「叔母さんから聞いたけど沙耶って雄英受けるの?ヒーロー科?」
「うん、焦凍くんが受けるから」

一回り程年上の従姉妹であるまどかの言葉に迷いなく頷くと、年に数回会うか会わないかの彼女は目を丸くしていた。それもそうだろう、今まで両親にしか話していなかった私の夢を彼女が知るわけもないし、ヒーローを目指すような性格でもない。
しかし中学で私が立てた目標は幼馴染の彼が入るであろう雄英へ共に進むという無謀極まりないものであり、中学三年生も残すところあと半年という今、勉強に勉強を重ねている最中なのだ。

「焦凍くん……エンデヴァーのお子さんだっけ。そういえば二人って昔からそういう話出てたもんね」

そう、出会ったのはもう何年も前のこと。確か五歳くらいじゃなかっただろうか。少なくとも彼の『特訓』が激しさを増す前だった。
私の家族はヒーローでもなければ個性すら発現しなかった。目の前に座るまどかは空気操作という個性がある──なんなら数年前からヒーローとして日々活動している──けれど、第三世代と呼ばれる私の母と父も関節が二つあるとかないとかでただヒーローに憧れるだけの一般市民。
唯一周りと違ったのは、父にはそれなりに資産があったため個人的に応援しているヒーローへ金銭的援助をしていたことくらい。勿論ヒーローは国からお金が出ているとはいえ、活動に伴って建物が壊れるのは日常茶飯事ともなると事務所の運営も大変だそうで。戦闘において敵が出した被害も請求される場合があると聞いた時には思わず眉を顰めてしまった。

『轟さん……いやエンデヴァーさんとお呼びした方がよろしいですか?本日はお招きいただきありがとうございます』

父はエンデヴァーの大ファン。同年代に圧倒的な人気のオールマイトがいるために永遠のNo.2ヒーローと揶揄されることはあれど、エンデヴァーはそのスピードとパワーとで圧倒的な事件解決数を誇っている。父もエンデヴァーに救けられた一人だ。
詳しいことは知らないが、父の援助が長期に渡ったことでエンデヴァーは私達家族を一度だけ家に招いてくれた。そこで出会ったのが轟焦凍だった。

『ゆきだるまつくらない?』

確か、私が彼に提案した。
大人同士の話を聞いていてもつまらないだろうからと公園に行く許可をもらい、積もった一面の雪を見て楽しくなってしまったのだ。踏みしめた雪の感覚も肌を刺すような風の冷たさも何一つ覚えてはいないけれど、彼が少しだけ目を輝かせて頷いてくれたことだけは覚えている。

『できた!』
『でも……もうちっちゃくなってきちゃった』

義務教育も始まっていない子供には何故雪だるまが小さくなってしまうのかが分からず──今なら触りすぎて若干溶けていたことくらいわかるのだが──涙が溢れてしまった。
きっと彼は焦っただろう。子供の体温ごときでは雪だるまが完全に消えることはない。だというのに、初対面の女の子が目の前で泣き出したのだから。

『……おれの個性でこおらせる』
『個性あるの?』
『うん』
『すごいね、見てていい?』

いいけど危ないから後ろに、と彼が手で私を庇う仕草をしたからその手を取った。家族に個性持ちがいなかったからその情報はテレビからしか得られておらず、生で見るのはその時が初めてだったから。

『いくぞ』

左手を私と繋いだ彼が右手を雪だるまにかざした。何が起こるのだろうかとワクワクした次の瞬間、凍っていたのは雪だるまどころか目に見える範囲全て──つまり公園全てが一瞬にして氷土と化したのだ。
雪が降り積もっていたとはいえただの公園が豹変するなんてまるで魔法のようだった。彼はなんて凄いんだろう。雪だるまも氷どころか金属のように硬くなっている。

『……?』
『……すごいね!焦凍くんすごい!』
『……おれじゃない』

私がその光景に唖然とする隣で彼は右手を見つめながら呆然としていた。今となってはあの程度彼一人でなんなく凍らせることはできるのだろうがあの時はまだ五歳。彼自身だけでの能力ではなし得なかった。

『ぞ、増幅?うちの子がですか?』

いくら彼に凍らせるだけでなく溶かす個性も備わっているとはいえたかだか五歳の子供が公園を元通りにできるわけもなく、家に戻って起きたことを正直に話す他なかった。外で個性を使ったことはエンデヴァーにも私の親にも大層叱られ、初めて身近で個性を見た感動よりも焦凍への申し訳なさで気持ちがいっぱいになったのは今でも覚えている。
しかし結果として子供一人の個性ではあり得ない範囲と気づいたエンデヴァーにより検査を勧められ、私が個性持ちだということが判明した。

「二人って許嫁なんだっけ?」

目の前の従姉妹がティーカップをソーサーに置く音で意識を戻した。

「うーん、そんなお堅いものじゃないよ。無理にって言われてるわけじゃないし」

私の個性が判明した後、エンデヴァーから父を通じて打診があったのは事実だ。まだ幼かった私には隠されてきたけれど、中学に上がると同時にそういう話があると聞かされた。いわゆる個性婚という形式を望まれてはいるものの、決まっているわけではない。私自身は焦凍が好きだし、そうなれば嬉しく思う気持ちがないといえば嘘になる。
とはいえ、彼の気持ちもあるだろう。他人の家を悪く言いたくはないが恐らく彼に拒否権はない。あるとすれば私だけ。彼が望まないのならば、近い将来お断りしようと思っている。それでも彼のサポートはできればと思い、雄英を志しているのだが。

「そっか。ならよかった。今時個性婚なんて……」

だからこその雄英だ。
彼は私などいなくても間違いなく素晴らしいプロヒーローになるのだろうが、私のこの個性が彼の力になるならば積極的に使っていきたい。それには最難関と言われる雄英へ共に入り、サポートができるように鍛えなければ。

「ま、雄英の倍率えぐいみたいだけどきっと大丈夫だよ。頑張ってね」
「うん!ありがとう」

従姉妹の励ましに全力で頷くと「そんな力まなくても」とクスクス笑われてしまった。




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