気がつくと、焦土と化した冬木の地に居た。生物が生存できるはずもない地と化した冬木で、一人彷徨っていると、カルデアから来たという藤丸立香と花菜、二人の後輩であるデミ・サーヴァントことマシュ・キリエライトに出会い、偶然か奇跡か、良くはわからないが、全てを見て終えた後、共にカルデアへと戻っていた。
そこからは色々とあったが、今ではマスターの一人としてカルデアに協力をしている。
そんな、漂流者にも似た自分が唯一安心できる場所――それはマイルームではなく、カルデアに唯一ある図書館。「受付」のプレートが置かれた小さなスペースは自分の絶対領域。その中で作家組の部屋から拝借したちょっと良い椅子に腰掛けて本を読むのが好きだ。
もちろん、図書館なのだから人が来ればしっかりと仕事もする。
がらりと扉が開きこつこつと足音が響く。誰か来たようだ。読んでいた本から視線を上げて、こんにちは、と挨拶した。

「こんにちは、未那さん」

来客はマスターの一人でもある花菜だった。

「今日は何の本を探しているの?」
「ジャンヌの本を探しています」
「ジャンヌ……ああ、ジャンヌ・ダルクね?」
「はいっ」

やって来たのは花菜で、手には一冊の本を抱えている。先日、図書館から借りていった「アーサー王伝説」だ。冬木の地で戦ったアーサー王。反転し巨大な力を振るってはいたが、彼――否、彼女のことを詳しく知りたいと花菜は本を借りていったのだ。
まずはこれを返却します、と持っていた本を未那に渡す。確かに返却確認しました、と未那は微笑んだ。図書館といっても返却カード等があるわけではない。ただ、借りたまま返ってこない場合もあるので未那が図書館へ入ってからは返却ボードというものを作り、そこに名前と借りた日、返した日を記すことで記録として残している。
受付から出て、こっちよ、と未那は花菜が探している本の場所へ案内した。図書館の間取りや、どの本がどこにあるのかは既に頭の中に入っている。

「この間オルレアンに行ったから、ジャンヌ・ダルクという人をもっと詳しく知りたくなったのね?」
「わっ、なんで分かっちゃったんですか? さすが未那さん!」

軽く振り返り後ろを歩く花菜の顔を見て、さすがって……、と未那は苦い笑みを浮かべる。

「この間はアーサー王の本を借りに来たでしょう? 特異点で出会った英霊達のことをまずは本から学ぶ……とても良いことだわ」
「あ、ありがとうございますっ」

ちょっと照れたようにはにかむものの、でも未那さん、と花菜は続ける。

「薦めてくれる本、どうして児童文学ばかりなんですか……?」

首をかしげる花菜に未那は得意気にこたえた。難しいものを見てもなかなか頭には入ってはこない。だから最初はわかりやすく簡単なもの――つまり、児童文学から入るように薦めている。説明すると、なるほどっ、と花菜はぽむっと手を打った。

「子ども向けの本から入った後に難しい方を読むと、すごく分かりやすかったですっ」
「でしょう? ――……この棚よ、フランス関連の本があるのは」

とある棚の前で立ち止まり、腕を伸ばし本を手に取る。表紙には「ジャンヌ・ダルク」と書かれており、はい、と花菜に渡した。

「ありがとうございます! それじゃあ早速、ボードに名前を書いてきますねっ」

くるりと背を向けて足早に受付へ向かおうとした花菜を、待って、と未那は呼び止める。ボードには自分が名前を書いておくことを告げると、良いんですか? と花菜。たまには年上を頼って頂戴、と紡ぐと、それじゃあお言葉に甘えます、と小さく頭を下げた。

「――そうだっ、未那さん!」

マイルームへ戻ろうとして、はたっと花菜は歩みを止めた。

「なぁに?」
「後で一緒に食堂へ行きませんか? 実は今日、おやつにプリンパフェを頼んでいるんです!」
「本当、花菜はプリンが好きねぇ」

プリンは主食だと鼻息荒く胸を張る花菜に、食べると太るわよ、とにやりと笑みを浮かべて一言。うぐっと言葉に詰まったものの、特異点ではたくさん走っているし今は貯蓄期間だと焦りながら花菜は返す。まるで冬眠を迎える熊のようだと笑うと、未那さん酷い〜っ、と花菜は唇をすぼめた。

「ふふっ、冗談よ冗談。食堂に行けばプリンパフェをご馳走になれるんでしょう? 何時行けば良い?」

冗談に聞こえなかったと花菜は呟いたものの、ええと、と話を続ける。

「3時頃に食堂に来てください。エミヤにも未那さんが来ることを伝えておきます。後、美味しい紅茶も頼んでおきますね!」

赤いアーチャーことエミヤが料理上手なのをもちろん未那も知っている。それは楽しみだと笑みを浮かべ、3時頃に食堂へ行くと承諾した。

「その時に是非、未那さんが契約しているキャスターのクー・フーリンとの関係を聞かせてくださいね!」
「っ!!?? それが狙いだったのね、花菜!?」
「約束ですよー!」

逃げるようにして図書室から花菜は出て行った。ぱたんと閉まった扉に視線をやり、もうっ、と未那は肩をすくめる。

「クー・フーリンとの関係なんて言われても……、」

キャスターのクー・フーリンと未那は冬木の地で契約を交わしたマスターとサーヴァントという関係。しかし、カルデアへ来てから程なくして主従を越えた関係をも結んだ。昨晩だって――思い出すだけで頬に熱がのぼってしまう。

