今日はカルデアの施設全体を使った夏祭り。
夏なのに忙しいばかりでは風情がないとのことで、お祭り好きサーヴァントを筆頭に全員を巻き込んだ行事へと化した。レクリエーションルームの一画は本日限定で女性専用の浴衣着付け会場となり、日本出身のサーヴァントが主に着付けてくれている。併せて髪を結ってくれたり化粧を施してくれたりもするおまけつきで会場は祭り同様に盛り上がっていた。
人類最後のマスターの一人でもある未那も、今日は不思議と心が踊り今朝から祭りの雰囲気を楽しんでいた。未那は、気づくと焦土と化した冬木に居た。生物が生存できるはずもない地と化した冬木の地で一人彷徨っていると、カルデアから来たという藤丸立香と花菜、二人の後輩であるデミ・サーヴァントことマシュ・キリエライトに出会い、偶然か奇跡か良くはわからないが、全てを見て終えた後、共にカルデアへと戻っていた。漂流者にも似た未那を受け入れてくれたカルデアの為にも、そして後輩達の"明日"の為に、今ではマスターとして持てる力をふるっている。

「完成したわ。鏡を見て」

そう、声を掛けられ閉じていた瞼をひらく。未那の着付けを担当したのは、とある特異点よりやって来た特殊なサーヴァント――セイバーの両儀式。眼前にある姿見に映る自身を見るなり、ぱちりと目を瞬く。鏡に映っているのは誰だと言わんばかりにまじまじと見つめる。姿見には、緑色の生地に黄色い蝶をあしらい白色の帯を締めた未那の姿が。右耳だけを出し、その後ろに色とりどりの花のアクセサリーを挿している。子どもっぽくもなく、かといって大人過ぎない、上品なのに可愛らしい。おおっ……、と声を漏らして感動をしていると、くすくすと式は笑った。手早く片付けをしつつ、次の着付けの準備を始めている。

「外で恋人が待っているのでしょう? 早く行って見せてあげて」
「こ、恋人って……彼と私はそのっ、」

その? と首をかしげる式の瞳は全てを見通しているかのように綺麗に澄んでいる。下手に言い訳すれば倍になって返ってきそうだし、言葉の刃で心ごと斬られてしまいそうな気もした。未那は口ごもり、なんでもないです、と一呼吸置いてから両手をあげる。そう、と式は微笑むと貴重品を入れた黄色い花柄の巾着を未那に渡し、着付けを終えたものは早く出ていけとでも言うように手で合図した。

「出ていく前に……着付けてくれてありがとう、式」
「式のことは"さん"付けなのに、私のことは呼び捨てなのね?」
「おっふ。ええと……式、さん?」
「冗談よ、少しからかっただけ。式で良いわ。行ってらっしゃい、未那。良き一日でありますように」

セイバーである彼女とあまり話したことはなかったが、笑顔に、声に、何故か心はふわふわほわほわとした。小さく頭を下げると、慣れない下駄に躓きそうになりながらも未那はレクリエーションルームから出る。そういえば、一緒にレクリエーションルームに入った花菜はどうしているだろうか。既に着付けは終わったのか、それともまだなのか――否、考えなくても祭りの会場と化したカルデア内をまわるのだからそのうち出会うだろう。
レクリエーションルームを出てほどなくして、式の言っていた"恋人"の姿があった。遠くから、次は絶対付き従えさせてやるからねーっ!! と声を張り去っていくピンク髪の美女の背中も見えた。どうやら未那を待っている最中、コノートの女王ことメイヴに絡まれていたらしい。深く息を吐いたものの気配を感じたのか、恋人――キャスターのクー・フーリンは未那に視線を向けた。驚いたように目を丸くしたものの、よっ、とクー・フーリンは何事もなかったかのように片手をあげた。

「さっきのはメイヴ? また何か言われてたの?」
「祭りを一緒に回れって絡まれたんだよ」
「ふ〜ん……」

ジドーッとクー・フーリンを見つめるも、その顔やめろ、とテシッとデコピンされる。痛い、と額を抑える未那の頭を、髪型が崩れないように気遣いながらぽんぽんとクー・フーリンは撫でた。

