極小ではあるものの特異点となり得る場所が観測され、人類最後のマスター達が召集された。藤丸立香とそのサーヴァント数名、花菜と彼女が唯一契約を結んでいるサーヴァントである異世界のアーサー王ことアーサー・ペンドラゴン。そして、特異点F――焦土と化した冬木の地で偶然か奇跡か、二人とともにカルデアへやってきた未那とそのサーヴァント、キャスターとして現界したクー・フーリンはさっそく修復へと向かった。ちなみに未那にはもう一騎契約をしているサーヴァントが居るのだが、その"彼"はマスターのことをほったらかし、立香が契約を結んでいるジャンヌ・ダルク・オルタの傍を離れずに居るのだが、これはまた別の機会に話すとしよう。
レイシフトをした特異点では特に大きな問題もなく、難なく原因を特定しそれを修復することが出来た。後は帰還するだけ――なのだが、それに異を唱えたのは立香に同行していた一部サーヴァント達だった。

「ちょーっと待ってください! ふっふっふっ。ご存知ですか、トナカイさん達」
「実はねー、ここにねー、みんなの分のお弁当があるんだー!」
「エミヤのおじさまに、ピクニックに行くって作ってもらったの!」

ふっふっふっ、と声を揃えて得意気に胸を張ったのは、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィことサンタリリィと、ナーサリー・ライム、ジャック・ザ・リッパーの三人。そういえばレイシフトをすると声をかける前から、子どもサーヴァント達は風呂敷に包まれた大きな何かを持っていた。ナーサリーの言っていたピクニックと特異点修復は随分と違うのだが……首をかしげている皆の疑問に答えたのは立香だった。

「実は昨日、ピクニックに行こうって約束してて、それで……」

なるほど、と立香以外は顔を見合わせた。幸い今いる地点は森に囲まれてはいるものの、すぐ近くにはきれいな花畑や泉がありピクニックをするには良い条件がそろっている。たまには息抜きに皆でどうかな? と尋ねる立香と、もちろんピクニックに付き合ってくれるだろうと瞳をキラキラさせる三人を前に、流石に早く帰ろうとは言えず付き合うと快く受け入れた。

「ちなみに花菜お姉さんにはねー、おじさま特製のプリンもあるのよ!」
「是非、ピクニックにご一緒させてください!!」
「マスター……」

大好物のプリンがナーサリーの手元にあることを知り、花菜の瞳は輝きを帯びた。隣ではアーサーが片手で額をおさえ肩をすくめる。プリンのこととなると後先考えなくなるところが花菜の悪い癖だ。アーサーも意外と苦労をしていることを知っている未那は苦い色を浮かべ、クー・フーリンは面白おかしく笑っていた。立香の近くに居たもう一人の同伴者――アーラシュも、苦労はしているだろうがアーサーにとっては良い止まり木だと微笑んでいた。
話もそこそこに子ども達を主体にピクニックが始まった。ピクニックと言っても泉の近くで弁当を広げ話をしながら食事を行うだけなのだが、それでも疲れ等はどこへやら、笑顔の花がそこかしこに咲いた。エミヤの料理に舌鼓を打ち、弁当の中に詰まっていたおかずは次々に無くなっていく。今回は立香達のサポートに回っている後輩のマシュ・キリエライトも、モニター越しに職員が差し入れてくれたらしいサンドイッチを食べながら、時折会話に入ってはくすくすと笑っていた。
つかの間の小休憩、心安らぐ景色。澄んだ空気に尽きぬ会話。
嗚呼、不思議だなと未那は思った。漂流者にも似た自分を受け入れてくれたカルデア。もう随分と経つが、忙しい日々の中にもこうして心休まる時もある。あの時――冬木の地に居た時は生きることに精一杯で、こんな日々があるだなんて思いもしなかったが、それでもいま自分は幸せだ。

「あー、おなかいっぱーいっ!」

声に出して、背伸びをし心地の良い草の中に背中からぽすんと寝転がる。牛になるぞー、とクー・フーリンは言うが、なりませんー、と唇をすぼめて返した。花菜とアーサー、立香とアーラシュは空になった弁当箱を片付け、子ども達は花畑の方で元気に走り回っている。のんびりとした穏やかな時間、瞼を瞑ると眠ってしまいそうな心地よさとまどろみに包まれそうだ。
不意に、かさりと草がこすれた音がしたかと思うと、森の中から一頭の鹿が現れた。鹿は未那達に視線を向けるや否やすぐに踵を返し森の中へと消えていく。鹿が居るんだ……、と呟きぼんやりと鹿の消えた方を眺めていると、突然クー・フーリンは立ち上がった。

