ちょうどいい距離感

「いいよな、恋人がいる連中は。あいつまたパソコン開いてニヤニヤしてやがった…」
「やっぱ恋人の一人もいないと張り合いがないっつーかなぁ…」
「久々に帰ってハグするのがいつまでもお袋じゃあな。」

格納庫に出入りする隊員達の言葉など、あまり気にしたことはない。
聞いても意味がないというか、興味もない。
しかし、今日はその他愛もない話の中に、聞き捨てならない名前が出てくるではないか。

「あえて同じ部隊は?ユウとか、小柄な方だし、可愛いんじゃないか?」
「今のところ男っ気も無さそうだしな。」
「少々気は強いが、案外口説けば落とせるかもな。」

そんな会話を交わしていた隊員達が、そろってビクッと肩を震えさせた。
うっかりそちらを凝視してしまっていたことに気が付き、ショックウェーブは慌てて平静を装うのだった。



《ちょうどいい距離感》



「スタースクリーム、始末書追加おまちどう様!で、何やったの?」
『倉庫の壁を若干擦っただけだ。』
「あの風穴はアンタか…もう…」

此処に配属されてきてからというもの、破天荒なことをやらかしてくれるディセプティコン達にはいつものように振り回される。
しかし、お陰様で多少のことでは動じなくなり、親しくなった面子も今では少なくはない。
そのせいか、付いたあだ名が“ディセプティコン担当大臣”だったりもするが、それは本人の知らないところだ。

『…』
「ショックウェーブ、おはよ。」

無口だが、ショックウェーブも親しくしている一人だ。
配属された当初は「アイツはまったく喋らないぞ」と聞いていたために、向こうから声をかけてきた時は驚いたが、本人に言わせればいつもは『用がないだけ』らしい。

『待て』
「うん?」

すれ違い様、ショックウェーブがユウの肩を掴んで呼び止めた。
たったそれだけのことだが、何事かと隊員達が振り返る。
ショックウェーブは離れてこちらの様子を見ている隊員達を一瞥したが、それだけで「ひっ…」という、新米隊員の短い悲鳴が聞こえた。
しかし、そんなリアクションをされていても彼はやはり無表情で、再びユウに視線を戻す。

ショックウェーブはかなり長身で、ディセプティコンには珍しくない強面、威圧感溢れるルックスなだけでは飽きたらず、無口で無表情という勘違いされやすい要素をこれでもかと言うほど搭載しているため、チラッと見ただけで睨んでいると思われることも珍しくはない。
(悪役的な意味では凄くハイスペックな奴だと思う。)
本人はいたってマイペースなために勘違いにはまったく気づいていないようで、そのせいで勘違いに勘違いが重なり、本人の知らないうちに隊員達からは恐れられている。
しかし、このショックウェーブこそ、何を隠そうユウの彼氏なのだ。
無口で無愛想に見られがちだが、他の誰よりも反応が薄いだけで、慣れれば彼の些細な表情の変化が少しずつだがわかるようになった。
二人きりの時でさえ言葉数は少ないし、まだまだミステリアスな部分は多いが、甘え下手な自分にはちょうどいいと思う距離感でいてくれる。
意外にもおだやかで、優しい彼氏だ。

『お前の部屋に行きたい』
「えっ…?」

予想外の言葉のせいで、自分の耳を疑ってしまった。
お互いにスキンシップをする方でもないし、そのせいもあって、この二人には付き合っているという雰囲気があまり無く、今のところ誰にも気付かれていない。
そんな彼が珍しく部屋に来たいということは、もしかしたら何かあるかもと勘ぐってしまうが、そろそろそういうことがあってもおかしくはないとも思う。

「ちょっと散らかってるけど…それでもいいなら。」

少し考えてそう答えたユウに、ショックウェーブは浅く頷いた。

「…今日は、その…どうかした?」

それとなく探りを入れようとするが、ショックウェーブは何も言わない。
何も言わないところがまたユウの予想を確信に近付けるわけで、真相がどうかもわからないのに先走った胸がやかましくなる。

