつもりだ。私は何を知りたいのか言われなければ答える気はないから。すると、飲み終わりそうな頃に意を決したようにアーチャーは私を見つめた。私は手にしていたマグカップを机に置き、灰色の瞳を見つめ返す。

「……キミは、どちらなんだ。」

「どちらって?」

「……。」

「黙っていたら、いつまで経ってもわからないわよ?」

「……黄木と言峰、といえば分かるのか?」

やっぱりか、と思わざるを得なかった。私を知っているサーヴァントは大体聞いてくる。なぜ彼らにも両方の記憶があるのかは分らない。分からないが記憶があるならしょうがない。どちらも、私だから。

「どうなんだ?」

「そうですね。どちらも私であって私ではありません、と言うのが正しいと思います。どちらの成長かは、想像にお任せしますよ。ただ、私にも両方の記憶があるとだけ、言っておきます。」

アーチャーにはそう言ったものの、どちらの成長後ではないのだけれど。それはそれという事で。とりあえず、それを聞いてどうするのかと聞けばアーチャーは珍しく困ったような、そして何かを後悔しているような色を見せた。……ああ、そういえば、言峰呉羽わたしが死んだのって、

「……もしかして、気にしているんですか?」

「ん?」

言峰呉羽わたしを、手にかけた事。」

ガチャンとアーチャーが拭いていた皿が手から滑り落ち割れた。そのことを謝り怪我がないかと聞いてくる彼は明らかに動揺していた。ふむ、これは重症ですね。しかしまあ、なんというか。

「貴方が気にすることはないでしょうに……。」

「……そうもいかないだろう。」

「私が貴方に頼んだことです。殺してくれ、と。それを貴方が叶えてくれた。それだけです。」

「しかしだな!」

「ああ、もう!うるさいな!悪は正義に倒される!それでいいでしょう!?」

昔から頑ななところも変わらないなこの男。もう少し柔軟に対応したらどうなんですか……!

「私がいいと言ってるんだからいいんです!それに、これ以上は私への冒涜とみなします。……もう、忘れてください。」

「呉羽……。」

「私は私の為に精一杯動いたんです。その結果が、ああだった。」

それだけです、と吐き捨てるように言い、残って冷たくなったミルクを飲み干す。ごちそうさまでしたとだけ声をかけ足早に食堂を立ち去った。背後から聞こえた謝罪の言葉は聞かなかったことにして。




2017/02/03 16:16(執筆)
2017/02/05 19:50(加筆修正)


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