03

あのあと、野次馬の誰かが教師を呼びに行って職員室に連行されるまで、わたしは爆発を起こしながら向かって来る爆豪をひたすらなし続けた。駆けつけた教師に別々に連れていかれ、指導室でひたすら怒られる。転校2日目にして暴力沙汰とは何事か、と。むしろ転校したばかりの生徒が暴力沙汰を起こすほどの環境がこの教室で出来上がっていることに教師として危機感を持って欲しいと思ったが、とりあえず口を噤んでおいた。今後は何かあったら暴力で解決せずに教師に相談すること。と言った生徒指導の先生におとなしく首を縦に振る。が、正直納得はしていないし同じことがあったらまた同じことをやるだろう。反省も後悔もしていない。

そんなこんなで帰るのが遅くなり、もうすっかり日も傾き始めていた。教室に取り残されている荷物を持って学校をあとにすると、今日のことを思い返す。やっぱり、やりすぎたかなぁ…また緑谷が「守られた」なんて馬鹿にされたり余計いじめが悪化したりしたらどうしよう。そんなことだけはひそかに反省した。

夢はとことん追った方がいい。そんな持論を掲げながら、緑谷が”無個性”だって知った瞬間「それは無理でしょ」と一瞬でも思ってしまったことが恥ずかしい。それは緑谷が自分で決めることで、わたしが決めていいことではないというのに。彼がヒーローを目指すうえで怪我をすることになろうと、それは緑谷自身が決めたことで、わたしが心配する事もまた彼にとっては不名誉なことなのだ。では何故、わたしは緑谷を心配しているのか。まだ転校して2日目で、お互いのことも全く分からず、友達というわけでもない。なのに何故こんなにも彼のことに首を突っ込んでしまうのか。ひとえに爆豪の許しておけない発言もひとつの要因ではあるけれど、芯はもっと深いところにある。それは、わたしが”自分と緑谷を重ねている”からだ。

個性社会になってからというものの、世の中は人の優劣を4歳までに決めるようになっていた。「個性が発現するかしないか」「個性は強いか弱いか」そんなくだらないことで決められてしまうのだ。当のわたしも4歳の頃に個性が発現したが、その個性が没個性である事で”その他大勢の人”へと振り分けられた。将来はオールマイトみたいに、エンデヴァーみたいに、強くてかっこいいヒーローになりたい。そんな誰もが抱く夢は4歳の頃にシャボン玉が弾けるように一瞬にして消えていった。ヒーローには”なれなくてもまぁいいや”と思うようになった。つまり、わたしはわたし自身を諦めたのだ。でもきっと、こう思う人は多く存在するだろう。わたしも周りもそう思っているのだから、きっと無個性である緑谷もそう思っている。そんな風に思ってしまっていたのだ。

わたしだって、正直な話ヒーローや雄英に憧れを抱いていないわけではなかった。小さな頃に見たオールマイトのように自分もなれるなら、それは願ってもいないことだ。けれど、現実と言うのは残酷なまでに等しい。わたしを客観的に見るのであれば、その辺にいる端役のようにどちらかと言うと地味で、気だけは強い通行人A。至って普通の人間が雄英なんて目指しても受かる確率は限りなく低い。わたしたちは、主人公にはなれないのだ。そう理解している以上、わたしは”雄英受験”という無謀な挑戦に「やってみないと分からない」と言える緑谷のような勇気も、「受かるから行くんだ」と言える爆豪のような自信も持ち合わせられなかった。

傷つくのが怖くて臆病で、自分を信じてあげられない。自分の夢や憧れを早々に諦めて自分自身で否定して、蓋をした。でもきっと、傷つきたくない自分にとってそれは正しいことで、今と同じように当たり障りのない人生をこれからも送っていくのだとしたら、それが正解なんだろう。わたしはNo.1ヒーロー・オールマイトでもなければ、赤レンジャーでもなくて、キュアピンクでもないのだから。脇役には脇役の人生の歩み方がある。

本当は緑谷も心のどこかでその事実に気が付いていて、引き返せなくて意地になって言っているのかもしれない。ただ、そうだとしても自分の意志を貫いて「雄英に行く」と、そう言える緑谷が急に眩しく感じた。こんな気だけ強くて本当は傷つきたくない臆病な通行人Aに同族意識持たれて心配されるなんて、ほんとに不名誉だよなぁ。一人で乾いた笑みを浮かべながらそんなことを考えていると、道中横を通る商店街が騒がしいことに気が付いた。気になって近づきながら背伸びをしてみると、ざわざわと騒がしい人の中からカメラのシャッター音と会話が聞こえてくる。

「すげー!何アイツひょっとして大物ヴィランじゃね!?」
「頑張れヒーロー!」

どうやらこの人ごみの先にはヴィランが出没しているらしい。さらにその辺のチンピラみたいな小物じゃなく、結構な大物が暴れているらしいときて、通常より野次馬の数がすごい。空には報道陣のヘリが飛ぶ。まさかこんな普通の町で事件らしい事件が起きるとは。少し驚いたけどまぁそこまで興味があるわけでもないし、野次馬の数すごすぎて見えないし。…帰ろ。そう思っていた時だった。

