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雄英高校ヒーロー科とは、ヒーローを育成するための専門教育機関である。とはいえ、ヒーローも学なしでは務まらない。実技だけではなく通常の座学も授業内容に含まれていて、1日の大半は必修科目である英語や数学などを受けている。

プロヒーローが教鞭をとるということで「いったいどんな面白い授業をしてくれるんだろう」と期待していたけれど、授業内容自体は中学の頃と同じようなありきたりな内容だったことで、欠伸が止まらなかったのは言うまでもない。

お昼は学食でプロヒーロー・ランチラッシュが作った定食が安価でいただける。わたしは唐揚げの入ったA定食を注文。安くて早くて美味い。正義だ。

そして午後の授業。待ちに待ちわびたというような様子でそわそわと体を揺らすクラスメイト達を尻目に机に頬杖をつくと、廊下から「わーたーしーがー!」と聞きなれた声が聞こえてきた。


「普通にドアから来た!」


そう言いながら教室に現れたのはNo.1ヒーロー・オールマイト。その名前はあまりヒーローに造詣が深くないわたしですら顔と名前を知っている超スーパーヒーローだ。そんなオールマイトに憧れてヒーローを志すものは多くいる。現に、クラスメイトもオールマイトの登場に沸き立ち「本当に教師やってんだ」や「画風が違う」などと感嘆の声を上げている。

これからやる授業はヒーロー科には欠かせない授業【ヒーロー基礎学】。主に訓練などを行う実技授業だ。「今日は”戦闘訓練”を行う!」というオールマイトの声に教室内のボルテージはMAX。教室の壁の一部がせり出して来ると、そこにはアタッシュケースのようなものがズラリ。すべて番号が振られている。わたしのは18番。各々自分のケースを取ると、オールマイトは「着替えたら順次グラウンドβに集合」といって教室を出た。







「おお!?名前ちゃん…めっちゃお医者さんやぁ…」

雄英高校ヒーロー科には「被服控除」という制度があり、入学前に「個性届」と「身体情報」を提出すると、学校専属のサポート会社がコスチュームを用意してくれるというシステムがある。
そしてさっき渡されたアタッシュケースに入っていたのは各々に誂えた「ヒーローコスチューム」。

コスチュームの要望書なんてものも同封されていたけれど、何を書いたらいいか分からなかったわたしはとりあえず「医者としての制服」を絵に描いた。水色のスクラブに白衣、首には聴診器。胸元に名札代わりの免許をぶら下げている。せめてもの要望として医療道具をふんだんに詰め込んだ救急バッグならぬ救急リュックと、あれば便利と思ってサーモグラフィー搭載のゴーグル。長い髪は邪魔なのでゆるく一括りにしてお団子に。

更衣室でそんな格好に着替え終わったわたしに話しかけてきたのは、昨日のボール投げで「∞」という記録を出していたカワイイ系女子。名前は麗日お茶子というらしい。ヒーロー科、というだけあってか、クラス内の男女比率は圧倒的に男子の方が上。ここにいる女子はわたし含め全部で7人。すぐに話して仲良くなった。

「へぇ、医師免許ってこんな感じなんだ」
「本物のお医者さんいるって何か安心するね」
「なんかあったらよろしく」
「はは、まぁ怪我はしない前提で頼むよ」

みんなでわいわいと話しながらゾロゾロと廊下を歩いてグラウンドβへ向かう。わたしとは違ってみんなヒーローコスチュームには並々ならぬ思いがあるんだろう。途中で合流した男子もそうだが、コスチュームの細部までの作りに深いこだわりを感じた。

「あ、デクくん!?かっこいいね!地に足ついた感じ!」
「麗日さ…苗字さんも…うおお…!!」

お茶子ちゃんと喋りながら授業の再開を待っていると、遅れてやってきたのは昨日わたしの暫定おもちゃになった緑谷。彼のコスチュームをよく見ると、オールマイトの角のようなものが頭についている。なるほど、オールマイトのフォロワーだったか。と納得すると緑谷とバチっと目が合う。昨日の事を思い出したのか、コスチュームで見えないのにも関わらず顔を赤くしていると丸わかり。また面白くなって軽く投げキッスをしてみると明らかに動揺する緑谷。ほんと面白いな。