「先約があるで断った。好きな女と祭りに出かけるんだ、当然だろ」

それに、とクー・フーリンは未那を頭から足先まで一通り見ると、ふっと笑みを浮かべた。

「綺麗だぜ、未那。浴衣っつーのも悪くはねェな」

不意打ちにも似た言葉に反応に困ってしまう。やはり好きな人から言われるのは段違いに嬉しい。体の奥底からボッと熱を感じ全身に行き届く。無意識に視線を反らし、ありがとう、と一言。
その仕草があまりに可愛らしく、今すぐにでも未那を連れてマイルームへ踵を返したいとクー・フーリンは思ったが、共に祭りをまわろうと約束した手前もあり必死に堪えた。何度か深呼吸を繰り返すと、未那の手を取り引っ張るようなかたちで二人は祭りの会場へと向かった。
カルデア全体を使った祭り会場は活気に溢れていた。屋台を出店する者やそれを楽しむ者、参加型の催しをする者もいれば参加をしたり乱入をしたりする者――いつもと一味違うカルデアに、未那も自然と笑みがこぼれる。
金魚すくいやヨーヨー釣り、射的に輪投げと童心に帰って遊んだ。時折、それはずるなのでは? と思うようなことをしでかすサーヴァントも居たが、今日は祭りの為、突っ込みを入れるだけで深くは関わらなかった。子どもサーヴァントが保護者もとい天草四郎同伴のもと販売していた屋台でレモネードを買い、小休憩を挟む。酸っぱすぎず、けれども甘すぎず、ちょうど良いスッキリさを口の中に運んでくれ、ゲームで熱くなりすぎた体も冷ましてくれた。ほっ、と一息つくと、次はどこをまわるかとクー・フーリン。空いた容器を指定のゴミ箱に捨て、そうねぇと考えていると、未那さん! と聞き覚えのある声に呼ばれた。

「よお、嬢ちゃんに騎士王」
「やあ、二人とも」
「こんばんはっ。お祭り、楽しんでますか?」

振り返ると、声をかけてきたのは浴衣姿の花菜とその隣には異世界のアーサー王ことアーサー・ペンドラゴンの姿。花菜は唯一アーサーとのみ契約を結んでおり、二人はマスターとサーヴァントの間でも少し特別な関係だ。カラン、コロン、と下駄を鳴らして近づいてくる姿は何故だか愛らしい小動物に見えた。

「花菜っ。か、可愛いわね!!」
「えっ。あ、ありがとうございますっ。未那さんはすごく綺麗です!」

にこりと笑顔する花菜は太陽のように眩しい。太陽属性でもあるアーサーを連れているから更に三割増しなのかと訳の分からないことを口の中で呟きつつ、改めて花菜を見た。青色の生地に白い百合の花を咲かせ赤色の帯を締めており、髪を結い上げ簪を挿して細いうなじを出している。良い……、と呟くと、おっさんになってンぞ、とクー・フーリンから冷ややかな突っ込みが飛んできた。
どの屋台を回ったか、何が美味しかったか、楽しかったかと互いに情報交換を兼ねて話をする。子ども達のレモネードは絶品だったと力説すると、後でそれを飲みに行くっと花菜は頷いた。もう一杯レモネードを飲みたい気分でもあったし、良ければ今から一緒にまわるかと提案しようとした時だった。

「あ、居た。未那〜、花菜ちゃん〜!」
「立香! あれ、どうして浴衣じゃないの?」

二人の名前を呼んで駆け寄ってきたのは同じくマスターである立香だった。立香はカルデア支給の制服姿のままで、未那と花菜は首をかしげる。そんな二人を他所に、ようやく見つけられた〜、と胸を撫でおろすと持っていた巾着袋からあるものを二つ取り出した。

「さっそくだけれどもこれ、あげる!」

差し出されたのは可愛らしい袋でラッピングされたお菓子――ホワイトチョコでコーティングされたチョコレートバナナ。未那と花菜に一本ずつ渡すと、ふうっと立香は出てもいない汗を拭う仕草をする。これは? と尋ねると、ふっふっふっ、と立香は不敵に笑った。