「(……やっぱりばれてたかぁ)」

花菜の口ぶりからすると、全てばれていることを察する。立香とマシュからはちょっとした事情があり既に公認の仲として知られてはいたが、花菜にはまだ話すらしていなかった。
どこから漏れたと片手で頭を抑えた時だった。

「こんなところでなに突っ立ってんだ」
「うわぁあっ!?」
「色気がないねぇ、もっとこう"キャーッ"て女らしく叫べねぇのかよ」

やれやれと大きく息を吐いた彼――未那が契約をしているサーヴァントの一人、キャスターのクー・フーリンが音もなく傍に立っていた。どうやら未那を驚かせる為にわざと図書室の前で霊体化して入ってきたらしい。我がサーヴァントながらなんて子どもっぽい、と返そうとしたが、先程のクー・フーリンの言葉をふと思い出し顔を咄嗟にゆがめた。

「うわ、気持ちわる……」
「よーし、夜覚えてろよ? また"女"にしてやるからな」
「あーあー! 聞こえないー!」

ぷいとそっぽ向くと、このヤロウ……、とクー・フーリンはこぼしたが話題を変えた。

「――で? 何してたんだよ。受付に居ないなんて珍しいじゃねーか」

「さっきまで花菜と話してたの。それでまあ、色々あって……」
「あの嬢ちゃんもお前さんと似て本の虫だな。暇さえありゃ本を読んでる」
「本は良いものよ。たくさん知識を与えてくれるし。クーもたまには読んだら? 私的に……そうね。桃太郎を薦めてあげるわ。絵本の」
「よーし、やっぱり夜覚えてろよ?」
「聞こえませーん! ……まあ、冗談はさておいて」
「冗談かよ。俺は本気だったぜ?」
「はい、その話だけは終わり。――……花菜ってさ、私や立香みたいにサーヴァントと契約を結べてないじゃない?」

確かに、とクー・フーリンは相槌を打った。花菜は立香や未那のようにサーヴァントと契約を結んではいない。否、資格はあるはずなのだが"結べない"のだ。Dr.ロマンや世紀の天才ダ・ヴィンチでさえも首をかしげたほどだ。何か訳ありではあるのだろうが――その理由を知るものは居ない。惜しい人材ではあるものの、魔術師としての花菜は素直に尊敬できるし、初心者の未那や立香にもわかりやすく魔術のいろはを教えてくれる。
もし、いつか花菜と契約を結べるサーヴァントが現れてくれたら。

「人生の先輩として、契約を結んだ人が悪い奴ならとりあえず殴らないとね!」
「怖ッ。……良い奴なら?」

クー・フーリンに問われ、もちろん、と未那は微笑む。

「安心して任せる」

カルデア(此処)へ来てからというもの、常に思うことがある。それはまるで心躍る物語にも似ていること――花菜と立香の成長していく姿を、すぐ傍で見るのがとても楽しみなのだ。そのことをクー・フーリンに伝えると、そうだな、と頷いたもののその中に一人抜けていると言う。

「え? 誰かほかにマスターなんて居たっけ?」
「お前だよ、未那。ま、俺のマスターなんだ。これからもよろしく成長していってくれよ?」

嗚呼、そうだ――自分もマスターの一人なのだと思い出す。漂流者にも似た自分ではあるが、此処ではそう――クー・フーリンのマスターであり人類最後のマスターの一人でもあるのだ。
マスターとしては未熟者かもしれないが、それでも成長を信じてくれる人が居る。誰かに期待をされている、というのは少しプレッシャーではあるものの嫌な気持ちではない。それに、誰でもない"彼"からの期待であれば嬉しいものだ。ぽかぽかと熱を帯びる胸にそっと手を当てた。

「それから……夜の方もな」
「ばっ――!? 一瞬ときめいた私の気持ちを返せ!」
「はははっ!」

大きく笑うクー・フーリンの背をぱちんと叩き、もうっ、とほんの数秒前の感情を急いでかき消す。冗談と訂正しないあたり、絶対に本気だとわかっていた。夜の方は追々――いつか頑張るとして、落ち着く為に二、三度深呼吸をする。
ふと、壁にかけてある時計を見やる。約束の時間までまだしばらくあるが、このままの気持ちで図書室に居るのも嫌だし、早いかもしれないが食堂へ足を運ぶとしよう。

「何処行くンだ?」
「食堂。花菜と3時頃に約束をしているの」
「にしちゃあ、今からだと随分早ェな」
「ええ、とっても早い。だから……ちょっとお茶に付き合ってよ、クー」

ぱちりと目を瞬いたものの、突然の誘いではあるがクー・フーリンはひらりと手を振った。

「応。付き合ってやるよ――マスター!」

受付のプレートをぱたりと倒し、図書室を後にする。二人並んで歩く廊下はこつこつと足音が響く。ふと、クー・フーリンに視線を向ける。歩幅をあわせてくれているのか並んで歩いてくれていた。
頼れるサーヴァントであり、尊敬できる一人の男性。いつか、いつの日にか、そんな彼としっかり並んで歩けるように――今は前を見て、地に足をつけて、大事な仲間達とともに歩み続けよう。視線を戻し、軽く頭を左右に振る。今度はしっかりと前を見据えて、白く長い路(みち)を歩んだ。


たぶんこれが親愛
(貴方と並んで歩くこと――それが、今の私の密かな目標だ)

愛子||190626(title=喉元にカッター)