かぐや姫と破壊大帝

「あ゛ーーー…。つかれた…。」

ふらふらとした足取りで廊下を歩く。
きっと今の自分の目は“デッド・フィッシュ・アイ”になっているのだろう、とぼんやりとした頭でそんな事を思った。

事の発端は悪戯好きのツインズだった。
小突き合いの喧嘩から始まり、勢い余って武器の手入れをしていたアイアンハイドに激突し、大事な武器に盛大な傷がついて怒ったアイアンハイドは殺る気満々で喧嘩に参戦。
そのまま周りにいたディーノやバリケードらも巻き込んでオートボットとディセプティコンの取っ組み合いの大喧嘩になったのだった。

当然、両者の格納庫や基地の一部の建物は半壊し、夜勤明けだったユウもレノックスとともに始末書の処理や修理の手伝いに追われる事になった。
これでもかとでもいうほど苦く淹れたコーヒーを片手に目を血走らせてペンを走らせるユウを見かねて先に退勤させてくれたレノックスには足を向けて寝られない、とユウは思う。

今度レノックス少佐に何か奢ろう、と考えながら歩く#短編夢主#の目にちらりと光るものが入った。
建物から出て、その光の下へそろりと近づき、目を凝らすと、そこには見事な燻し銀の巨体を輝かせながら月を見上げるメガトロンがいた。
幻想的な光を放つ満月と、それを見上げると禍々しくも美しい銀のロボットという、光景がなんとも非現実的なものに見えて、思わず見入っていると、不意に、どしりと威圧感の有る声が降ってきた。

「いつまで不躾な視線を送るつもりだ。」

気づけば、月を映していた赤いカメラアイはユウの方を向いている。

「気づいていたんですね。月を見上げるあなたの姿がかぐや姫を連想させまして。」

「…そのかぐや姫とやらの物語を、俺に聞かせろ。」

少しあいた間はインターネットで調べたからだろうか。
月に帰りたくないと涙する姫に連想されたことに気分を害した様子もなく、メガトロンは身を屈ませて右手をユウの前に差し出した。

メガトロンの意図がわからず、ユウは少し首をかしげたが、乗れということかな、と勝手に解釈するとそろりと巨大な手のひらに足を乗せた。
ちら、とメガトロンの反応を伺うと、早く乗れとでもいわんばかりの眼光で見つめられているのが目に入り、ユウは思い切って乗せた足に体重をかけて手のひらに乗った。

破壊大帝の名を冠する男の手に乗るなど、ブラックアウトあたりが目にしたら発狂でもしそうな行動であるが、当のメガトロンは満足げな空気を漂わせていた。
また、乗せてもらっているユウは、己以外でメガトロンの手に乗る事を許された者などいないことを知らない。

「日本に古くから伝わる物語です。私もあまり語りが得意ではないのですが…。」

「かまわん。聞かせろといっている。」

尊大な口調でそういったメガトロンは、ユウを乗せた右手を胸の前まで持ち上げた。
竹取物語を聞くまでは離してくれそうにない、と判断したユウは小さく息を吸った。

「わかりました。………昔々の物語です。あるところに…」

静かに語られ始めた物語を邪魔されないように、全通信回路を切ったメガトロンは、もっと聞き入るために聴覚センサーの精度を上げた。

少したどたどしく、心地よい高さの声で紡がれる物語は、次第になめらかな語り口になっていく。
幼い頃に何度も読んだ物語が、すらすらと言葉になって口から滑り出ていく。

「そうして、かぐや姫は月に帰り、悲しんだ帝は日本で一番高い山の頂上で不死の薬を焼いたのです。その山は不死の薬を焼いたことから、不死山、富士山、と名を変えていきました。これが、現在の富士山の由来です。」

語りを終え、小さく息を吐いた#短編夢主#は、いつの間にか閉じていた目を開けると、メガトロンに顔を向けた。

「なるほど、やはり異種族では結ばれるのは不可能ということか。」

重く響いた声にユウは小さく苦笑を浮かべた。

「まあ、所詮は作り話です。」

「そうか。だが、俺がその帝なら、かぐや姫が月へ帰ろうとしたとしても逃がさんだろうな。月だろうがどこだろうが連れ戻してやる。」

ユウは口元を緩ませて苦笑を微笑みに変えた。
そして。

「もっとも、そのかぐや姫が貴様だった場合のみの話だが。」

ぴしりと硬直したユウの目許がさぁぁ、と薄い朱に染まった。

その言い方ではまるで。

「あ、あの、それは…」

「まだわからんか。」

くつくつと笑い声が聞こえてきそうなほど、楽しげにメガトロンはフェイスパーツを歪めた。
そして、右手をぐっと自らの顔に近づけ、声を潜めて囁いた。

「ユウ、貴様を愛しているといったんだ。」

ぼっと一気に顔を紅潮させた#短編夢主#は、はくはくと声にならない吐息を吐き出すのみ。

実を言えば、メガトロンが自分に甘いのは知っていた。気に入られているのだろう、と見当はつけていたが、そういう対象に見られているとは思っていなかった。
ふと上を見上げると、自分を見つめるメガトロンのカメラアイが楽しげに、それでいていとおしげな色を映しているのが目に入る。
…突然告白されて、そんな表情をされたら意識するなと言う方が無理だ。

(でも、嫌な気分じゃないし、むしろうれし、い…)

顔をこれでもかというほど紅潮させながら、ふらりと立ち上がると(いつの間にか座り込んでいた)、すぐ目の前で楽しげにフェイスパーツを歪めているメガトロンの顔に抱きついた。

「え、と。恥ずかしいので、もう後五分だけ、こうさせてください、ハイ。」

ユウの頭上に有るメガトロンの赤いカメラアイがゆっくりと細められた。

その嬉しげな様子といったら!






おわれ