「ジャガーマンからもらったの。ちょっと迷惑をかけられたので、そのお詫びにって」

ちなみにマシュはその迷惑の後片付け中ですと立香。いったいジャガーマンはどんな迷惑をかけたのかと思うが、敢えて聞かないことにした。

「と、こ、ろ、で」

立香は唐突に話を切り替えた。

「二人を見つけるのにちょっと時間がかかったので、チョコレート……溶けてるかもしれないんですよね。なのでソレ、いま食べてくれません?」

にこりと笑う立香に、一瞬だけ嫌な予感がした。しかし、彼女も悪気があって提案しているわけではない――はずだ。ジャガーマン手作りのチョコレートバナナは、きっとバナナは産地直送に違いない。美味しいと決まっているだろうに、どうも気分が乗らないのは何故なのか。
ふいと視線を動かし花菜を見ると、既に封を開けていた。何の疑いもせずにチョコレートバナナを軽く唇で加えた刹那、すとーっぷ!! と立香は突然、声を張り上げた。当然、驚きで花菜の動きはぴたりと止まる。その気を逃さず、立香はスカートのポケットに忍ばせていたカメラを手に取ると、急いでシャッターを切った。パシャ、パシャとシャッター音は鳴り響き立香は花菜を写し続ける。固まっている花菜の姿を見て、なるほど、とクー・フーリンは手を打った。何がなるほどなのかと未那は理解できず首をかしげる。
写真を撮り続ける立香とは逆に、花菜はチョコレートバナナを加えたまま何気なくアーサーを見上げた。瞬間、アーサーも理解したのかすぐさま顔色を変えて花菜を隠すようにして前に出た。

「ちっ。アーサー、邪魔しないでよ」
「まったく君は……油断も隙もないな」

カメラを胸元まで下げると、えっへん! と立香は胸を張る。

「可愛い花菜ちゃんとえっちぃ未那さんを写真に撮るのが私の趣味だから!」

何だその趣味はじめて聞いたぞ、と未那は思う。というか、立香に写真を撮られたことがあっただろうかと考える。何かしらのイベントの時は撮られたことがあったものの、エロいというか写真は撮らせた覚えもないし撮られた記憶もない。

「未那さん、クー・フーリンとそういうことした翌日って色っぽいって知ってます? 実は隠し撮りして密かに私が契約してるクー・フーリン達に高値で売りさばいてます」
「何してるの!? ほんと、ちょっと何してるの!?」
「ハハハッ、嬢ちゃん後でちょっとツラ借せな?」
「えへへ〜、だが断る!」

クー・フーリンも知らないことだったのか引きつった笑顔で後程、立香に説教をしようとしたらしいが同じく笑顔で拒否された。ルーンの魔術を使って少し懲らしめてやろうかと呟いたクー・フーリンに、落ち着いて、と諫める。しかし、クー・フーリンの気持ちはわからないでもない。後で母親系サーヴァントを含めてお説教大会を開くことにしよう。
アーサーと花菜は何やらこそこそとしている。耳を澄ますと、人前でチョコバナナは絶対に食べてはいけないとアーサーが注意している声が聞こえた。

「未那は〜チョコバナナ〜食べてくれないの?」
「この状況で良く言えるわね……」
「私の趣味だからね! さあ、早くエロい未那を撮らせるのだッ!!」
「何を撮らせるのですか? マスター」

静かに立香の後ろに立ちぽんっと肩に手を置いたのは、一通り着付けの仕事を終えたらしい、霊基を変えて風紀委員長となったランサーの源頼光だった。一呼吸開けて、あっ、と立香は振り返り頼光を見る。

「風紀委員長、嬢ちゃんが"ご禁制"なことを俺のマスターにしようとしてたんだ。ちと灸を添えてやってくれねェか?」
「ああ、本当に……私のマスターにも随分と"ご禁制"なことをしてくれてね。困っていたところだったんだ」
「ちょ、ま……ッ! ふ、二人には写真を売ってやらな、」
「"写真を売る"……とは、どういうことでしょう? マスター」
「風紀委員長、嬢ちゃんが撮っていたのは"ご禁制"な写真だ」

