翌朝、ホークスを除いた三人で朝食をとりに入った店ではテレビがついていた。博多弁で喋っている人ばかりで地元のニュース番組なのだろうそれは昨日のホークスの活躍を取り上げている。店内の賑やかさで全ては聞き取れなかったけれど、『速すぎる男、管轄区域外でも大活躍』とテロップがついているから大体の内容は予想がつく。
味噌汁を飲みながらテレビを見続けていると他のヒーローの活躍もほんの少しは見せてくれるようで、消火活動に勤しむ従姉妹の背中も映っている。私服であり空気操作というわかりづらい個性であるが故にヒーローとは思われていないらしく、特に言及されることはないのが残念だった。

「昨日のか」
「うん、私達が公園で待ってる時の」
「あの距離移動して火消して救助して……これで六歳しか変わんねえんだよな」
「うん……」

彼はホークスの動きを考えていたようだったけれど、私は違う。私と同じ目に見えずサポート向きの個性でありながらホークスと対等に意見を交わし、突然の火災現場であっても誰に命じられるまでもなく消火活動や救助された人への応急処置など、すべき役割を迅速にこなしていた従姉妹に衝撃を受けていた。ホークスや他のヒーローが仕事に専念できるようバックアップに徹していることも、それを誰かに指示されている様子がないことも。
勿論、ホークスはすごい。十代から常にチャート上位にランクインしているのは伊達ではない。しかし私が目指すヒーローは──少なくとも目指そうとしていたのは──轟焦凍という私の憧れでもあるヒーローを支えられる存在だった。そう、ちょうどテレビの中でホークスをサポートしている従姉妹のような。

「二人とも、ちょっと用事あるから私先に事務所行ってていい?」
「あ、うん。わかった」
「テレビは程々にね。ホークスの特集全部見ようと思ったらいつまでたっても終わらないから気をつけて」

従姉妹はカウンターに置かれたテレビを一瞥してから支払い用の紙を手に取って店から出て行った。「それもそうだな」隣で彼が呟いた頃にはまた違うホークスの活躍映像がテレビに映し出されている。博多という土地柄もあるのだろうが、ここまで逐一ニュースで報道されるヒーローも珍しい。少なくともホークスよりもチャート上位にいるエンデヴァーがこんな風に扱われているのは見たことがなかった。

「おはよう。今日何時の新幹線乗るんだっけ?」

事務所に戻るとホークスやサイドキック達は既に仕事の準備を始めていた。私達より一足先に店を出ていた従姉妹もソファーに座って書類を片手にサイドキックと話し合っている。

「明日朝一で林間合宿なのでお昼過ぎくらいを考えてます……あ、でもまどかちゃんはどうする?もう少し遅い方がいい?」
「ごめん私、もう暫くこっちに残ることになって。言ってなかったね」
「あれ?そうなの?」

書類から顔を上げた従姉妹がもう一度「ごめんね、急に決まって」と眉を下げながら謝ったが別に謝罪されるような事でもない。元々私達の都合で弾丸スケジュールになっていただけで、従姉妹の身体を考えればもう少し余裕を持った方がよかったとも思う。

「じゃあ今書類仕事してたし、少しこれ見たら外行こうか」

ホークスに促され私達もソファーの空いている席へ腰掛けた。テーブルに広げられているのは昨日の事件における報告書とそうでないものがあったけれど、ホークスが説明してくれたのは報告書の方だけだった。職場体験でも見たことがあるヒーローの活動報告書。これを提出し専門機関が調査することでヒーローの給料が振り込まれる仕組みだとガンヘッドに習ったのはもう二ヶ月以上も前のことだ。

「単純な作成ミスはおいといて、新人によくありがちなのは自分の貢献を過小評価した報告書。何がダメなのかわかる?」

ホークスの試すような目が私と彼とに向けられる。報告書を書く理由やどう書くのかは職場体験で習ったけれど、それ以外は聞いたことがない。隣に座る彼と一度目を合わせてから考え、口を開いた。

「えっと、事実と違うから?」
「事務所の評判……ですか?」
「両方正解。過小評価じゃ事実と異なるから警察や他の事務所と齟齬が出るし、そのまま出してろくな調査がされなければ大して活動実績がないと判断される。見た感じ二人とも自己主張強いタイプじゃなさそうだから書く時は気をつけた方がいい」

ホークスはこの二日間で様々なことを教えてくれた。パトロールで見るべき場所、ヒーローとして普段からすべきこと、マスコミのうまい使い方など教科書では学べないことばかりを。
歳が近くテレビや雑誌でもよく見かけることから身近なヒーローのように感じていたけれど、高校卒業と同時に事務所を立ち上げているだけあってその知識の膨大さは生半可なものではなかった。従姉妹が『ヒーロー志望にとって博多はいい勉強になる街』と評したのもわかる。たとえ私の目指すヒーロー像とホークスがかけ離れているとしても、ここで得た知識は間違いなく今後の糧となることだろうと感じた。

