溶けた氷が憎い日曜日


朝日がまぶしくて目が覚めた。中途半端に開けたままのカーテンから、陽射しが差し込んでいた様子。普段はこんなことないんだけど、と身体を起こせば、隣りに誰もいないことが原因だって分かった。鉄朗は、カーテンを端までしっかり閉めたがる。私と違って、そういうところはしっかりしてるから。
こんなことでも思い出すのかと、相変わらず動く体は重苦しい。食事も用意する気にならなくて、ひとまず蛇口を捻る。水をコップ一杯、飲みきったら少し散歩でもしよう。だってほら、その間に鉄朗が、帰って来るかもしれない、もん。
近所を散歩するだけなら別に化粧はしなくてもいいや。適当に髪だけ整えて、黒縁の伊達メガネに手を伸ばす。玄関で靴を履きながらシューズボックスの上を見て少し安心した。鉄朗の分の家の鍵、ここにはない。つまり鍵は持ってるから、帰ってくるってことだ。そう言い聞かせて、生温い風が吹いている外へと駆けだした。


***


駅の近くでカフェラテをアイスで買って、片手にひたすら歩き回った。どこも鉄朗と肩を並べて歩いた場所で、気を抜けば涙が零れそうだ。やめたらいいのにやめられなくて、飲んだ帰りに寄り道する公園で、ひと休みすることにした。

「あれ、黒尾んとこの!」
「えっと……やっくん、」
「夜久な!何してんのこんなとこで。黒尾は?」
「絶賛家出中です」
「はあ?あ、いつもの喧嘩?」

こっちの気も知らないで、グイグイ会話を進めながらベンチに腰掛けたやっくん。彼は黒尾の高校の同級生だそう。近所に住んでるらしくて、何回か一緒に飲んだことがある。その右手にはリードが握られてて、リアル散歩中かと把握した。鉄朗が喧嘩して家を出ていくのは知っているらしく、いつものプチ家出と思っている様子。他人に言われたら、自覚せざるを得ない気がして、それでいいやと特に突っ込みもしなかった。
足元をくるくる回る犬に何度か目を向けながら、他愛もない話が続く。社会人になってから、会う頻度は減ったものの、2ヶ月に1回は飲んでるそうだ。酔っぱらうと泣き上戸になるんだ、なんて話を聞きながら、合わせてたけど初めて知ったことだった。

「そーいやさ、黒尾は吸うけどさゆみちゃんも吸うの?」
「え?」
「たばこ。うちさ、彼女が吸うんだよ。これから同棲するつもりなんだけど、俺は吸わないから、どうやってその空間を用意してやったらいいのかなって」
「……鉄朗はベランダで基本吸ってるよ。私がたばこ嫌いだから」
「あ、嫌いなんだ。嫌煙家ってその匂い自体もダメな人多くね?」
「前は嫌だったけど……なんだろ、慣れ?いまは別に。同じ空間で吸われるときついけど、」

鉄朗は絶対に、私の前では吸わないから。
冬は寒いみたいだけど。だよなあ……換気扇の下で吸ってもらうしかないか。やっくんも苦手なの?俺は別に。ただ彼女が結構気にしてる。
話が盛り上がり始めたところで、やっくんとこの犬が吠え始めた。彼は慌ててリードを掴み直して、ポケットから取り出したスマホを見やる。

「わり、こいつの飯の時間だ」
「時間に忠実なんだね、可愛い」
「食い意地がヤバいんだよ……んじゃ」

また黒尾も交えて飲もう!
その笑顔に苦笑いを返して、彼とは反対方向に歩き出した。右手のカップを持ち上げてストローを咥える。氷が溶けて薄まったカフェラテは、ただただ喉を潤してくれるだけの飲み水となっていた。





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