止めを刺したのはクー・フーリンだった。そろりそろりと逃げようとした立香を逃がさず、詳しくはマイルームで話を聞きます、と頼光。あ"ーッ!! と悲鳴を上げる立香の首根っこを掴み、ずるずると引きずるようにして頼光達は去って行った。
祭りの日に自業自得ではあるものの、ご愁傷様と口の中で呟く。嵐が去った直後、冷静さを取り戻したのかクー・フーリンは軽く息を吐いて言った。

「なあ、未那」
「何?」
「嬢ちゃんじゃねーが……ソレ、食えよ」
「いや、何でよ」

花菜が身をもって教えてくれたご禁制写真が撮れてしまうらしい食べ物を何故、食べなければならないのか。チョコレートバナナが悪いわけではないが、今までの流れで全部理解した。確かにこれを咥えれば"そういう風に見えて"しまう。しかもホワイトチョコーレトがかかっているのだから意識せずとも心が汚れていれば自然とそう見えてしまう。それをやれと、我がサーヴァントは言っているのだから抵抗せずして何とする。

「そんなこと言うならクーが食べてよ。はい、あげる」
「良いのか? 本当に食っちまうぞ」
「どーぞどーぞ」

チョコレートバナナを渡すと、クー・フーリンは平然とした色で封を開ける。本当に食べるのかと無意識に心臓は高鳴った。密かに変な気持ちになりつつ、じーっとクー・フーリンを見つめる。クー・フーリンの唇がチョコレートバナナの先端に触れた――かと思いきや、唐突に方向を変えて未那の口の中に無理やり押し込まれた。チョコレートの甘さとバナナの香りが口内に広がる。やられた……! と気づいた時には既に遅く、クー・フーリンに後頭部を抑えられ逃げようにも逃げられない。

「むぐぐっ、むぅ……!!」
「おーおー、良い眺めだぜ? 未那チャン」
「むぅっ、んむっ!(この、ヤロウっ)」
「しっかしまあ、あれだな」
「んんっ(なにっ)」
「これはベッドの上で見るのが一番良い」

そう言うとクー・フーリンは未那を開放し、手をひらりとさせた。捨てるわけにもいかず、かといって落とすわけにもいかず、とにかく急いでチョコレートバナナを食べ終えると、手の甲で唇についたチョコレートをぬぐう。

「ば、バカ! クーの馬鹿! っ、――令呪を以って命ず!」
「はあっ!? おまっ、令呪は無しだろ!?」
「私が良いって言うまで触、」

バチンッと魔力回路を開こうとした刹那、言葉を遮るようにクー・フーリンによって唇を塞がれた。先程の勢いはどこかに消え、全身の力は抜けて回路も閉じる。すぐに、クー・フーリンの唇は離れた。触れるだけだったとしても、未那の顔を真っ赤にさせるには効果抜群だ。

「――後で覚えとけよ、未那」

耳元で囁くと、クー・フーリンはゆっくりと距離を取った。祭りを楽しみ、今日は何事もなくぐっすりと安眠できると高を括っていたというのに――嗚呼、もうと未那は口の中で一人ごちる。けれども、その言葉にどこか期待している自分が居た。クー・フーリンにより随分と慣らされた体は、いつしか彼だけを求めてしまうのだ。ふいっと顔をそむけると、ばかっ、と未那は小さい声で告げ口先をすぼめる。
クー・フーリンは大きく息を吐くと、実はアーサーの小言は随分と前に終えて二人の様子をずっと見守っていた二人に声をかけた。

「悪ィな、待たせて。レモネードでも飲んで、仕切り直して祭りを楽しもうぜ」

未那の手を握ると、引っ張るようなかたちでクー・フーリンは子どもサーヴァント達の屋台へと歩を進める。大きな背中を一歩後ろのから眺めながら、ふわっと表情を緩めほんのりと頬を赤く染めながら手を握り返した。


本当は甘い物が好きなくせに
(――夏祭りは、まだまだ始まったばかり)

愛子||190917(title=喉元にカッター)