「アーラシュの旦那、それから騎士王。今の、見たよな?」
「ああ、もちろん。鹿となりゃ、"アレ"しかねーよな」

クー・フーリンとアーラシュは互いに目配せし、ニッと歯を見せて笑う。それにいち早く察したのは立香で、まさか……、と一歩後ずさった。

「狩りをしてくる、とか言わないよね?」

すると、そのまさかとでも言うかのようにクー・フーリン達は満面の笑みを浮かべる。片付けた弁当箱を花菜に渡し、マスターなら狩りの一つくらい嗜むことが必要だとアーラシュは有無を言わさずに立香の腕を掴んだ。
それを見て未那は急いで体を起こす。自分も連れて行くのかと問うと、そんなわきゃねーだろ、とクー・フーリン。ペシッと未那にデコピンをすると、此処で嬢ちゃん達と待ってろ、と一言。

「一応、私もクーのマスターだし……狩りを嗜めって言われるのかと思った」
「悪ィな、二人だけの時なら問答無用で引っ張るが……今回はちと状況が違う」
「状況が違う……?」

それってどういうことかと尋ねようとしたが、クー・フーリンは遮るようにしてアーサーにも声をかけた。

「騎士王、お前さんはどうするよ?」
「私は……、」

どうも落ち着かない様子のままちらっと花菜に視線をやり、アーサーは考える。花菜は二、三度瞬きをしたが、狩りの方へ行っても良いよと伝えると、アーサーの瞳は大きく見開かれ光を帯びた。

「良いのかいっ?」
「だってアーサー、狩り好きでしょう? わたしは未那さん達と一緒に居るから大丈夫」

何かあればすぐに令呪で呼ぶからと添えると、アーサーは腹を決めたのか軽く頷いた。

「もちろん、私もともに行こう!」
「決まりだな。アーラシュの旦那、騎士王。どっちが多く獲物を狩るか、正々堂々勝負だ!」

アーサーもクー・フーリンとアーラシュの狩りに同行することとなり、静かに熱く燃え上がるものが三人を包んだ。子ども達も遠くでだが話を聞いていたようだが今回は留守番をすると決めたらしく、行ってらっしゃ〜い! と森の中へ向かう一行に手を振る。あ"ー!! と叫び声を上げる立香もずるずると引っ張られ森の中へと連れて行かれた。行ってらっしゃい、と未那と花菜も子ども達と同じように手を振り見送った。
四人の姿が見えなくなると、未那は立ち上がり花菜の傍へ。二人で並んで座り、鬼ごっこを始めた子ども達を眺める。突然静かになり、何だか変な感じだと思った。

「未那さん、」
「何?」
「未那さんの夢って、確か図書館司書でしたよね?」
「ええ、そうよ」

いつかマスター達だけで集まり互いの気持ちや夢を語ったことがあった。その時に未那は自身の夢である図書館司書になることを語った。図書館司書になるには資格――国家資格が必要になることを告げると、図書館に居る人達って国家資格持ってるんだ……と二人が驚いていたのを思い出す。今は資格の勉強等できる暇はないが、いつかきっと夢を叶える為に、未那は今やるべきことを精一杯行っている。それに、カルデアへ来てからというもの良いこともあった。カルデアへ来てからほどなくして、管理等含め司書見習いとして図書館を任されたのだ。初めは小さかったカルデアの図書館もついこの間、魔力リソースを多くまわされ大きく変身を遂げた。おまけに本好きなら誰もが知っているであろう超有名人、紫式部まで現れ、今は協力して図書館を管理しているのだから嬉しいことこのうえない。
そういえば話していた最中に緊急招集が掛かり途中で切り上げてしまったが、花菜の夢をまだ聞いはいなかった。

「ねえ、花菜」
「何でしょう?」
「花菜の夢って何?」

ぱちりと瞬いたものの、夢……、と呟く。ふと目を伏せ、ええと、と花菜は続けた。

「わたし、夢って実はないというか、考えたことがなくて……」
「えっ。若いのにもったいない」
「若いって……わたしと未那さん、それほど年違わないじゃないですか」
「二十歳を越えてる越えてないの壁があるの」

