凪 誠士郎


「じゃ、行ってくる」
「ウン、怪我とか気をつけてね」
「わかってる。名前は心配しすぎ」

ぎゅっぎゅ、チュー。
余りにも慣れた手つきで抱きついて口づけをする誠士郎に名前は乾いた目で笑った。

私の可愛いネコちゃん。どこいっちゃったんだろ。

***


名前、1歳。
地獄の期間を終え、ようやく離乳食も終わるしマトモなご飯が食べられる歳。

あまり泣かない子で両親にすごく心配をかけたことは反省している。
でも一度きちんと理性が育った上でアンパンマンにきゃあきゃあ言えるほど人間って単純じゃない。
名前は転生して今の所幸せだったことは一握りだった。

もちろん出し惜しみなく注がれる愛は幸せだったけれど、歩けるのに歩けない地獄、食事すら一人ではまともに出来なくて。
早く大人になりたい、なんて思春期のように常々考えていた。

そんなある日、お隣さんに赤ちゃんが出来たので顔合わせに行くことになった。
大丈夫かなあ、赤ちゃん(仮)だから赤ちゃん泣かせちゃうとかならない?嫌われたら一生凹むなあなんて考えながら会いに行ったが、そんな心配は吹き飛んだ。

「あ〜ぅ、だ!」

はわわわ、可愛い!!
プニプニの頬、髪は真っ白。うるうるの黒い瞳。
この瞬間から名前は世話焼き姉さんとなった。

***


「誠ちゃん、これお弁当。ハンカチはこっちいれてるから」
「ありがと」
「ほら、シャキシャキ歩いて!学校遅れちゃう!」

誠士郎がこんなに甘え上手(という名の面倒臭がり)になってしまったのはもしかして自分も一枚噛んじゃってるかな、と名前は最近よく考える。
幼少期から今まで、あまりの可愛さに甘やかし続けた。いくら身長が自分より高くなっても、ガタイが平均男子高校生より大分しっかりしても、名前にとって誠士郎は可愛い可愛いネコちゃんだった。

あまりの可愛がりようにクラスメイトにドン引きされても、実物を見せてもっとドン引きされたって名前は何故可愛く思えないのか理解できなかった。
昼休み毎度自分の元へ来て膝枕をねだってくるのは流石に友達がいないのかと心配になったが、当の本人は何も気にしていないようだった。

部屋は隣、ご飯はいつも一緒。帰るときにスーパーに寄って食べたいものを聞いて帰る。いつものルーティンが崩れたのはサッカーをするようになってからだった。
いつも面倒臭いとしか言わない口が、少しずつ"玲王"という名を零すようになった。

「今日は遅くなるから晩御飯いらない」
「食べないと力出ないんだから!ほら玲王くん?だっけ、一緒に連れておいで!」

***


「こんにちは、ご飯呼ばれちゃってスミマセン」
「いいのいいの!いつも誠ちゃんのお世話ありがとね」
「ねえ早く入ろう」
「ホント…自由なんだから…」

名前と玲王は苦笑いで誠士郎の後に続く。
玲王の印象は悪くなかった。いや、むしろ大変良かった。食事を並べる手伝いをし、マイペースに食べる誠士郎の横で当たり障りない話をしながら料理の感想を述べる。
いい旦那さんになるだろうなあと微笑ましく見ていると隣から「おかわり」という声。
誠士郎と一緒にいると世話焼きになるフェロモンが出てるんじゃないかと冗談を考えながら追加でご飯をよそった。

「ありがとうございました!」
「またいつでもおいで〜!」
「また明日」

玲王を見送って、ソファーでゲームをする誠士郎を尻目に名前は食器を洗う。
たまにはこうやってワイワイご飯を食べるのもいいなあ、クラスメイトとの打ち上げを悉く断ってきたけど、行けばよかった。
名前は誠士郎が心配でアルバイトしている時以外はできるだけ家に居たけれど、こうやってサッカーをしている様子を見ると案外彼は一人で色々できるし、お節介はほどほどにしないとと考えた。
小さい頃からずっと面倒を見ているせいで、これが普通になってしまっている。

