04

「カツキすげーよ、ヴィランに捕まって傷ひとつねーの」
「やっぱタフだよなー!」

次の日。爆豪の机の周りにはいつもの取り巻きに便乗してクラスの男子の大多数が集まっていて、昨日大物ヴィランに捕まったのに怪我もなくいつも通り厚顔で登校している爆豪を褒め称えていた。しかし、爆豪はいつもだったら偉そうにふんぞり返ったり騒ぎ始めるのに、今日は機嫌が悪いのかなんなのか、小難しい顔をしながら黙っている。

あの後、何故かあの現場にNo.1ヒーロー・オールマイトが現れると、たったの拳一振りでヴィランを退治してしまって、爆豪と緑谷は救出された。天候を変えてしまうほどのパワーに圧倒されたし、オールマイトが助けに来るまで人質となって戦った爆豪のタフネスさも分かっているつもりだが、それ以上にあの場で本当に凄かったのは誰なのかを、わたしは知っている。昨日の出来事を思い出しながら、隣の席をぼーっと頬杖をついて見つめていると、その席の主が扉をガラッと開けてやって来る。

いつものオドオドした様子ではなく、その顔は晴れてすっきりとしていた。すこしキラキラと輝いても見えるようなその表情に驚きながら緑谷を見つめると、わたしと目が合った彼は一気に頬を染めていつもの挙動不審な様子に戻る。

「お、おひゃ…おふ……」
「おはよ、緑谷」
「…っおはよう、苗字さん……」

挨拶を噛みまくって、プシューと沸騰したかのように顔を真っ赤にしながら両腕で顔を隠して照れている緑谷を見て、クスリと笑った。昨日の勇姿を見せた本人だとは思えないほどピュアだ。

「ねぇ、緑谷」
「なに?」
「昼休み、時間あったりする?」
「あ、あるけど…どうして?」

授業の準備をしようと教科書をリュックから出し始める彼に声をかけると、依然頬を染めながら緑谷は大きな瞳をわたしの方へ向けた。
昨日緑谷が爆豪を救けた姿をみて、彼に伝えたいことが出来た。転校した初日に本当は伝えなければならなかった事。状況を考えて伝えるかどうか迷っていたけれど、もう迷うことなんて何もない。そう思い、昼休みに時間を取り付けた。



「なんで一緒にお昼…?」
「まぁまぁ、いいじゃん」

昼休みになり、校舎裏にお弁当を持って二人で移動する。何事かと身構えていたであろう緑谷も困惑気味になんでお昼を一緒に食べる流れになったんだろう?と首を捻った。「もしかして嫌だった?」と聞くと思いっきり首を横に振って強めに否定する割には「他の人に見られたら、君があれこれ言われるから…」と眉を下げてしゅんとする。別に、気にしなくていいのになぁ。あんなやつらには言わせておけばいい。

「あっ、!そういえば…昨日、助けてくれてありがとう」
「へ?昨日?」
「ほら…かっちゃんに言われて、"取り消せ"って言ってくれただろ?」

お弁当箱を広げて食べ始めると、緑谷はおずおずと食べ始めながら、昨日の出来事に対してお礼を言った。昨日は色んな事があったから最初は緑谷が何に対してお礼を言っているのか分からず、一瞬ハテナがいっぱい頭に浮かぶ。でも内容的に爆豪が「ワンチャンダイブ」とかふざけたことを言った時のことのようで…ん、待てよ?ていうか。

「かっちゃん?」
「…え、…あ、そう…」
「アイツ、かっちゃんって呼ばれてるの!?」

爆豪勝己のあだ名がかっちゃん。あの凶暴な見た目なのに随分可愛らしい呼び方で呼ばれてるんだな、今度呼んでやろ。とケラケラ笑っていると、緑谷は「多分怒ると思うけど…」と眉を下げた。どうやら聞くところによると、緑谷と爆豪は幼稚園からずっと一緒の幼なじみらしい。小さい頃はよく一緒にヒーローごっこをして遊んでいたほど仲が良かったのだとか。そんなお互いがあだ名で呼び合う…いや、爆豪の「デク」は蔑称なんだろうけど。でも、それほど仲良しだった二人がいつからこんな風になってしまったのだろう、なにか原因でもあったのかな?と首を捻るが、緑谷自身も原因はよく分からないらしく、気が付いたらこうなっていたのだと話す。

「まぁ助けたっていうか首突っ込んだって感じだったし、なんか思い返したら逆に迷惑だったかもとも思ったんだけど…」
「そ、んな……!迷惑だなんて!」
「そっか、それなら良かった」

自分と重ね合わせて無謀な挑戦を止めるべきか迷って、結局口をはさんで、でもそれは緑谷にとって迷惑なことかもしれないと思い返して。結局わたしは迷ってばかりだったけど、緑谷はまた大きく首を横に振って「迷惑じゃない」とはっきりとわたしの行為を肯定してくれた。