そういうものですか? と問われ、そういうものです、と未那は断言する。話がそれてしまった為、そうじゃなくて、と手振りとあわせて戻す。

「あ、でもっ。今はあります!」
「それを教えてくれ給えよ少年少女〜!」
「……未那さん、最近クー・フーリンに似てきましたよね?」

マスターとサーヴァントは似るものだと聞いたことはあるが、彼に似るのは嬉しいような嬉しくないような半々の気持ちだ。具体的にどの辺りが似てきたのか後で詳しくじっくり聞くとして、今は花菜の夢についてだ。

「夢というか、願いというか」
「うんうん」
「いつまでも皆との縁が続きますように――これが、わたしの夢です」

次に驚いたのは未那だった。少女が抱くにしては大きくて儚くて、けれども優しさの感じられる壮大な夢。ふっ、と自然と口元が緩む。"皆との縁が続きますように"――数多の英霊や人間である自分達もその中に含まれているのだろう。思わず手が伸びてわしゃわしゃと花菜の頭を撫でた。

「本当に良い子だなー、もう!」
「わっ、わ! 未那さんっ、ほんと、クー・フーリンとそういうところそっくり!」

なるほどこの辺りがクー・フーリンに似ているのか。言いたいことはたくさんあるが、とりあえずそのことは後回しにしよう。

「花菜の夢、私の夢にも追加させて! 欲張りかもしれないけど、大人ってそういうものだし!」
「ど、どうぞっ」
「私も応援する。というか、一緒にその夢を叶えるためにこれからも頑張りましょう。マスター花菜!」
「あ……はいっ。頑張りましょうね、マスター未那さん!」

ふわりと微笑む姿に、同じく笑顔で応えた。図書館司書になるよりも難易度の高い夢だが、実現できれば皆が幸せとなれるに違いない。
いつかきっと――叶えられるように。
否、叶える為に、今はまずやるべきことを確実にこなしていこう。人生の先輩として、ひとりの人間として、まだ少年少女であるマスター二人の前に立って背中を見せて先を歩んで示しとなろう。
一度瞼を閉じる。心に決意と覚悟を刻み、すぐにひらいた。

「――……ところで、」

ふうっ、と未那は軽く息を吐く。何とか堪えてはいたものの、そろそろ限界だった。

「さっきから体が重いんだけど……」

体内の魔力が奪われていく感覚に、思わずその場にへにゃりと倒れこむ。先程までは徐々にという表現が正しかったが、今はぎゅんっという擬音とともに急激に減っているのだ。

「結構魔力持って行かれてますよね。今、アーサーは宝具展開したみたいです」
「宝具使われてるのに何でそんなにピンピンしてるの!? 化け物なの!?」

化け物って……、と花菜は苦笑しつつも力なく横になっている未那を心配する。遠くで爆発音が聞こえるや否や、チリチリと辺りの温度も上昇していくのがわかった。急激に魔力が奪われている原因は、おそらくクー・フーリンも宝具『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』を展開していたからだと察する。辺りの温度が上昇したのもその所以だろう。
再度、爆発音が轟き数秒と経たずに静かになった。鬼ごっこをしていた子ども達もさすがに吃驚したのか、急いで花菜と未那の傍へと走ってくる。ジャックは花菜の背中に、サンタリリィは正面からぎゅっと抱きつき、ナーサリーは横になっている未那の上にえいっと乗って抱きついた。ぐえっ、と蛙が潰れたような声を上げるもナーサリーはニコニコと笑顔を浮かべている。
程なくして――森の中から誰かが姿を現した。狩りに出かけていたはずのクー・フーリンとアーサーだ。

「よお、餓鬼ども。マスター達のお守り、ご苦労さん!」

クー・フーリンの良く通る声が響く。自分達がお守りをされていたのかと思わず花菜と顔を合わせた。

「あれあれ? トナカイさん達は?」
「本当、マスターの姿がないわ!」
「ねえねえ、おかあさん(マスター)はどこ?」
「リツカなら森の中だ。アーラシュとともに居るよ」

子ども達の問いにアーサーが答える。何でも、巨大な猪を狩ることに成功したのは良いがさすがに運ぶことができず、未那達を呼びに来たのだと言う。このまま真っ直ぐ行けば会えるとアーサーが続けると、子ども達は好奇心いっぱいの表情できゃっきゃっと森の中へと走って行った。元気だなぁ、と呟きつつ未那は顔だけをクー・フーリン達に向ける。隣に居た花菜も宝具を使用されたにもかかわらず平気なのか、すくっと立ち上がり軽くスカートの汚れを払うとアーサーの傍へ。あちらも元気で逆に羨ましい……、と咄嗟にぼやいた。

