「……やっぱりまどかさんの家すごいところだよね?ここで一人暮らし?」
「一人暮らしだけど、これは沙耶の親御さんから借りてる家だから」

家の前に設置されている門扉を開けてホークスに入るよう促した。プロヒーローといえども仕事以外では個性を使うことは好ましくない現代事情からホークスの腕には三つも四つもビニール袋がかかっている。早くゆっくりさせてあげたい。

「そういえば出身は関西なんだっけ。実家もそっち?」
「ううん。私の親転勤族だったから実家とか地元とかそういうのはなくて。ホークスは?ずっと福岡?でもその割に訛りないよね」
「まあ方言はね……」

ガチャリ、とドアが開いて制服姿の沙耶が出てきた。自分の住んでいる家から他の人が出てくるなんて一体いつぶりだろう。

「まどかちゃんお帰り」
「よく帰ってきたってわかったね?」
「すごく耳のいい子がいてね、その子が」
「そっか、助かっちゃった。悪いんだけどホークスの荷物持ってあげてくれる?」

いくら大きめの一軒家といえども玄関はそう広くはなくて私と沙耶とホークスと、端に寄せられているとはいえたくさんの生徒の靴が同時に入ることは不可能だった。私よりも負担が大きい彼を優先すると小さな声で「お邪魔します」と呟いて玄関にあがっていく。

「ホークス……さん、買い出しありがとうございました」
「どういたしまして。ホークスでいいよ。これ重いから気をつけて」
「……沙耶」

とりあえず沙耶の手を借りようと助けを求めたら体育祭準優勝、沙耶の許嫁なんだかそうでないのか微妙な立ち位置らしい男の子が立っていた。

「焦凍くん?どうしたの」
「荷物なら俺が。八百万が呼んでたぞ」
「えっなんだろ……」

沙耶がリビングに消えていく頃にはもうホークスは荷物を轟へ渡していた。移動中にネットニュースで得た知識では体育祭の種目の内どれか一つどころかその全てにおいて圧倒的な成績を残していたらしい。「職場体験指名しようかな」とホークスもそれを見ながら驚いていた。
個性婚には賛成しかねるが、沙耶が彼に憧れてヒーローを目指すのも分かる気がする。同世代にあんな子がいたら熱も上がるのも無理はない。

「まどかさん?」

ホークスの声でハッと視線を移動させた。

「え?何?」
「焦凍くんが困ってるよ」
「あっごめんね、全然変なことは考えてないから。沙耶といつも仲良くしてくれてありがとう」
「……いえ、俺は……」

言い淀んで顔を逸らすその仕草に何かを感じた。二人の間に何かあったのだろうか。たった二週間前までは同じクラスで一緒に昼休みを過ごせて楽しいと本人からは聞いていたのだが。
年の功というやつでうまく声をかけてあげられたら良かったのだが、初対面で何を言えるというのだ。何があったかも知らないのに。余計なお世話こそヒーローだと言われているが流石にこの件については対象外だ。何となく気づいたらしいホークスと目配せをしてリビングへ向かった。

「お待たせしました、お肉買ってきたから焼きはじめよっか」

ドサリと音を立ててビニール袋が机に座る。「買い出しありがとうございました」お礼を口にする可愛らしい女の子達の奥では、ホークスが男の子の集まっているテーブルへ荷物を下ろすと隙間から覗いている肉に歓声が上がっていた。
部屋を多少散らかしてもいいから準備しておいてくれと頼んでおいた甲斐があってリビングやそれに繋がっていた部屋、そして庭にも各々が座っている。見渡すと体育祭の壇上にいた三人全員がいた。優秀なクラスなのだなと感心しながら見たことのない家具に目が止まった。

「こんな机どこにあったの?ホットプレートも……」
「あの、どちらも私の個性で創りましたの。この大所帯ですし散らかるよりはいいかと思いまして……」
「あっヤオモモが言わなくていいのに」

沙耶がお肉を机の上に並べながら慌ててそう言った。個性を使ったことを私に叱られると思ったのだろうか。確かにあまりよろしくはないが、ここは私有地なのだし叱るほどのことでもないだろう。

