ミヒャエル・カイザー


名前は彼を一目見た瞬間好きになった。

前の平凡な愛おしい日本人顔がどこかへ行ってしまい、目を覚ませばモデルかなという具合の美しい瞳と将来性しかない骨格。基礎学校に入る前に幼子たちから愛の篭ったプレゼントを山ほど貰い、人生勝ち組かと思ったらそうでもなかった。

美しい顔の癖に堂々としていないことが彼女たちのカンに触ったらしい。
自分なんて、日本人精神全開で迎えた基礎学校では酷く痛い目を見た。世の中クソである。自分と同じようなレベル・・・の女の子は揃って強気である。そして少しだけ名前の方が美しかったことが最悪だった。

もう友達なんてできないし絶望じゃん、さっさと将来のこと考えて勉強するのが吉じゃないかとフラフラ公園を散歩していた時だ。

「ゴール!!!」

美しい金髪、美しい瞳。声だって耳触りが良くて。その華奢な足から繰り出したとは思えない強烈なシュート。
この人だと思った。自分より彼は美しいから、きっと敵視されることはない。金魚のフンとして生きれれば
勝ち組。フラれても名前だって望みが高いだけの恋する普通の女の子になれる。

これってサイコーじゃない?

名前は自分を守る為に彼──ミヒャエル・カイザーを選んだ。

***


「わっ、私!ミヒャエル君と一緒にいたい!」
「いいよ」

振られたっていいと思っていたって、純日本人に告白は厳しい。
そして彼は少しずつお近づきになれるようなタイプでは無かったから正面突破を目指せば、思いの外簡単にコトが進んでしまった。
何で了承されたかもわからないまま、名前はミヒャエルの金魚の糞となった。

「はいこれ、名前ならできるだろ?」
「うん、明日渡すね」

ミヒャエルは控えめに言ってもクソだった。
性格悪い、宿題は押し付けてサッカーに行くし、サッカーするときは近くで見てろと言われるので家に帰ってから2人分の宿題をしないといけない。
女の子からのラブレターは日常茶飯で、お礼を言って丁寧に断った後名前に投げ渡す。
名前にきたラブレターは目の前で開けてニヤニヤこちらを見ながら音読するという悪魔の所業をする。

こいつミヒャエルじゃなくてメフィストフェレスじゃないかと思ったこと数十回。

思春期になって彼は更に人気になった。
クラブチームで活躍する彼に熱狂的な女の子たち。着く人間を間違えたのではと思ったけど後の祭りだった。
何人ともキスをしておきながら名前の手を引き歩く。

こいつクソだなと思いながら、染み付いた負け犬根性が抜けるワケもなく、よく躾けられた忠犬のごとく尻尾を振り彼に付いて回った。

15歳。何のスイッチが入ったかは知らないが、ミヒャエルに抱かれた。中身だけだとセックスできゃあきゃあいう歳でもなく、コイツでも身近なところで済ますという考えがあるんだなと妙な親近感を抱いた。
勿論キスだけは経験豊富だったが本番はしたことがなかったらしく、死ぬほど痛いのを我慢した。

彼が私のことを心配したのは将来この時だけになるのではないかと名前はふと思った。

「おい、大丈夫か」
「ん、大丈夫。気持ちよかった、ね」

拙いキスを送るとミヒャエルは満足そうに笑った。



あれからミヒャエルは名前で済まそうとすることはなく、たまにその日気に入った女の子をベッドに連れ込むことがあった。知ってたけどコイツはクソと思いながら名前は勉強に務めた。
彼にサポーターとして勉強しろと言われ、何となくなりたかった将来像もなかったため了承した。
まさか生涯の付き合いになるなんて思うまい。

そんなダラダラとした付き合いをしていたらいつの間にか囲われていた。
両親は勿論、周りの人を使って上手く自分のマネージャーになるよう誘導されていた。
自身の技術はもちろん努力の結果だったけど、想像以上に優秀だったらしく周りの人間にはよく褒められ、名前はまんざらでもなかった。

一度ノエル・ノアと軽く話す機会があり、ウキウキで帰ってきたら鬼の顔のミヒャエルが入り口で待っていた。
沈黙が気まずくてノエル・ノアのかっこいいエピソードをつらつらと話していたら顔面を鷲掴みにされ強制終了となった。年頃の化粧した女の顔を鷲掴む奴がいるか?ここにいる。


そんなある日、ミヒャエルは日本に行くことになった。
勿論マネージャーである名前もついていくことは大前提であった。名前は大歓喜した。
濃くない、あのあっさりした顔が並ぶ日本に帰れる!どうせ行くなら京都は外せない、キャラクターカフェだって行ってみたい。そんなことを考えながら日本に到着。

ミヒャエルが世話になるという青い監獄のvsU-20日本代表。

名前はその時二度目の一目惚れをした。潔世一、爽やかな笑顔を浮かべ試合では獣のようにボールに噛み付く。成長過程の男の子ってマブシイ。
どうしてもお近づきになりたかった。ミヒャエルに彼以外のことを話すのはタブーだとわかっていたのに。

「ミヒャ、お願いがあるの」

普段Yesしか言わない名前が、ミヒャエルにお願いなんてすることが珍しく、突然のことで大きい目を更に丸くした。
名前の言うことを聞くのは吝かではなかった。目に入れても痛くないカワイイカワイイ名前。一度耐えきれなくて手を出してしまったが、自分なりに結構大切にしていると思っている。身長が人種の割に低く、簡単にひねり潰せそうな腰に何度欲情したかわからない。たまに悪戯でこっそりくすぐった時に漏れる甘い声がたまらない。さっさと籍を入れたいが、今はその時じゃないとずっと我慢している。

「なんだ?お前のやりたいことぐらいなら簡単に叶えてやる」
「やったあ!あのね、イサギ選手の連絡先とかって、交換できるかな…」

ミヒャエルの顔から表情が消え去った。
名前のうっすら染まった頬に殺意が湧く。これだからこの女を一人泳がすのはダメなんだ。顔がいい癖に妙に自己肯定感が低い。よくあのデロデロに甘やかす両親の元でこうなるもんだと思った。ミヒャエルのようなイイ男の傍にいるくせにあのチンチクリンが気になるって?クソ不愉快だ。やっぱり籍はさっさと入れるべきだった。
ともかくアイツと連絡先を交換する前に、何としても名前を手中に納めねばならない。飼い主が誰かを忘れさせてはいけない。このクソビッチめ。

「わ、わ、何!?」
「駄犬に躾は必要だろ?」
「何のこと!?」

残念ながら名前に恋心なんてなく、あるのは負け犬根性だけだった。

***


「あっ、あっ、ダメ、ねぇ、」
「はぁ?何言ってんだ?お前は俺のモンだろ、ほら Wiederholen Sie das (繰り返せ)!」
「わっ、私はっ、ミヒャのもの、ですっ」
「続きは」
「ご、めんっなさいぃ、よそ見、してぇ、」
「よしよし、いい子だ。じゃあおねだりできるな?」

ミヒャエルはやっぱりクソだった。
他の子でセックスを覚えたと思ったら文字通り死にたくなるほど名前を焦らした。
名前は学習した。イサギ選手は地雷である。そしてこいつはとっても拗らせている。お気に入りのオモチャが他所を向くことを赦さない。

結局青い監獄に入るまで名前を可愛がり・・・・、出た後もひたすら意識を飛ばして、自国に帰ってすぐ籍を入れることになる。
籍を入れた後も常に監視され、一挙一動を報告する羽目になるなんて名前は思いもしなかった。





  


戻る


ツユシグレ