「あ、そういえば」
「何?」
「玲王くんかっこよかったねえ、片付けまで手伝おうとしてくれて、きっといい旦那さんになるだろうなあ」

お客さんが来て舞い上がっていた名前は誠士郎が真っ黒な瞳でこちらを見ていることに気が付いていなかった。

「う〜ん、クラスの子たちがきゃあきゃあ言っちゃうのもわかる、なっ!?」
「俺も名前が手伝わないでって言ってなかったら手伝うよ」

太い腕が腹に回されて、名前は固まった。
背中は誠士郎の身体とぴったりくっついていて、がっしりした体はびくともしていない。肩の上には彼の顔が隙間なく嵌っている。

「ね、ね、ちょっと離れよ?泡がついちゃう」
「俺はかっこよくない?」
「んへ!?」

一向に離れる気配のない誠士郎に、斜め上の質問をされ名前は戸惑う。そりゃあ小さい頃から見てきたから可愛くって仕方がなかったけれど、かっこいいかと問われると否とは答えられない。
整った顔。高い鼻に大きな目。落ち着く声に平均よりしっかりした身体。きっと世間一般的にはこれを"かっこいい”というのかも。
名前は不思議な気持ちだった。可愛い可愛い私のネコちゃん。かっこいいと聞かれれば多分かっこいいけれど、そんな目では見たことがなかった。

「俺も気遣いできる方だよ」
「う、ん……そうだね」
「名前の下着でオナニーした後ちゃんと洗い直したし」
「!?」
「寝てる時に触っても起こさないようにしてる」
「き、きいてない…」
「他の男呼びたくなかったけど、名前が連れてこいって行ったから玲王連れてきた」

名前は想定外の暴露に愕然とした。
何が…なんだって?可愛い私のネコちゃんが?その、下着で、え???というか寝てる時に触られてたの???気付けよ自分!!誠ちゃん性欲とか存在したの!?
色々言いたいことはあったが口からはハクハクと音のない声が漏れるだけだった。

「ひどいなあ、俺こんなに我慢してるのに浮気じゃん」
「う、浮気も何も付き合ってないじゃん…ハハ…」
「何言ってんの、結婚しようって言ったじゃん」

言っていた。言っていたがそれは名前が小学一年生、誠士郎が年長さんの頃だ。
まさか本気だとでも??可愛い幼子の戯れで、将来の約束までしたつもりは名前にはなかった。

「浮気するくらいなら我慢しなくていいよね」
「んな、ちょっと…!」

スルスルと名前の身体を滑る両手。ゴツゴツとした手に思わぬ性差を感じて名前は震えた。
食器とスポンジで両手が塞がっているのをいいことに、誠士郎は名前の身体を弄ぶ。
股を割る脚、下着の留め具を弄る右手、スカートの下に隠れ熱を押さえつけるような左手。

「ちゃんとゴムあるから心配しなくていいよ」

そういう問題じゃない!!そう叫びたかったが声は口づけで消えた。

***


結局高校生とは思えない体験をしてしまって(こんなところでなんでもできる器用さを出すんじゃない)、断るなんて考えも出ないままなあなあでここまできてしまった。

あれからもちろん玲王を家に連れてくることはなく、どこにその体力が残っているのかほぼ毎日喰われ続け。
やたら男の子たちから距離を取られるなと思えば誠士郎がけん制していたらしい。
バイトも今のバイト(スタッフみんな女性だ)以外ダメだからと釘を刺され、たまにクラスメイトと最低限の会話をしているところを見られ気をやるほど痛めつけられて。体育の着替えの際あまりの跡の多さに揶揄うどころか心配してくれるクラスメイトに名前は羞恥で死ぬかと思った。

小さい頃から一緒の彼から逃げるなんて考えは浮かぶはずもなく、ズルズルと関係を続けている。

「名前さん可哀想に…」
「俺との約束忘れてる名前が悪いんじゃん」
「断れない性格をここまで良いように使うのはどうなんだ?」
「帰ったらちゃんと前みたいに面倒みるし」

どっちが可愛いネコちゃんだか。




  


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ツユシグレ