ディセプティコン航空参謀、スタースクリームは今、非常に緊張していた。
普段、頭であるメガトロンにお仕置きを食らう際も緊張やら不安やらを感じることはよくあるが、ロボットモードで格納庫の中をうろうろと歩き回ったりするといった態度にはめったにあらわれない。
おかげで格納庫にいたディセプティコンたちには鬱陶しがれ、笑われたが、今のスタースクリームにはそれに張り合う余裕はなかった。
(…あの姿はユウの好みに合うのか…いや、待てよ。たしか虫けらどもは身長が高い方がステータスになると聞いた事が…くっ、しかしこれ以上弄りに行くのも嫌だし、あの薮医者を尋ねるのも癪だ…)
そう、スタースクリームが今非常に落ち着かない状態に陥っている原因は、ついさっき搭載したばかりのヒューマノイドモードの容姿だ。
ほかのディセプティコンは和解してから早々にヒューマノイドを搭載したのだが、スタースクリームだけはヒューマノイドモードを搭載することを頑として受け入れなかった。
普段から人間を虫けらとして見下していたスタースクリームにとって、それと同じ容姿になるのは耐えがたい屈辱だった。
が。少し前に恋人となったユウがぽつりと「スタースクリームとキスしたいなぁ…」と呟いているのを聞いてしまい、ついにヒューマノイドモードを搭載することに決めたのだ。
恋人といっても、捻くれたスタースクリームがストレートに愛情を表現しなかったせいでドライな関係だと思い込んだユウが普段スタースクリームに甘えるような言動をすることはまず、ない。
そのため、内心ではきちんとユウの事を想っているスタースクリームはユウに甘えてもらうまたとないチャンスを手にするために、わざわざ嫌っているラチェットの元を尋ねたのであった。
ちなみに、スタースクリームがラチェットを嫌っているのはシカゴ戦で傷ついたカメラアイをリペアしてもらう際にこれでもかと言うほど痛い目に合わされたせいだ。
そわそわと落ち着きなく格納庫を出て、割り当てられた部屋に向かう。
がしゃんと音を立てながら今日で何回も試したヒューマノイドへの変形を行い、部屋に入ると鏡を見つめた。
そこに写ったのは作り物のように整った顔と無機質な赤い瞳、複雑な文字を描くタトゥーが刻まれたしなやかな筋肉を持った男の姿。
所謂“美形”と呼ばれる分類にはいるが、“ユウが気に入るかどうか”が一番大事なスタースクリームには意味のないことであった。
“スタースクリーム、とりあえず落ち着け。”
情報参謀、サウンドウェーブからそんな通信が入ったが、スタースクリームが素直に聞くはずもない。
俺はこんなに緊張しているというのに、貴様が余裕でいられるのが気に食わん、と完全なる八つ当たりで返信もせずにサウンドウェーブとの通信回路を切ってしまった。
“ええい、やかましい!この愚か者め、いったん通信回路を切れ!”
次に受け取った通信はメガトロンからである。
どうやら思考が一部回路に垂れ流されていたようだ、とスタースクリームは羞恥でぎゅるぎゅるとパーツから音を立てると“申し訳ございません、閣下”と返信をいれ、全通信回路を切断した。
しかしいくら悩んでも時間は過ぎていくばかりである。
ついにユウの退勤時間になり、スタースクリームは最後に鏡を確認をすると、ユウがいる建物の入り口へと向かった。
建物からは軍人たちが談笑しながらぞろぞろとでてくる。
その数の多さにスタースクリームはイライラとしながらユウを待っていた。
見慣れない男の姿に軍人たちは怪訝な表情をしてスタースクリームを見つめているが、無機質な赤い瞳をみると“ディセプティコンか”と納得したように去っていく。
そして、ユウが建物からついにでてきた。
すかさず歩み寄り、スタースクリームは声をかけた。
「おい、ユウ。」
呼ばれて顔を向けたユウはぽかんとした表情でスタースクリームの顔を見つめている。
いつもなら「間抜けな顔だな」と悪態をつくスタースクリームだったが、今はユウの反応が気になりすぎてそれどころではなかった。
ついに、ユウが口を開いた。
「え、と。どちらさまです?え、でもその目の色はディセプティコン…ですよね?え?何で私の名前を?」
こんどはスタースクリームがぽかんとする番だった。
そうだ、名乗っていないのだから分かるはずもない、とあわてて言った。
「俺様だ。スタースクリームだ。」
「え、うそ、スタースクリーム?だってヒューマノイドには絶対ならないって…」
混乱している様子のユウにスタースクリームはゆっくりと唇の端を持ち上げた。
「気が変わった。…行くぞ。」
スタースクリームはユウの腕を掴んでユウの家へと歩き出した。
基地とそこまで離れていないユウの家は徒歩でも十分行ける距離だったが、その間、ユウはなにも言わずに歩いていた。
(なぜなにも言わない…もしやこの容姿が気に入らなかったのか…?)
無表情でユウの腕を掴んだまま歩いているスタースクリームだったが、内心は不安でいっぱいであった。
ユウの家まであと少し、というところで、ユウはそっとあいているほうの腕でスタースクリームのシャツをくい、と引っ張った。
「何だ。」
「あの、手、離して…」
(やっぱりそうなのか!?)
と荒れ狂う思考を無理やり押さえ込み、そっと手を離した。
「なぜ何も言わないんだ。ついに俺の事が、嫌になったか。」
小さく呟くように問いかけるとユウはふるふると首を横に振った。
「違う。」
「じゃあなぜ俺様を拒絶する。」
「…。」
答えは返ってこない。自分を傷つけないような言葉を探しているのだろうか、そう思うとスパークが少し温度をなくしたように感じた。
ちら、とユウがスタースクリームに目を向けた。
「…スタースクリームが、想像よりずっとかっこよかったから。」
少し間をおいて言葉を発したユウの目元がうっすらと朱色に染まっていき、堪らなくなったスタースクリームはぎゅ、とユウを抱きしめた。
びく、とユウの身体が跳ねたが、拒絶じゃないと分かってからはそれすらもいとおしく思えた。
「ユウ、貴様を食いたくなった。」
「え、食べ、」
少し前は自分がこんな言葉を言う日は絶対に来ないと思っていたのに、とスタースクリームは自嘲した。
…が、これも悪くない。
「…ユウ、愛してる。」
え、と上ずった声を上げ、少し潤んだ目を見開いた愛しいおんなの唇を味わうために、スタースクリームはその唇を押し付けたのだった。