土曜日、迷子になりました


愛してくれと言ったことはない。だけど、もっと私のことを見てほしい、とは言ったと思う。
食器棚に並んだピンクと青のマグカップ。洗面所に並んだ歯ブラシ、私には必要ないシェイバー。寂し気に佇む、ベランダの灰皿。

昨夜、彼氏の鉄朗が家を出て行った。原因はなんだっけ、もうなんか、最近は喧嘩のしすぎで忘れちゃった。売り言葉に買い言葉で、いつもみたいに怒る鉄朗に同調するように、言われたら言い返す。それを繰り返してたら、「もういい」なんて出て行った。そこまではいつも通り、近くのコンビニへ行って、謝るキッカケ作りをして帰ってくる。アイス片手にごめんって言われたら、私も意地なんか捨ててごめんねって、謝る予定だったのに。
鉄朗が出て行ってから、時計の針が10を指すのは3回目になった。

「……既読スルーにすらならない」

スマホが彼からの連絡を告げることはなく。見向きもしない広告ばかりが、通知欄を埋めていた。こんなのじゃ、私の心は1ミリも積りやしません。そんな冗談も、聞いてくれる人がいない。

愛してほしい、と言ったことはない。ただ、余所見はしないでと言ったことは、あったと思う。
そうやって言う私を、元カレは重いと言って振った。別に女の子と連絡取っちゃダメとか、遊んじゃダメとか言ったことないのに。ただ、安心させてくれればそれでいいのに。2回連続で半年未満のお付き合いに終わった私が、もういいかなって思った矢先に現れたのが、鉄朗だった。私にしては珍しく、来週で3年を迎えるところだった。鉄朗は私の扱いが上手い。機嫌の取り方も、寂しがりなところも、どうしたら私が安心するのか、全部理解してくれてた。こんなめんどくさいのとよく付き合ったねと友人に言われたら、俺も大概面倒な奴だからと笑った鉄朗に、もう会えないんだろうか。

同じ家なのに、鉄朗が居ないだけで知らない空間になる。遠くから聞こえたお風呂が沸いたお知らせに、重い腰を上げて、今日に終わりを告げた。





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