「…ねぇ緑谷」
「なに?」

転校初日、わたしは彼に「ヒーローになりたいのか」と聞いた。緑谷は俯いて自信がなさげな顔をしながらも「うん」と答えた。ヒーローとは、一見華々しい姿をよく見るが実際のところは危険な仕事だ。個性ちから個性ちから。それが強力であればあるほど、危険は常に身に降りかかる。
そんなヒーローに、あのヘドロヴィランと戦ったという危険な目に遭った後のいまでも、まだなりたいと思えているのだろうか。

そんな事を考えたけれど、何だか聞くまでもなさそうで。彼の深緑の大きな瞳からは、昨日までには感じられなかった覚悟のようなものが滲んでいるように見えて、「なりたいのか」なんて無粋なことを聞くのはもうやめた。


「緑谷は、いつかきっとすごいヒーローになる」


無個性だとか、貧弱だとか、ヒーローヲタクだとか、全然何も関係ない。大衆を掻き分けて爆豪を救けに走った緑谷の姿は、わたしが今までに見たどの背中よりも眩しくて、その小さな背中にわたしは勇気を貰ったのだ。”無個性”だとか”没個性”だとか、そんなのは夢を諦める理由にはならないんじゃないか。

わたしは、この世界で脇役だと思っていた。この世界に存在するその他大勢の通行人A。個性も成績も平凡で、たいして突出することもない平均的な子。だから特別にはなれないし、誰かの特別な人にもなれない。ヒーローにもなれない。そんなことを漠然と思っていた。でも、昨日緑谷がわたしに教えてくれたのだ。わたしはわたしの思うままに生きていい。心の赴くままに、身体の動くままに、動いて走っていいんだ。この世界の脇役でも、特別になりたいと願ってもいいんだ。

わたしだって、ちゃんと自分の人生の主人公なんだって。


「そう思わせてくれた緑谷は、もうわたしのヒーローだよ」


わたしがそう言うと、緑谷は泣き出しそうな顔をした。きっと彼も思い悩む日は多かったんだろう。わたしと同じように諦めようと思った時もあったかもしれない。そしてこれからもそんな場面はあるのかもしれない。でも、どうか諦めないで欲しい。きっと緑谷は最高のヒーローになれるから。

「…僕の方こそ…君だって、」
「っそれでね!進路の、ことなんだけど…」
「へっ?…う、うん……」

大きな瞳から零れ落ちそうになる涙をぐい、と制服の裾で拭いながら何かを言おうとしていた緑谷の言葉を遮って、わたしは緊張で震える指先を隠しながら意を決し、昨日配られた”進路希望調査票”をポケットから取り出した。そこには一度は第一希望に「聖白百合女子学園」と記入した文字が消され、その上に遠慮がちに新たな進路希望先が書かれていた。

「緑谷、雄英受けるんだよね…?」

わたしが差し出した進路希望調査票の第一希望欄にはわたしの文字で【雄英高校ヒーロー科】と書かれており、それを見た緑谷は元から大きな目を真ん丸くさせた。

わたしにとって、ヒーローを目指すということはものすごくハードルが高いことだ。あまつさえ「雄英ヒーロー科」なんて…そんなことをずっと思っていたけれど、緑谷というわたしにとっての最高のヒーローに出会った今、雄英を受験しないという選択肢を取ったなら、わたしは将来ものすごく後悔することになるだろうと思ったのだ。人生最大の賭けだとは思うけれど、出来ることなら挑戦してみたかった。何故なら、わたしが目指す先にはきっと必ず緑谷もいてくれるはずだから。


「…うん、受けるよ。雄英」


思っていたように、緑谷は全てを賭ける覚悟をしたらしい。今までみたいに自分を卑下することなく、勇ましい顔で真剣に言い放ったその言葉を聞いてものすごく安心した自分がいた。

緑谷にできるなら自分だって、なんて思ったわけじゃない。むしろその逆で、眩しい光を放ち続ける彼に「ついて行きたい」と思ったのだ。この小さなヒーローがどこまで飛んでいくのか、どんな風に強くなっていくのか、どうやって誰かを助けるのか。それをずっと近くで見てみたい、そう思ったのだった。

「…わたしも!受けたいの、雄英」
「っ、!」

そして、そんなヒーローの隣に立っていたい。勇気があって、かっこよくて、誰かの光になれるような、そんな人に。緑谷みたいに、わたしもなりたい。そう思いながら「一緒に、受けてもいい…?」と聞くと、緑谷は少し驚いた顔をした後、すぐにまた真剣な顔をして「うん、もちろん!」と大きく頷いた。

「一緒になろう!超カッコいいヒーローに」
「っ!…うん!」

没個性のくせにって笑われるかな、いや、この際もう笑われてもいい。大人になったつもりで簡単に自分自身や夢を諦めてしまうより、きっとずっとこっちのほうがいい。あなたの放つ光を掴み損ねてしまうより、その光に触れられている方がよっぽどいい。

あなたのようなヒーローに、わたしもなりたい。
そう、思ってしまったのだった。