「ショックウェーブ…?えっ、ちょっと…!?」

何の前触れもなく近付けられた顔、驚いて咄嗟に拒否してしまったが、それがあまりよくなかったようだ。
普段から感情をあまり表さない彼の、眉が少しひそめられた気がした。

「また後で、ね…?」
『…』
「部屋で話そう?」

拒否してしまったことを申し訳なく思いながらも、落ち着きのない鼓動を宥めようと深呼吸をする。
自分も彼とのスキンシップが嫌と言うわけでは無いことをそれとなく伝えると、逃げるように…というか、逃げてしまった。
恥ずかしいやら申し訳ないやらで、その場にいられなかった。

***

(怒ってるかな…)

自分はスキンシップが苦手だが、恋人に触れられるのが嫌だとは思わない。
しかし、素直に気持ちを伝えるだとか、恋人らしくするということが恥ずかしくてたまらないのだ。
ショックウェーブには恥ずかしいだとかいう感覚はなくて、当たり前に恋人とスキンシップをするつもりだったのだろう。
その恋人に拒否されたのだ。
突然のことで驚いたとはいえ、彼を傷付けてしまったかもしれない。

(ちゃんと謝らないと…)

今日はあれからショックウェーブと顔を合わせる場面がなく、一日中一人で悩んでいた。
ただでさえディセプティコンの彼は行動範囲が限られていて、おまけに最近は視察やらトラブルが続いたことで二人きりの時間など取れていない。
今日は折角部屋に来るわけだし、誤解は解いておきたいものだ。

「わっ…」

彼を待っている間に考え込んでしまい、背後から近付いた静かなその存在に気が付かず、はっとした瞬間にはもう足が若干宙に浮いていた。
自分を抱き締める腕が誰のものかはすぐにわかったが、普段はこんなにくっついてくるタイプではないはずだ。
今朝の行動といい、今といい、今日は何かあったのかと疑いたくなるほど、いつもの彼らしくない。

「ショックウェーブ…?離して…?」

一旦離れて落ち着くつもりが、さらに強く抱き締められてしまった。
体格差のせいで足は浮いてしまっているし、下手に抵抗すれば蹴ってしまうことになるし、迂闊に動くこともできない。
しかし、こんな場面を人に見られるのは困る。
既に何人か、驚いた様子で二人のそばを通り過ぎていったことだし…。

「ねぇ、ちょっと…」

彼の腕を叩いて離してほしいことをアピールするが、ショックウェーブが更に体を屈めたことで、顔のすぐ隣に彼の顔が寄せられる。
離れるどころか、どんどんくっついてくるショックウェーブに驚いたり戸惑ったりで、喉の奥から小さく悲鳴のような声が漏れた。
一瞬、いつも無表情な顔が寂しげに曇る。
また拒否されると思ってしまったのだろう。

「ごめん…その…周りに見られるのが恥ずかしいんだ…」

そんなことで納得してくれたのかはわからないが、少し間をおいて、抱き上げていた腕がほどかれた。

実はショックウェーブ、あまりスキンシップは好まないユウを相手に、自分から近付きすぎても困らせてしまうかも知れないと様子を見ていたが、待てど暮らせど一向に距離は縮まらない。
今日小耳に挟んだ話では、ユウには恋人がいないとさえ思われてしまっているようだし、少しくらいなら恋人らしいことをしてみてもいいのでは?と思っての行動で拒否されたのが今朝のことで、自信をなくしてしまったのだ。

『お前は、俺の恋人ではないのか?』
「恋人だよ…?」
『もうずっと、お前に触れていない…お前は、寂しくないのか?』
「えっ…」

一方ユウは、恋愛に関しては淡泊とばかり思っていた彼の意外すぎる言動に、今日は驚かされてばかりだ。
とはいえ寂しいなんて人目も憚らずそんな台詞を吐かせてしまったのは自分が原因で、これ以上待てと言うのも違う気がする。