「よう、マスター。随分と情けない姿だな」
「だれのせいでこうなったんですかねぇ?」

上目で睨むように告げると、俺の所為だな、とクー・フーリンは悪びれもせず、むしろ笑って返事をする。

「宝具を使うなんて聞いてない……」
「まあ、言ってねェしな」
「うぅ……責任とれー!」

最後の力を振り絞って告げると、仕方がねぇな、と一呼吸置いてからクー・フーリン。期待せずに唇をすぼめた刹那、ふわりと体が宙を浮いた。驚きのあまり声を出せずに居ると、目の前にクー・フーリンの顔があった。
今、何がどうなっているのかと頭を回転させる。じっ、と見つめていると、何だよ、とクー・フーリン。

「……何してるの」
「何って、責任取ってやってんじゃねーか」

ぱちぱちと瞬き、何気なく花菜の方に視線を向ける。何故か興奮している花菜と、落ち着かせるように努めているアーサーの姿があり、再びクー・フーリンに目をやった。嗚呼、もしかして……否、どうやら自分はクー・フーリンに所謂プリンセスハグをしてもらっているようだ。

「ちょ、下ろせ!」
「馬鹿、暴れンな! つか暴れる元気はあるのかよ!?」
「う、うるさーいっ!」
「あーあー。それ以上暴れると……」
「暴れると何よッ」
「明日、足腰使えなくなるまで夜に抱いてやるからな」
「っ!?」

未那の耳元で囁くように、けれども強かに一言。瞳には本気と書かれており、これ以上暴れればその通りになってしまうだろう。宝具により魔力を持って行かれるのならまだ許せるが、更に夜にまた奪われるとなると身が持たない。
しかも、良い顔で言うのだから大変困りものだ。

「早く猪のところまでつれてけ、ばーか」
「テメェは一言多いんだよ、ばーか」
「うるさいばーか。ほんと、ちゃんと責任とればーかっ」
「だからこうやって抱き上げて責任取ってんだろ、分かれよ」
「……分かってるよ」

今回ばかりはぐうと音を上げ、クー・フーリンの首に腕を回してしっかりと抱きつく。そんな未那を見てふっと微笑むと、無理させて悪かったな、とクー・フーリン。

「今回だけは許す」
「助かる」

優しい笑みを浮かべながら、競争はどこへやら皆で協力して狩った猪の場所までゆっくりと歩を進めた。
心地の良い風が吹き、さらりと二人を撫でた。


もう少し、君は甘えていいんだよ
(二人がとても画になっている――は見ていた人だけの秘密)

*おまけ@*
未那「わっ、猪大きい! これは……巨大だし、宝具を使うのも分かるわ……」
立香「アイカワラズ ラブラブ デスネ」
未那「色々察して。後、今動けないの。これ本当だから……というか、立香なんでそんなにボロボロなの!?」
立香「コチラモ イロイロ サッシテクダサイ」
未那「どうして片言……」
クー・フーリン「いやー、猪狩るのにオトリが必要でな?」
アーラシュ「んで、マスターに頼んだんだ。まあ、ちと危険な賭けだったが、サーヴァントが三騎も居るんだ。万が一の事もないってわかってたしな」
クー・フーリン「そーそー。そういうわけでだ」
立香「オトリは……もう、嫌だぁ……ッ」
未那「後で狩り組みお説教ね? 絶対だからね? 後輩を危険な目に合わせてくれたお説教は10倍にしてするからね?」
マシュ『先輩の勇士……忘れませんッ!』
未那「待ってマシュ、立香死んでないよ。生きてるからね?」

オトリとして使われた立香くんの話。

*おまけA*
花菜「アーサー! 未那さんが、お姫様抱っこされて行っちゃった!」
アーサー「彼なりに気遣ったのだろう。少々不器用ではあるが……」
花菜「わあ……未那さん、良いなぁ。憧れちゃうな」
アーサー「……花菜、」
花菜「なぁに、っ、きゃっ!?」
アーサー「憧れていたのだろう? なら、このまま皆のもとへ向かおうか」
花菜「あ、わ、ぅ……下ろしてください……嬉しいけれど、二人そろっては流石に恥ずかしい……ッ」
アーサー「えっ!?」

喜んでくれるだろうと思ってやったことがちょっと裏目に出てしまったアーサーの図。

愛子||190626(title=喉元にカッター)