「先生!ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」


ロボのようなコスチュームを着た飯田が発した疑問から授業が再開され、これからやる授業内容が明らかになる。
今回行うのは屋内での対人戦闘訓練。普段わたしたちが見かけるヴィラン退治は主に屋外で見られるが、統計でいえば屋内の方が凶悪ヴィラン出現率は高いらしい。確かに、昨今はどこに行ってもヒーローが街をパトロールしているヒーロー飽和社会だ。少し頭がいいヴィランなら、何か悪さをしようとした時、見つからないように室内やみに潜むよな。理にかなっている。

そんな状況下でヒーローとしてどんな動きをすることができるのか。それを学ぶために、これから「ヴィラン組」と「ヒーロー組」に分かれて屋内戦を行う。そう聞かされて引いたのはチーム分けのくじ。中にはボールが入っていて、そのボールに描かれていた文字によってチームが決まるらしい。わたしはBチームだった。


「緑谷麗日のAチームと飯田爆豪のDチームが先行かー」
「どっちが勝つと思う?」
「まぁ…単純に考えれば飯田爆豪じゃね?昨日の個性把握テストでも二人成績良かったし」

最初に訓練を行うのはAチームとDチーム。それ以外は地下のモニタールームへ移動し、訓練の様子をモニタリングすることができる。各々の様子を見ながらみんなは好き勝手言って盛り上がっていたが、まぁ単純な戦闘力でいったらその通りなんだろうなとわたしも思う。緑谷はまだ個性を「調整できない」と言っていたし、昨日あんな怪我をしたばかりなのだ。今日もリスクを考えれば個性を使うのは避けたいはず。そう考えていると、ビル内に侵入を開始したAチームに向かって爆豪が奇襲をかけているのがモニターに映る。

バンバンと個性を放出する爆豪に比べて、素の力だけで対応している緑谷。爆豪は傍からみれば緑谷に個性を使わせたくて必死になっているようにも見える。「勝ちたい」だけならさっさと緑谷を戦闘不能にすることも出来るのに、一撃必殺のような大技を緑谷には決して当てないようぶっ放す。

「ヒーローの所業にあらず…」

誰かが呟いた一言に数人が首を縦に振る。訓練にしてはやりすぎだと思うくらいジワジワと緑谷を追い詰める爆豪。緑谷との間に何があるのかは知らないが、私情は訓練には挟まないべきだ。こんな危険なやり取りをして、大けがをしたら済まないぞ。そう思っていたが、数分後にわたしが怒りに似た感情を抱いたのは「爆豪」ではなかった。

戦闘の末、爆豪に立ち向かった緑谷は拳を振るう。その腕には昨日個性把握テストのボール投げを行った時と同じようにバリバリと緑色の光のようなものを纏っていた。左手で爆豪の爆破を帯びた攻撃を受けつつ、右手は個性を使用して下から天井を破壊。その上の階にいるお茶子ちゃんに勝負を預けたのだろう。飯田に向かってお茶子ちゃんが石ころを飛ばし、勝利条件である「核」をGET。モニタールームにも演習会場にも「ヒーローチームWIN!!!!」の声が響く。

左手は火傷や裂傷、筋肉損傷やおそらく骨へのダメージ。右手は言わずもがな、昨日の人差し指のように今度は前腕の骨を複雑骨折していることだろう。両腕に重い怪我を負った緑谷はそのまま意識を失い搬送ロボで保健室に運ばれていく。その様子を見ながらわたしは体の底から湧き上がってくる嫌な感情を必死で抑えていた。

…だからヒーローって苦手なんだよね。
私情だかプライドだかなんだか知らないけど、危ない橋を渡って自らを命の危機に晒して、それを「正義」という一言で片付ける。危険を回避して自分にできる範囲のことだけをしていれば傷つくことも命の危機に晒されることもなかったのに。傷ついたヒーローを助ける医者こっちの気持ちは何ひとつ考えちゃいない。

一度個性を使用して、あんな風に怪我をすることは分かっていた。なのに使用したのは、結局緑谷の頭の中には「助けてもらえる」という前提が頭の中にあったからだろう。そんな考えを前提に戦われるのは本当に気分が悪い。