Boon!
聞き覚えのありすぎる爆発音が商店街の中心から聞こえてきて、思わず足を止める。え…いや、まさか…ね。個性だって人類の数ほどあるのだから、似た個性も当然いる。きっと"アイツ"のに似た爆炎系の個性を持ったヴィランが暴れているのだろう。頭に浮かんできた邪悪な顔を振り払いながら納得しようとしたのに、野次馬のその先にいる恐らく出動しているヒーローが話している内容が聞こえてきてしまい、ドキリと胸が鳴る。

どうやらベトベトした流動体のヴィランが良い個性の中学生人質をとっており、その中学生が抵抗してもがいてるおかげで辺りは地雷原と化しており、手が出しずらい状況…らしい。

中学生、爆発系の個性、人質。ここまで聞いてわたしは気が付いたら人を掻き分けて野次の最前列まで移動してきていた。目の前に広がるのは起こった爆発のせいで所々に上がる火。そして元凶であろう流動体のヴィラン。そしてそのヴィランに捕まっているのは。やっぱり、紛れもない爆豪勝己張本人だった。

口元を震える両手で押さえた。流動体のヴィランは何をしようとしているのか、爆豪の四肢を押さえつけながら口と鼻を覆い尽くしていて、遠くから見ても息が出来ずに苦しそうにもがく爆豪の表情を見て胸が痛くなる。粗暴な奴だけど、いやな奴だけど。ウザい奴だけど。それでも、こんな風に痛めつけられていいはずない。ヒーローはなにをやっているんだ。どうして爆豪を助けない?そんなことを考えている最中も、爆豪の爆破での抵抗は続く。

「ダメだ!これ解決出来んのは今この場にいねえぞ!誰か有利な個性が来るのを待つしかねえ!」

…有利な、個性。ごくりと息を飲んだ。
この場にいるヒーローが手をこまねいているというのに、頭のどこかで「助けたい」という気持ちが確かにあった。手を伸ばせば届く。見えるところに居る。このまま飛び出せば、知り合いが、クラスメイトが死んでしまうかもしれない現状を変えられるかもしれない。そんな遥か昔に諦めたはずのヒーロー願望が顔を出した。

けれど、わたしの身体はぴくりとも動かない。震える指先をただ握り締め合う。そんな事しか出来なかった。たった一歩を踏み出すだけでいい。なのに、その一歩を今すぐに踏み出せない自分の弱さがもどかしくて、悔しい。

どうしてわたしには、強い個性ちからがないのだろう。

もしも、わたしの個性にもう少し威力があれば。もう少し心が強ければ。わたしは爆豪を助けられたんだろうか。ヒーローという夢を諦めることなく、雄英受験を目指すと口に出来ただろうか。もしも…そんなどうしようもないタラレバを心の中で繰り返した。…馬鹿みたいだ。もう諦めたはずの事を引き摺るなんて、きっと真っ直ぐにヒーローを目指す緑谷に感化されてしまったのだろう。わたしなんかでは、その夢は叶えられないというのに。じわりと目に涙を溜めながらせめて爆豪が無事に救出される事を祈った。その時だった。

「馬鹿ヤロー!止まれ!止まれ!」

横から誰かが飛び出して、風を受ける。周りの野次馬やその場にいたヒーロー達が大声で静止しようと声を響かせた。風にあおられて顔にかかった髪を直しながら、野次馬から飛び出したその背中を見つめて、静かに名前を呼んだ。


「…みどり、や……」


その小さな背中は確かに間違いなく緑谷で、彼はその足を迷わせることなく真っ直ぐに爆豪の元へと走らせた。鞄を投げたり流動体のヘドロを掻き分けながら爆豪を救けようと試行錯誤していて、遠くに居るのに微かに声が聞こえるくらい何かを言い合っているようだった。

なんで、どうして。相手は強力な個性を持っているヴィランで、人質になってるのは緑谷を日常的に虐めている爆豪で。この場にいるヒーローだって叶わなくて、手をこまねいて、助けるのを諦めかけていたのに。助ける義理もなければ、助けられる手立てもない、ましてや助けられる” 個性ちから”もない。なのに、どうして。


「君が、救けを求める顔してた」


恐怖や不安で歪んでいたけれど間違いなく笑顔でそう言った緑谷。そういえば、何かのまとめサイトで見た気がする。トップヒーローは学生時代から逸話を残してるけど、その武勇伝の大多数は「気がついたら身体が動いていた」って言っているって。きっと緑谷は、勝算があった訳ではないんだと思う。勝てる見込みがあった訳でも、相手が爆豪だから飛び出したわけでも、なんでもないんだと思う。…ただ、身体が動いていた。救けを求める人を前にして、立ち尽くすことはなかった。

この場には、強力な個性を持ったヒーローもいる、たくさんの動ける大人も大勢居る、なのに。
無個性で小心者の緑谷出久だけが。

この場でただ一人だけ、本物のヒーローだった。