御影 玲王


名前は貪欲な女だ。
苗字財閥のお嬢様。働かずとも裕福に過ごせる財を生まれながらに手にしていたがそれに甘んじるほど安い女でないと自負している。

一般人として過ごした記憶のある名前にとって、自身の環境は最高としか言えなかった。
しかし名前は知っている。常に流行りを掴めること、第一人者となること。それが一流の人間というものだ。
そのための妥協は惜しまない。例えお金持ち交流会(声に出していったことは一度もない)に連れて行かれて、子供のお守りを任されるとしてもだ。

どんな年寄りでも子供でも、名前は相手に耳を必ず傾ける。どこにでも商売のチャンスがあるからだ。
そして人脈は何よりの宝である。



「御影玲王です」

この子だ、と名前は本能的に思った。
家系ヨシ、育ちヨシ。彼の父の話を盗み聞いたところ将来性しかない原石。顔が良いので尚ヨシ。

「苗字名前です、どうぞよろしく」

自分の見た目と外面の良さに感謝を禁じ得ない名前だった。

***


玲王は想像以上に優秀な子だった。
成績、性格も良く、同年代の男の子たちとは一線違った気遣いだってできる。
そして何よりその将来性であった。親同士も仲が良く、婚約者として選ばれるのはそう遅い話ではなかった。
順調だった。その時までは。

「俺、凪と世界一を取るよ」

希望と熱が篭ったアメジスト。今まで見てきた中で一番輝いていると名前は思った。
野暮な言葉はしまわざるを得ない。
「ねえ、他人と取る世界一ってなに?」「世界一?そのあとはどうするの?」そんなことは口が裂けても言えなかった。これと決めたら譲らない男だと長い付き合いで知っていた。
密かに落胆した名前に玲王は気がつかなかった。

「玲王は偉いねえ、ちゃんと先を見据えてる」
「当たり前だろ」

褒めることは当たり前。折れられると困るから。

「バレンタインは嫌だなあ」
「俺がチョコもらうから?」
「なんでわかってるのにそんなこというの!」

嫉妬のフリも上手くなった。同じレベルじゃない女の子に負ける気なんてしなかったけど。

「玲王、ちゅーしよ」
「仕方ないなあ」

甘えるのだって。得意じゃないけど長年の情もあるし何だかんだ彼のことは嫌いじゃなかった。

「あーあ、やっぱり他人って制御不能で不安定だなあ」

名前の次の計画はここで決まった。



お淑やかで、誰にも優しい。それが名前の皮だ。
まさか他の男を釣るために堂々と浮気なんてできるわけがない。
幸いなことに名前の周りには優秀な人間が多く、名前に甘い。恩を売る事には自信があった。

少し寂しそうに、「玲王が最近サッカーに夢中で寂しい、きっとサッカーが恋人なのね」と囀れば慰めにと寄り添う人間は少なくなかった。

やっぱり、玲王以上なんてそうそう見つかるもんじゃないよなあ。
名前はそんな考えを噯にも出さず隣に並ぶ男を見た。

「でも名前さんも可哀想だよ、婚約者を放ったらかしにするなんて」
「そんなこと言わないで、玲王はやっとやりたいことを見つけたの」

この男はナシだなと正面を見たとき、名前は選択肢を間違えたのだと察した。

「名前…?」





名前は10人中10人が良い女だと答えるような人間だった。
気遣いができて、たまに可愛いワガママで心を離さず、些細な気遣いが染みるそんな女の子。
玲王はネックレスをプレゼントした時の名前の顔を今でも覚えている。

「玲王、ありがとう。一生大事にする、肌身離さず!」

大袈裟だと冗談を言いながら、そうしてくれると嬉しいと渡したネックレスはその首元にはなかった。

「名前、何してんの」
「れ、玲王?」
「何してんのっつってんの」

ギリギリと手首を掴めばその顔は苦痛に歪んだ。

「何してるんだ、名前さん痛がってるだろ!」
「うるせえ、お前には関係ないだろ」

知らない男に笑いかける名前。身につけているものに玲王が贈ったものは一つもない。
名前が玲王の物をつけていない時なんて今まで一度もなかったのに、どうして。

「名前、どういうこと?浮気じゃんこれ」
「ち、違うの!彼は玲王がいない間励ましてくれただけだから、」
「何が違うんだ?俺が青い監獄にいるから大丈夫だと思ってたんだろ?」

凪は自身の力で勝ち上がることを望んだ。自分に残っているのは唯一の理解者である名前だけだと信じていた。
これは正しく裏切りである。玲王は名前を強引に家まで連れ帰った。
置いてけぼりの男など眼中になかった。

***


「ひっ」
「言い訳なんて意味ないってわかってるだろ?」

名前は玲王が可愛いワンちゃんなんてモノじゃないとその時初めて知った。
ちょっと構ってやれば尻尾をふる可愛い子犬ではなく、テリトリーに入るものは根刮ぎ排除する、狼。”支配する側"の人間だった。

「名前がさ、抜け目ないのは知ってるけど。他の男に媚びを売るなんてどうかしてる」
「ちが、そんなんじゃ…!」
「そんなんじゃない?そうだろ、ほかの男から貰ったモン身につけてデートしてんだから」

玲王が贈った物でもなく、名前の趣味でもない、悪趣味極まりない服。
ブラウスのボタンをゆっくり外しながら笑う玲王の目は冷え切っていた。

「はぁ、男たらしもほどほどにしろよ。手を出されたら終わりってわかってるだろ」
「うっ、…ねえ、待って」
「腕あげて」

名前の返事を聞く気は1ミリもなかった。
熱した鉄塊を胃に入れられたように、行き場のない怒りが玲王を襲った。
一歩間違えれば、今日名前を見つけなければ他の男のものになっていたかもしれない。
自分に甘い女が他所で尻尾を振るくらいなら閉じ込めて高級な餌でもなんでも与えてやろう。外に連れ出せるわけがない。

「ま、跡は多いほどいいだろ、今更逃げ出せないだろうけどさ。名前も痛いのより気持ちいい方がいいだろ」
「何言って、待って!」
「十分に待った」

名前は喉から手が出るほど欲しい女だった。
自分の婚約者になったって、人に愛嬌を振りまくのをやめない。跡取りとして下手なことは出来ないから、名前を囲うことも難しい。でも名前は自分のものだからと驕っていたらこのザマだ。

「逃げ出すなんて考えるなよ、もっと酷くするしかなくなるから」


***


「飼い犬に噛まれるってこういうこというのかな」

あれから。玲王に無茶苦茶にされ、名前には常に監視の目がついた。
想定外だったのは、この生活が案外悪くないことだった。

媚を売らなくてもいい、人付き合いだって最低限でいい。金の流れは相変わらず把握しているけれど、それ以外は玲王のための時間となる。
どこから間違ったかはわからないけど、これも一種の正解かと名前は微睡んだ。



「玲王、何聴いてるんだ?」
「実家の犬。寂しいって鳴いてるんだよ」
「なんかお前って変わってるよな」




  


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ツユシグレ