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わたしの個性が判明したのは、4歳の頃だった。大きな病院で何日にも渡って検査をした結果、痛みに対しての尋常ではない鈍感さ、また普通なら痛みを感じた時点で現れる脳波の揺れが全くないことから「痛みを無効化する個性」もしくは「痛覚がない個性」があるのではないか、という診断を受けた。

物心ついた時からみんなの言う「痛い」の意味も、その言葉を言うと同時に何かに弾かれたかのような反応をする理由も理解できなかったことから、恐らく生まれつきなんだろうと結論付けられ「痛覚無効」ではなく「無痛」という名前が付いた。

とはいえ、仰々しい検査の割には大したことのない、ただただ「痛みを感じない」というだけの没個性に正直落胆したのは言うまでもない。元々の身体機能に上乗せして現れるのが「個性」というものなのに、わたしの場合は”優れている”ではなく”足りない”。この個性の話を誰かにすると、いつも何とも言い難いような微妙な反応をされる。話を逸らされることも多く、中にはその話を最後に二度と話しかけて来なくなる人も少なくない。それほど個性というのは世の中で重要視されていて、強ければ強いほど良く、弱ければ価値のないものと評価されるのだ。

わたしの個性は、弱くて価値のないものだった。ただ「痛みを感じない」だけでほぼ無個性と言っても過言ではない。そんなことはわたしが一番よく分かっている。だからこそ、そのハンデを糧にしてここまで登り詰めたのだ。個性ではなく、わたし自身と努力を認めて貰うために。

そう思っていたのに、きっと何処よりも個性を重要視されるはずの雄英高校ヒーロー科に入学してから初めてこの個性の話をした、目の前にいる緑谷出久は。


「わぁ…すっごく良い個性だね…!」


そう言いながら、わたしに笑いかけたのだった。
はじめは冷やかしか嫌味かと思ったけど、わたしより少し高いところにある顔を見上げると、その瞳はキラキラと輝いていて、まるで新しいおもちゃを持っている友達を羨ましそうに見る子供のような表情をしていた。

”足りない”わたしの個性が…羨ましがられている?
意味の分からない緑谷の反応を前にわたしは言葉を失ってしまい、そのすぐ後に教室に着いたことで会話は終了。その言葉の真意を聞き出すことは出来ず、今日に至る。

緑谷出久。究極に変な奴だ。

英語の授業をしているプレゼントマイクの「エヴィバディSEYヘイ!」という声を聴きながらも、3つほど前の席に座る緑谷のモジャモジャ頭をじっと見つめ、あの時に言われた言葉を繰り返し思い返すが、やっぱりどう考えても自分の個性が「良い個性」だとは思えなかった。あの頭の中でどんな思考回路を巡らせたのか、ぜひ知りたいところだ。

自分の個性に若干のコンプレックスがあるとはいえ、ずっと引きずっているわけではない。緑谷の言葉に一時翻弄はされたが、個性に対して既に心の切り替えは出来ている。個性が不出来ならそれ以外を延ばせばいいだけだ。そんな心持ちで生きてきた。だから個性そのものより、わたし自身や努力したことを認めて欲しい気持ちのほうが大きい。

そんなわたしの希望が叶う授業が今日ようやく開始される。


「わーたーしーがー!!」

聞きなれたフレーズと声が、テレビ越しやラジオ越しではなくわたしたちがいる校舎の廊下から聞こえてくる。ざわざわっと教室内が沸き立つと、教卓側のドアがガラッ!と勢いよく開いた。

「普通にドアから来た!」

大胆に現れたその姿に、教室中に喝采が沸き起こる。
雄英高校は教員の多くが現役プロヒーローであり、既に今日一日で何人ものプロヒーローを目にした。しかしこのヒーローの登場には流石のわたしですらワクッと心が躍ってしまった。