「手…つ、繋ぐくらいなら…」

なんとか口にしたその言葉が終わらないうちに、ショックウェーブの手がユウの手をすっぽりと包み込んだ。
更に少し彼の方へと引かれたことで、彼の腕に肩を寄せてしまう。
再び隣を見上げようとすると、頭の上に顎が乗せられた。
今まで、どちらからもベタベタ触ったりすることもなく一定の距離感を保ってきたというのに、今日のショックウェーブはまるで豹変してしまったようだ。

「帰ろ?」
『…』

ショックウェーブは何も言わないが、くっついたまま頭上で頷いていた。
まさかこのまま歩くつもりか?と少し不安もあったが、取り敢えずは一歩前に踏み出してみるのだった。

***

ずっと我慢していた、その反動なのだろう…。
あれからショックウェーブはまったく離れてくれず、ユウはまさかのあの状態でヨチヨチ歩き。
偶然二人のそんな様子を見かた同期には付き合っていることがバレてしまったが、そこはもう諦めるしかない。
ただ、同期の「ペンギンが白熊の毛皮背負ってるみたいだな」という台詞が暫く頭から離れなくなった。
あまり密着することもなかったし、体格差はあまり気にしたことがなかったが、言われてみればそう見えるのかも知れない…

部屋に着いてもショックウェーブが離れる気配は微塵もなく、なんとかソファーまで移動したが、ショックウェーブは今度は『逃がしてなるものか』とでもいうようにユウの背後からガッシリ抱き付いている。
ユウは必然的に彼の膝の上。
頭の上にはやはり彼の顎が乗せられていて、猫背のまま身動きはほとんど封じられてしまっている。

「もしもーし…」
『…』
「重いんだけど…」

訴えてみても、ショックウェーブはその手を離さない。
半ば諦めて溜め息をつくと、横から顔を覗き込んできた。

『俺が嫌いなのか?』
「えっ?」
『拒否した』
「あ、あれは恥ずかしかったから…!ショックウェーブのことは…その…好き、だよ…?」

普段はあまりそんなことを口にはしないが、今日はずっと不安そうなので素直に答えることにする。
あまり顔を見せないようにして照れ隠しをしながら答えると、肩に顔を埋めて彼がフーッと排気したのがわかった。
納得できなかったのかと横目に顔を見れば、むしろ満足げな様子だ。
表情が薄い彼にしてはだが、それは珍しく笑顔に見えなくもない。
普段は見せないそんな顔に驚き、同時に、見とれてしまった。

「えっ?」

密着していた体が急に離れて、ずっと触れていた熱が覚めていく。
その肌寒さを少し寂しく感じていると、突然体を反転させられた。

「なっ…!?えっ…!?」

今度は向かい合った状態で、腰に腕を回される。
こんな近くで真正面から見つめられるということは今まで無かったし、どうしたらいいのかわからず、おろおろしながらショックウェーブの服の裾を掴んだ。

『もう一度だ』

そんな台詞が引き金となり、熱が顔面に集中し始めた。
恥ずかしさを我慢してやっとのことであの一言を口にしたというのに、もう一回言えというのか。
それも、向き合った状態で。

「む…むり…」

まさかのおかわりを、首を横に振って拒否すると、ぎゅうっときつく抱き締められた。
ショックウェーブは逃げられないユウの服を引っ張ったり肩や首にキスをしたり、耳元では『早く』などと、まだ二回目を要求する声が聞こえるが、彼の胸に顔を押し付けたまま首を振って応えることにする。
しかし、しっかりとユウを捕まえる腕は離れることはなく、もう回避する術は無いのかと諦め半分で顔を上げると、ショックウェーブは相変わらずの無表情。
なんとなくだが、そこから期待しているらしい雰囲気は伝わってくる。