「苗字、大丈夫か?」
「…大丈夫、ちょっと機嫌悪いだけ」
「二人とも外出てろ、危ねぇから」


講評のあとすぐに始まった次チームの訓練。わたしのBチーム対Iチーム。作戦や敵の配置状況など色々と話し合っている障子と轟の横でだんまりとしているわたしに障子が話しかける。が、轟はわたし達に屋外に出るように声をかけると「向こうは防衛線のつもりだろうが俺には関係ない」とビル全体を凍らせて無力化。すぐに核をGETして勝利する。正直戦えるような技量も持ち合わせていなければ、今は正常な判断をすることも出来なさそうだったから、チート能力の轟には助けられた。

その後も訓練は続けられていくが、特に大きな怪我をする人もなく順調に進んでいく。その淡々さを見て徐々に冷静になってきたわたしは大きくため息を吐く。

わざわざ怪我をして危険に飛び込む緑谷には腹が立つけど、わたしは「医者」だ。医師免許を取った時に誓ったじゃないか。「どんな人であろうと医者である限り命を救う」と。きっと保健室に運ばれた緑谷はおばあちゃんが処置しているだろうけど、わたしの「個性」が必要なはず。そう考えて頭をガシガシと掻く。

「…オールマイト先生」
「なんだい?苗字少女」
「保健室にいってきます。怪我人の処置をしないと」

授業中なのにも拘らず、オールマイトにそう告げ「あっ、ちょ…苗字少女!?」という戸惑ったようなオールマイトの声を尻目にしてわたしはモニタールームを抜け出した。







「っ!?苗字さん…!?」

ガラッと保健室のドアを開けツカツカと押し入ると、そこには意識を取り戻して処置を受けている緑谷と、わたしと同じくらい怒りを露わにしながら処置をしているおばあちゃんがいた。緑谷は「なんで…あっ、もう授業終わったの!?」なんて悠長に話しているもんだから一度引っ込めたはずの怒りが再燃。白衣のポケットに両手を突っ込みながら緑谷を上から見下ろすと、ようやく気が付いたのか気まずそうな顔をした。

「…緑谷」
「……はい…」
「怪我するの分かってて個性使ったよね?」
「…は、い……」

尋問するようにそう聞くと、背中を丸めながらも問いかけには答える緑谷。おばあちゃんに「アンタも来たなら手伝いな」と言われ、包帯や点滴のルート取りをしながら緑谷と話した。

確かにわたしは医者だ。どんなことがあっても命を救うのがわたしの役目だ。けれど「絶対」というものはこの世には存在しない。わたしが命を助けられる保証なんてどこにもないのだ。

今回は処置をしたから助けられた。けど、次は?もしもわたしがいないところで、リカバリーガールがいないところで。ヴィランに襲われたとして。一撃必殺のように個性を使って自分が傷ついて、ヴィランを無力化することも出来なかったら?今回の怪我より重い怪我をしてしまっていたら?


「緑谷、命っていうのは簡単に消えてなくなるんだよ」


手に届く範囲であっても、わたし達にできることはほんの少ししかない。助けられる範囲も、程度も、限られているのだ。ヒーローも医者も、神ではないのだから。


「生きてこそ、助けられる命がある」


だから、自分の命を最優先にして。危ないことは今後しないようにして。こんな怪我も、もうしないようにしないと駄目だよ。そう言いながら点滴に繋がれてベッドに横たわった緑谷の手を繋ぎながら自分の体力を緑谷に分ける。緑谷はそんな話を静かに聞きながら「ごめん…」と反省したように眉を下げた。

分かってくれたならそれでいい、そう思いながら「その辺にしないとアンタがぶっ倒れるよ」というおばあちゃんの小言を聞き体力の供給をやめて手を離すと。


「ごめん…苗字さんの言うことは正しいよ…でも、」


もしも今日と同じようにヴィランと対峙していて、そこに誰か「救けを求めてる人」がいたとしたら。苗字さんがいなくても、リカバリーガールがいなくても、僕はきっと。

今日と同じように個性を使うよ。

そう言った緑谷に、わたしは返す言葉がなくなってしまった。