No.1ヒーロー【オールマイト】

約30年前に衝撃のデビューを飾ってから今日まで事件解決率・支持率ともに衰えることを知らない、堂々の人気1位ヒーロー。ナチュラルボーンなヒーロー像と、ちょっとお茶目なユーモア溢れる人間性に心を奪われない人は居ないというくらい、老若男女問わずみんなが好きなヒーローだ。そんなオールマイトがこの雄英高校ヒーロー科1年A組の教室にいる。にわかには信じられなかったけど、今年度から雄英教師になったって噂は本当だったんだ。

だいたいみんな考えることは同じようで、コミカルな歩き方をするオールマイトを見ながら「画風が違う」や「銀時代シルバーエイジのコスチュームだ」と、嬉々とした声を次々に漏らしていた。わたしも生のオールマイトを見れたことは勿論嬉しいが、それはそれこれはこれ。今のわたしはこれから始まる授業の方が待ちきれない。そんな風に待機していると、早速授業内容が発表される。

これから行うのはヒーロー科には欠かせない授業【ヒーロー基礎学】主に訓練などの実技を教わる授業だ。「今日は”戦闘訓練”を行う!」というオールマイトの声に教室内のボルテージはMAX。教室の壁の一部がせり出して来ると、そこにはアタッシュケースのようなものがズラリ。すべてに番号が振られており、わたしのは21番だ。各々自分のケースを手に取ると、オールマイトは「着替えたら順次グラウンドβに集合」といって教室を出た。


雄英高校ヒーロー科には「被服控除」という制度があり、入学前に「個性届」と「身体情報」を提出すると、学校専属のサポート会社がコスチュームを用意してくれるというシステムがある。さっき手に取ったアタッシュケースに入っていたのがまさに各々に誂えた「ヒーローコスチューム」だ。

普通はみんな個性に沿ってどんな機能が欲しいか、個性の関係で出る副作用を補うためにどんなデザインにするかを各々が考え「要望書」として提出するらしいが、わたしの場合は要望も何も…といった感じだったため、ただただ欲しいアイテムと衣装のデザインを描いて提出。それがこれ。

「、侍?かっこいい……」
「でしょ」

黒の袴に黒の羽織り、長い髪は高めの位置で一つに結った。腰には長年使用してきて扱うのが得意な木刀。実は剣術に精通しているのだ。

真っ黒で和服というのは異色すぎて目立ってしまわないか少し気になっていたけれど、王道ヒーロースーツな子もいれば、青と紫という毒々しい色のぴったりスーツを着ている子、ロックな服装の子、露出…etc。様々な服装を見せられ、むしろ自分は落ち着いているほうなのだと実感した。


「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」


グラウンドβに着くと、ガンダムのようなコスチュームを着た男子が発した疑問から早速授業が再開され、これからやる授業内容が明らかになる。
今回行うのは屋内での対人戦闘訓練。普段わたしたちが見かけるヴィラン退治は主に屋外で見られるが、統計でいえば屋内の方が凶悪ヴィラン出現率は高い。昨今どこに行ってもヒーローが街をパトロールしているヒーロー飽和社会だ。少し頭がいいヴィランなら、何か悪さをしようとした時、見つからないように室内やみに潜む。理にかなっている。

そんな状況下でヒーローとしてどんな動きをすることができるのか。それを学ぶために、これから「ヴィラン組」と「ヒーロー組」に分かれて屋内戦を行う。そう聞かされて引いたのはチーム分けのくじ。中にはボールが入っていて、そのボールに描かれていた文字によってチームが決まるらしい。わたしはIチームだった。

「緑谷麗日のAチームと飯田爆豪のDチームが先行かー」
「どっちが勝つと思う?」
「まぁ…単純に考えれば飯田爆豪じゃね?昨日の個性把握テストでも二人成績良かったし」

最初に訓練を行うのはAチームとDチーム。それ以外は地下のモニタールームへ移動し、訓練の様子をモニタリングすることができる。各々の様子を見ながらみんなは好き勝手言って盛り上がっていたが、まぁ単純な戦闘力でいったらその通りなんだろうなとわたしも思う。緑谷は昨日あんな怪我をしたばかりだし、何だか個性の調整が上手く出来ない的なことも言っていたし。リスクを考えれば個性を使うのは避けたいはず。そう考えていると、ビル内に侵入を開始したAチームに向かって爆豪が奇襲をかけているのがモニターに映る。