「好き…です…」

照れ臭さのあまり敬語になってしまった。
絞り出した声はも若干震えていたが、それでも彼はとても満足げだ。

「ぅわっ…!?」

ふわりと、突然体が持ち上げられ、ベッドへと運ばれていく。
押し倒された体がスプリングを軋ませたかと思えば、更に大きな体が覆い被さってくるではないか。

「はっ!?ショックウェーブ!?」

そんな心の準備はまだできていない。
しかし、彼はこれ以上待てないのかもしれない。
いったいどうすれば…と、固く目を閉じていると、ショックウェーブはユウの肩に顔を埋めるように抱き着いてきた。

「っ…、ん…?」

何が起こるのかと身構えてしまったが、その何かが起こる気配はない。
彼はユウを覆い隠すように抱き付いて頬擦りをしていて、その様子から察するに、ただくっつきたいだけのようだ。
あまり元気がなさそうだったのに、今はすっかりご満悦の様子だし…
子供をあやすようにぽんぽんと背中を叩いてやると、嬉しそうに更に頬を擦り寄せてくる。
そんな姿はまるで大型犬のようだと思った。

「もっと淡泊なのかと思ってた…」

多少の照れ臭さは残っているが、甘える気満々の彼の背中をぽんぽんしながら呟く。
すると、すり寄っていたショックウェーブが勢いよく顔を上げた。

『嫌なのか?』
「嫌じゃないよ!嫌じゃない!うん!全然!」
『…』
「人が見てないところでなら、こういうの、嫌じゃないよ…?」

それを聞いて安心したのか、ショックウェーブは再び抱き付いて、まるで深呼吸でもするように深く吸い込んだ空気を吐き出した。

『嫌ではないのなら、抱き締めて欲しい』
「へっ…?」

今日は何回不意打ちをされるのだろうか。
意外なリクエストの数々のせいで、ユウの鼓動は落ち着く暇がないではないか。

『誰も、見ていなければ、いいのだろう?』
「う、うん…」

ショックウェーブの背中を叩いていた手を止め、ぎゅっと抱き締める。
『もっと強く』という声が耳元で聞こえて、彼を締め付けるつもりで強くしてやった。
しかし、その広い背中には腕が回りきっておらず、抱き締めるというよりも抱き付くと言った方が正しいような気がしたが、それでも彼は満足らしい。
無理矢理進展させようとすることもなさそうだし、たまに甘えん坊に変身するくらいなら可愛いものだと、今日は今まで気付いていなかった分も存分に甘やかしてやることにした。

「ねぇ、そのまま寝ないでね?」
『…』

冗談のつもりで掛けた言葉に返事はなく、ショックウェーブの動きが完全に止まる。
そして、鼓動とは違う規則的な音が、重なった胸から伝わってくる。

「え?まさかもう寝てる…?」

困ったな…と小さく呟き、しかし起こしてしまわないようにそっと、銀色の髪を撫でた。

「ちょっとだけだからね。」





翌日の二人→

***

「お!ユウ!」

白熊発言の同期に出くわし、少し気まずく思った。
なんだかニヤニヤしているし、スキンシップは好きじゃないと言い張っていた自分を弄りに来たのだろう。

「ベタベタすんのは嫌いだとか言って、しっかり見せ付けてたじゃないか!こいつ!」

そう言って笑いながら肩を叩いてきた同期の腕を、背後から捻り上げる大男…

「いてててて…!ギブ!ギブ!」
「ショックウェーブ!折れる!折れるって!」

鬼の形相で睨んでいるように見えなくはないが、おそらく拗ねているだけだと思う。
なんとか手を離させたが、下手なことをすれば独房行きになりかねない。

「痛いだろ!?手加減しろよ!」
『次は折る』

本人は単なる脅しか、もしくは冗談のつもりだろうが、言われた方は震え上がるしかない。
相当怖かったらしく、同期はモゴモゴ言いながらフェイドアウトしていった。

「ショックウェーブ…!」
『…』
「乱暴するのは駄目だよ!今の台詞も結構怖かったし、あなた達は力だって強いんだから…」
『…』

ユウに注意され、その上「怖い」と言われてしまったことで、今日は一日中しょんぼりしていたショックウェーブだったが、周りからは“イライラしている”とか“機嫌が悪い”と勘違いされていた。





=END