1

「いってきまーす」

やる気のない挨拶と共にドアを開ければ、暖かな風が鼻先をかすめた。遠くに聞こえる鳥のさえずりに、季節が春を迎えたことを知らせてくれる。マンションに常設されたエレベーターを降りて、エントランスを駆け抜ければ、目の前にある公園にはでかでかと咲き誇る桜の木が、今年も自慢げに花びらを散らせていた。ああ、勿体無い。そう思って、ブレザーのポケットからスマホを取り出しカメラを起動させる。周りを気にしてる余裕はなく、カシャカシャと鳴るシャッター音を気にしないフリして何度も角度を変えながら、散りゆくさまを閉じ込めた。

今年も、春が来た。

そんな当たり前のことを頭の中で呟いてしまうほど、今年も綺麗に咲き誇っていた。こんな風に桜ひとつで感傷に浸ってしまうのは、春休み中に読んだ小説が原因だろう。桜吹雪に誘拐されてしまう少女の物語。すぐに影響される性格に、誰も見てないことをいいことに鼻で笑ってしまった。自嘲気味に、ってやつ。そんな表現も、小説の影響。
ピロリンと鳴ったスマホの通知音、それを見やればなかなかにいい時間だった。ヤバい、水泳部は新入生の整列任されてるんだった。人見知りの激しいメンバーが、自ら進んで仕事を貰いに行くとは考え難い。自分が行かない限り、彼らは生徒会室に顔を出さないだろう。もう一度スクバを肩にかけ直して、見慣れた通学路を走り出した。

失くしたボールペン

「つっかれた……」

にぎやかな教室に誰に刺さることもなく、消えていく私のため息。いいんだ、別に誰かに聞いてほしいわけじゃない。水泳部のマネージャーを選んだのは私だし、なんだかんだあのとも二年目になるんだから、耐えろ、耐えるんだ私。

「随分と面白いことになってるけど、どうかした?」
「うぇっ?…なんだ、赤葦くんか。おはよう」
「うんおはよ。で、?」

隣りの席に着く赤葦くんは、涼しい顔でカバンの中身を出しながら私にオープンクエスチョンを続ける。相変わらず表情が読めない。てか、赤葦くん同じクラスだったんだ。クラス分けの名簿、見損ねたんだよね入学式手伝ってたせいで。同じクラスだっていう部員と一緒に教室には来たから、自席にはたどり着けたんだけど。

「入学式疲れたなって」
「ああ、水泳部が当番だったっけ。よくやるよ、あの人数で」
「いくらじゃんけんで負けたからって、一学年八人しかいない部活に新入生の列整理させる?運動部の中じゃダントツで部員少ないのに」
「でもどの部活より結束力あるよね。いつもみんなで帰ってるじゃん」
「まあ、そこはどこにも負けないかなとは思うけど……てかよく知ってんね。バレー部いつも遅くまで練習してんのに」

体育館から見えるんだよね帰ってるところ、なんて言いながら教科書の整理が終わったのかおもむろにおにぎりを食べ始めた赤葦くん。二年目ともなると、このナチュラルな朝食タイムにも慣れたもんだ。赤葦くんはお米派らしい。

「あ、そうだ」
「ん?」
「今年もよろしく」

変わらぬ表情で顔だけをこちらに向けてそう言う。うん、よろしく。なんとか平然を装って返して、咄嗟に耳にかけてた髪を下ろす。
高校二年目の春、人生で初めて一目惚れをしたあの日から一年、彼と同じクラス、二度目の春が幕を開けた。


20200211




 back
top