バンバンと個性を放出する爆豪に比べて、素の力だけで対応している緑谷。体格のいい爆豪を背負い投げしているのには驚いた。…が。

「腰の入れ方が甘い、上半身で無理やり投げすぎ」
「あら、名前さんは武術に覚えがありまして?」
「うん」

しょせん素人に付け焼き刃。技の未完成さをボソッと指摘すると隣に立っていた八百万が反応し、あまり違和感はなかったけれどプロから見るとそんなに修正箇所があるんですのね。勉強になります、と真面目に返答。プロかどうかは分からないが。

「緑谷は粗削りだし、爆豪は受け身取る余裕なかったから背中強打したね。多分しばらく息できなかったんじゃない?」
「俺も昔食らったことあるけど、あれ受け身取れてないと痛いんだよね…」

そんな話をしていると、わたしと同じくIチームに割り振られた武術が得意だという尾白が話に入ってくる。一度武術を通ったものなら誰でも経験するものだが、尾白が言う「痛い」はよく分からない。息ができなくて苦しくはなったけど。

そんなこんなを話していると、状況は大きく変わっていた。やはり個性の使えない緑谷に対して、アドバンテージが幾段も上の爆豪。急激に緑谷を追い詰めていた。しかし爆豪は傍からみれば緑谷に個性を使わせたくて必死になってどんどん焦っているようにも見える。「勝ちたい」だけならさっさと緑谷を戦闘不能にすることも出来るのに、一撃必殺のような大技を緑谷には決して当てないようぶっ放す。

「ヒーローの所業にあらず…」

誰かが呟いた一言に数人が首を縦に振る。訓練にしてはやりすぎだと思うくらいジワジワと緑谷を追い詰める爆豪。緑谷との間に何があるのかは知らないが、私情は訓練には挟まないべき。とはいえ、真剣勝負の場なのにも関わらず、ずっと逃げてばかりで個性はおろか突破方法を試さない緑谷も「漢らしくねぇ」と言われればそうかもしれない。要するに、どっちもどっちだ。

戦闘の末、爆豪に立ち向かった緑谷は拳を振るう。この状況を打破する方法というよりは、やけくそのように見えた。昨日個性把握テストのボール投げを行った時と同じように腕にバリバリと緑色の光のようなものを纏ってそのまま爆豪に向かってその拳を打ち込む…かに、見えた。

左手で爆豪の爆破を帯びた攻撃を受けつつ、右手は個性を使用して下から天井を破壊。その上の階にいる麗日に勝負を預けたのだろう。飯田に向かってお茶子ちゃんが石ころを飛ばし、勝利条件である「核」をGET。モニタールームにも演習会場にも「ヒーローチームWIN!!!!」の声が響く。


「解せない」
「おっしゃりたいことは分かりますわ、あれが模範だと思われたら困ります」


戻ってきたAチームとDチーム。負傷して搬送ロボに保健室に運ばれた緑谷以外は何だか暗い顔をしながらモニタールームへと現れた。

私怨と抑えきれない感情からか、単独行動を起こし建物を破壊した爆豪。ヒーローとしてもヴィランとしても愚策だった。個性を使えないと知りながらそれ以外の対策をせず、最後にはそれ以降動けなくなると分かっていながら仲間頼りの攻撃をした緑谷。本物の核だったなら絶対やってはいけない方法で制圧しようとした麗日。いま、これが戦闘訓練で実践じゃなかったから許されているけど、もしもこれが実践だったら確実に市民が巻き添えになって多くの犠牲を出しただろう。

「…ま、まぁ…そこら辺はまた追々勉強していこう…ネ!」

2チームの訓練の講評を八百万と指摘しまくってスッキリした後、フォローするかのようにオールマイトがそう言う。