「家の中だし個性の使用はセーフ。気にしなくていいよ、ありがとうね。えっと八百万さんで合ってる?」
「はい!」

彼女は体育祭では目立った成績を残せなかったようだけど、その分さっきの青空教室もどきでは私にもホークスにもたくさん質問していた。今の自分には満足していないのだろう。一回り年下とはいえその姿勢を見習って成長しなければ。

「まどかさん明日からまた別のところだっけ?」

買ってきたお肉が七割近く消えてきた頃、ようやく私にもホークスにも質問することがなくなったのか──唯一緑谷くんはノートを片手にぶつぶつ言っていたが周りの子達に怖いからやめろと嗜められていた──賑やかな部屋の外、庭に置かれた椅子へお茶を片手に腰を掛けた。

「うん。東京」
「東京か、都会だな」

東京は信じられないくらいたくさんのプロヒーロー事務所で溢れていて、私のような派遣もそんなに必要としていない。東京どころか都会はどこもそうだ、人が多くてそれ故にトラブルも付き物で、都会への人口集中と比例するようにプロヒーロー事務所の数も増えていったと聞く。
しかし六本木に拠点を置いていたオールマイトが静岡の雄英に来ている関係で治安の悪化に加え、人手が足りなくなるだろうと去年呼ばれた際にそんな話をされた。電話では詳細を聞けなかったが恐らくその関係で呼ばれたのだろう。

「博多も都会でしょ、静岡じゃあんなに人が集まることなんてそれこそ雄英絡みくらいなのに」
「住んでるとあんまり実感湧かないけどね」

そういえば都会と呼ばれる街に存在するプロヒーロー事務所から声がかかることはほとんどない。人手は足りているからだ。だが博多からは、というよりはホークスの事務所からは割と定期的に声がかかる。周りにたくさん事務所もあるだろうに、なぜか呼んでもらえる。なんで呼んでくれるんだろう、交通費だってかかるのにこんなところからわざわざ。しかももう三年目だ。

「勿体ない。私なんてホークスに呼ばれる度に思ってるよ、大きくて賑わってていい街……だなって……」

紙コップに入ったお茶を飲むホークスを見ていると視線に気づいたのか目が合い、自然と胸が鳴った。高校生の熱気にやられてしまったのだろうか、それともスーパーで失態をおかした名残が残っているのか、アルコールも入っていないのにじんわりと身体が熱くなる。

「それなら遠慮せず呼べるからありがたいな」
「まあね、博多は……好きだよ。ご飯も美味しいし人もあったかいし、みんなの方言も可愛いし」

仕事にかこつけてホークスに会えるから。それも理由の一つ、いや大きな要因となっているがそんなことは絶対に口にできない。目についたインタビュー記事を読んでるどころの話ではない。
百歩譲って彼に想いを伝えられるような状況になりでもしたのなら話は別だが、そんな未来、天地がひっくり返ったって起きはしないのだ。告白まがいのセリフなどすべて飲み込んでしまうほかない。彼が私を呼んでくれる理由が、これに近しいものであったなら言えるのだけど。
なんて、何を馬鹿なことを考えているんだか。あまりにも突飛な願い過ぎて自嘲もできない。手元にある紙コップへと視線を落とした。

「俺も好きだよ」

街の話をしている。していたはずだ。
開け放った窓からは部屋の賑わいも聞こえていたのに、何らかの個性でも使われたのかと錯覚するほどに周囲の音が消えた。顔を上げると今までに見たことのないホークスがいた。どこか強張った表情で真っ直ぐ私を見て、瞬きすらもしない。一秒か十秒か、それとも一分は経っただろうか。彼は私から視線をずらして窓の方へと向けた。

「博多には盗聴するような子達、いないからね」
「やばっ!」

女の子の声がした。慌てて振り向くと束ねて動かないように固定しているはずのカーテンが揺れたり、こちらを見ていたのだろう生徒達数名と目が合った。『すごく耳のいい子がいてね』ついさっき沙耶から聞いた話が頭をよぎる。確かに私有地ならば個性の使用は構わないのだが、こんな使われ方をされるとは。

