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赤葦くんとの出会いは少女漫画である桜の木の下でバッタリ、とか授業をサボってたらとか、図書館で一緒の本に手が触れて、なんてものじゃなくて、同じクラスで最初の席が隣同士だったというものである。隣りの席って時点で少女漫画っぽいのかな、そう考えられるほどお花畑な脳を持っているわけではないので、普通の出会いであったことをここに記しておく。去年の担任は特殊な人で、名前順に席を並べず、ランダムに席が決められていた。梟谷高校には同じ中学出身が何人かいたけど全員クラスが違ったしそんなに仲が良かったわけじゃなかったから、ゼロベースで友だちを作らなきゃいけなかった。だから、まずは隣りの席の人と仲良くならねば!と思って声をかけたんだよね。あまりにも淡白で嫌われてるのかな?と思ったこともあったけど、これが赤葦くんの普通なのだと、一ヶ月もすれば理解した。
「さとう、今日って水泳部はランニングロード使う?」
「うん。外部に行くのは水曜だけだからね」
「バレー部もさ、体力強化でしばらくランニングがメニューに入るらしくて、多分被るかも」
「そうなんだ!えーっと、んじゃそのときはよろしく?」
「木兎さんが迷惑かけそうで出来れば被らないようにしたいんだけど……まあ、よろしく」
赤葦くんは春高を終えた一月の終わりころに副部長になった。私は水泳部のマネージャーだけど、夏以外は体育館やグランドでのトレーニングがメインになるから、こうやって練習場所について話すこともしばしば。ランニングロードは体育館の二階にあるギャラリーのことを指す。本来は室内競技の試合とかを見れるように作られたんだろうけど、運動部の中ではここはランニングロードで共通認識としてある。水泳部は主にここでランニングをしたあと、階段ダッシュをして、筋トレをして一日を終えることが多い。バレー部は体育館を走ればいいから、上から見かけることはあったけど、上にあがってくるのは珍しいな。
そんなことを考えながらも、放課後も赤葦くんと会えるチャンスがあるんだと思えば、心は浮足立つ。単純な奴め。
「そうだ、さとうって結局何取ったの?」
「あ、芸術科目?音楽だよー。あと、数Bも取った」
「どっちも一緒だ。違うのはなんだろ、物理?」
「私地学にした。もう物理は理科Aの時点でアウトだったもん」
「生物じゃなくて地学か。俺も余裕あったら取りたかったんだよね。今度教科書見せてよ」
授業と授業の合間は大体、席から動かずに赤葦くんと話しながら過ごす。一年の最後は隣りの席じゃなかったから、あんまり喋れなかったんだよね。わざわざ近くに来てまで、話すような間柄じゃないし……ただの、クラスメイトだから。
それでも、それでももし、高校二年生というこの先二度とやってこない華々しい時間を、理由などなく赤葦くんと一緒に居られるようになれるなら、踏み切ってみたい、なんて思ったりする。だって、二年生は何と言っても修学旅行がある、から。叶うなら……とか可愛らしい願いをしてみたくなるんだ。
***
「さゆみ、赤葦くんとまた隣りの席なんだねおめでとう!」
「いやなんでいるのスーちゃん。今日はクラブ練でしょ?」
「五限終わりだと余裕だから寄った!さゆみと話したかったし」
「茶化したいだけのくせに……」
部室へ行けば、クラブチームに所属している部員のスーちゃんが待ってましたと言わんばかりにロッカーの前に座り込んでいた。水泳部はクラブ練と学校練の2形態が共存している珍しい部活である。クラブ練の子たちはいわゆる水泳教室で日々練習をしているのだけど、インターハイに出るには学校に所属している必要があるから籍だけ置いてる。他校の強豪校なんかは部活に顔を出さずに試合だけ出てる人も多いらしいんだけど、梟谷は顧問がそれを許さなかったのと、単に人数の少なさから仲がいいので、週に一度の休暇は部活に顔を出しに来る。
「今年の文化祭は一緒に回ってくれないのかあ……」
「いやいや何言ってんの、まだ何も始まってないしなんならシンクロで回れないじゃん」
「そんなこと言ってさ、花火とか一緒に見ちゃうんでしょ?はー、うちだって同じクラスだってのに、赤葦くん名前曖昧っぽいからね。さゆみの友だちくらいに思ってそう」
「スーちゃんだって赤葦くん以外の男子の名前、曖昧なくせに……」
「まーねー。で、いつ頃言うの?」
「特に決めてないよ。勝率が見えない戦いには挑まないタイプなので」
怖がりだなあーと笑いながら、スーちゃんはカバンから取り出したポッキーを貪る。自分の色恋沙汰を聞かれるのは嫌なくせに、人のは面白がって聞きたがるんだから、困るよね。話す内容から気になるのか、先輩たちの目がチラチラとこっちを向いている。気づかぬふりして着替え始めるけど、マネの先輩がニヤリと笑ったのを見たときに、ああ終わったなって思った。ランニングロード、行きたくないなあ。
「同じクラスになったんだ」
「みっこさん、なんでそこ切り取るんですか」
「隣の席って聞こえたから。いーねー青春だねえ」
「そう言う先輩は木葉先輩と順調ですか?」
「はい逸らさなーい。いいんですよこちらのことなんて。日々変わり映えないですからね」
「何故に敬語……」
「バレー部来るんでしょ?私ドリンク用意するからさゆみがタイム取ってね」
「ええっ、今日順番的にはみっこ先輩だから安心してたのに……」
「さゆみの声はよく通るから、人数多い時には持ってこいだと思うんだよね」
よろしく〜と手のひらを振りながら去っていく先輩。と入れ替わりに入ってきたバレー部。水泳部の部員はいつでもオッケーって顔で各々ストレッチをしてる。
「あ、さとう。いまから?」
「、うん。一緒にスタートする?」
「三十分間走だよね。お願いしてもいい?」
「人数増えてもやることは変わらないから、大丈夫」
そう答えれば、赤葦くんは先輩たちに始まることを伝えに言った。人数的にレギュラーメンバー?しかいないのかな。そんなに多くない。
「15分で反対回りになるので注意してください。それでは行きます!よーい、ハイ!」
「お疲れ様です、あっ先輩こっちです」
「お疲れーって、アンタは水泳部じゃないでしょ」
「いてっ、別によくね?」
30分は案外長い。一周ごとにタイムを読み上げていればあっという間だけど、走ってる本人たちは相当疲れると思う。私も少しだけ心拍数が上がっているのは、ラスト五分間は一分ごとに大声で合図をするからだ。これが、体育館中に自分の声が響くのでかなり恥ずかしい。
トントン、と肩を叩かれたので部員かと思い振り返ると、タオルで顔を拭き上げてる赤葦くんがいた。
「おつかれさま、」
「ん、……さとうの声って、本当によく通るね」
「え?」
「いつも下で聞いてるから、今日こっちで聞いてて、ステージの裏に居ても聞こえるから、すごいなって」
「あー、ははっ、聞こえないと居る意味ないしね。水の中も声聞きづらいから」
「俺、あんまりランニングって好きじゃないんだけど、今日は楽しかった」
おつかれ、そう言って赤葦くんは右手を挙げて去っていく。その後ろを学校内でも有名人な木兎先輩が付いていって、ランニングロードは一瞬にして静かになった。
「私は脈ありだと思うんだよね」
「!!ちょっ、みっこ先輩!」