「だから言っただろホークス相手にそんなのバレるって!」
「あんた達も聞いてたくせに……」
「はいはい、もう雄英の体育祭のニュース始まってるんじゃない?」

ホークスが翼を一枚使ってテレビを付けると正に彼のインタビュー映像が流れているところだった。「すげえ……これがプロ……」紫色の髪をした男の子が尊敬の眼差しを向けていたけどいくらなんでもこれは偶然だろう。

『雄英の体育祭ご覧になっていかがですか?やはり注目は一年A組でしょうか?』
『そうですねー、じっくり全部見れたわけではないですけど……』

テレビの中の彼は体育祭についてしっかりとコメントを返していた。警備の最中に足を止めてモニターを見たのなんてほんの少しだったのに。私と話しながら、行き交う人々の反応を見ながら、モニターで体育祭の映像まで確認していたのか。

『そんなホークスも注目していた一年A組はなんと表彰台を独占する素晴らしい活躍を見せました!』

キャスターは一位から三位までの生徒をフリップ付きで紹介している。顔も本名も、轟焦凍に至っては父親が誰とまで書かれていて個人情報保護も何もあったものではない。「すげえな、お前ら有名人じゃん!」他の子達も同じ感想を抱いたようですっかりテレビとその中で紹介されるクラスメイトに夢中になっていた。

「まどかさん」
「?」
「俺そろそろ」

携帯で時間を確認すると確かにもう夜も遅い。新幹線の終電が迫っているような時間だ。しかし静岡から博多までは四時間以上かかる。こんな時間に出たら一体博多に帰れるのは何時になるのだろう。

「とんぼ返りなんて大変だね、お疲れ様」

ついさっき言われたことには一切触れなかった。高校生が聞き耳を立てていると知っていたから揶揄うつもりで紛らわしい言い方をしたのだ、私だって馬鹿じゃない。ホークスも私と同じ気持ちだったらいいのに、そう願う心に気づかれないよう深く深くしまっておかなければ。

「とんぼ返りっていうかこの後東京行かなきゃいけなくてさ」
「東京に?」
「せっかく東に行くならってサイドキックがメディアの仕事を明日に詰め込んでくれたんだ」
「わあ……大変そう」
「あ、インタビュー記事もまた出ると思うよ。特集がどうとか言ってたし」
「だから、別にわざわざホークスのために買ってるわけじゃないってば」

事実、ホークスの名前が表紙にあるからと買ったことは一度もない。彼の考えや発言は知りたいと思うが、あまりにも遠い人だと自覚するのが嫌で。仕事仲間として年に数回会える、それだけで満足すべきなのに。
どうしても彼を目の前にするともう少し話したいと欲が出てしまう。会話を長引かせても迷惑をかけるだろうと立ち上がった時、部屋に繋がっている窓が開いた。

「まどかちゃん、ホークス」
「どうしたの沙耶」
「あのこれ……保健室でもらったクッキーなんだけど」

手のひらサイズにラッピングされたピンクと水色の袋をそれぞれ手渡された。

「これね、治癒効果があるお菓子なんだ。ある程度の怪我は治せるけどその代わり怪我がひどいと眠っちゃうみたいだから食べるタイミングは気をつけてって。二人ともプロだから怪我はしないかもしれないけど……何があるかわからないし。それに私達は保健室行けばまたもらえるから」

そういえばUSJ襲撃事件で生徒はほぼ無傷だった代わりに教師が三名怪我を負ったと報道されていた。沙耶の心にはそれが引っかかっていたのかもしれない。私達はその襲撃事件のせいで警備にあたっていたわけだし。
「警備もご飯もありがとうございました」沙耶はきちんと頭を下げて部屋に戻っていく。それでホークスが帰るのだと気づいた生徒達がそれぞれ彼に声をかけ始めていた。

「それじゃ、お邪魔しました」
「ご飯行こうって言ってたのになんかごめんね、落ち着かなかったでしょ」
「色々面白かったよ、いい体験だった」

色々には何が含まれているのか、聞きたいような聞きたくないような。「東京、気をつけてね」ホークスが去り際に告げた言葉に頷いた。




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