「沙耶?どうしたの?」

パトロールも終えて静岡へ帰るため博多駅までやってきたが通りがかったアクセサリーショップに気を取られて足を止めてしまい、五、六歩ほど前にいた従姉妹がそれに気づいて近づいてくる。

「あ、ごめんね。ここ……ちょっと気になって」
「まだもう少し時間あるし、寄っていく?家の近くにはこんなお店ないもんね」

従姉妹の苦笑いには似たような表情で返すしかなかった。静岡は決して悪い地域ではないと思うのだが、東京と愛知とに挟まれているのがいけないのか、はたまたそういう県民性なのか、時代の流れに沿った洋服や小物を売っている店はかなり少ない。ほとんどの時間を雄英高校で過ごしているし、今後もさほど変わらないのだろうが、たまの休みにでもつけられたら。

「じゃあちょっと見てくるね、すぐ戻るから」
「沙耶、荷物は俺が」
「いいの?焦凍くんありがとう」

小さなキャリーケースとそれに乗せたお土産を彼に渡し、アクセサリーショップに足を踏み入れた。
気になったデザインのイヤリングを耳に当てながら欲しいものと似合うものをすり合わせ、裏面に書かれている値札を確認する。宝石を使っているわけでもなく高級店という感じはないのだが、高校生のお小遣いでは少しばかり予算を超えてしまう価格帯。でもせっかくだから博多に来た自分へのお土産もかねて一つくらい買いたいという気持ちの方が強い。歩く度に揺れそうな小さなパールがついたものと、ドライフラワーの存在感が強いもの、この二つが気になるけれど流石に両方は買えないからせめて一つに絞らなければ。

「イヤリングが欲しいの?」

いつからいたのか従姉妹がパールのついたイヤリングを手に取った。仕事柄なのか従姉妹がアクセサリーをつけているところは見たことなかったし、今だってヒーローは休業中だというのに指輪もネックレスもしていない。やはり昨日のような事態に備えて常に外しているのだろうか。そう考えるとアクセサリーを買おうとしている自分がひどく子供じみているように感じた。

「うん。どっちか買おうかなって。でもヒーローってアクセサリーしないものなの?」
「えっなんで?」
「まどかちゃんがつけてるところほとんど見たことないし……いつ仕事になってもいいようにしてるのかなって」
「ああ、私は面倒だからしてないだけ。ホークスはピアスしてたでしょ?」

そういえば確かに昨日夕食で見たホークスは赤いピアスをしていた。普段のコスチューム姿ではヘッドフォンで耳を覆っているけれど、恐らく常にあれをつけているのだろう。

「まだ学生なんだから、ヒーローがどうとかそこまで気にし過ぎなくていいんだよ」
「うん……そうだよね」

従姉妹の言うことが胸に刺さる。まだ職場体験しかしたことのない高校一年生が背伸びし過ぎだと思われそうではあるが、私は同じ高校一年生と比べても自主性を含め様々な点で遅れを取っているからせめて意識くらいはと思って。一人でアクセサリーショップに入っておきながら言い訳がましいけれど。

「ね、沙耶。好きなの買ってあげる」

「これがいいの?」と従姉妹が私の手からイヤリングを取り上げ、従姉妹の手の中でドライフラワーが揺れる。

「えっ、そんないいよ!」
「ちょっと早いけど誕生日プレゼント。学校始まったら忙しくなるでしょ?私も仕事復帰したら中々会いに行けなくなるだろうし。あと十分くらいなら時間大丈夫だから欲しいの決めててね、私お財布とってくる」

従姉妹は手に持っていた二つのイヤリングをトレーに置いて私に手渡すやいなや店を出て行った。口を挟む隙すらない。強請るつもりなんてなかったのに申し訳ないことをしてしまったな。お小遣いの範囲でどれか一つを買おうとしただけだったのに。
とはいえ、誕生日プレゼントをいらないと突っぱねるのは失礼な気もするしどちらか一つを買ってもらおうか。もう一つを自分で買おうとしたら従姉妹が払ってしまうような気がするし、やはり一つに絞るべきだろう。パールにするか、ドライフラワーにするか。

「うーん……」

イヤリングを片方ずつ耳に当て、鏡で見てみる。パールの方は高校を卒業してからも使えそうなデザインではあるが、完全な好みでいうとドライフラワーの方が可愛らしく捨てがたい。従姉妹が戻ってくる前には決めておこうと思ったのに、これではただ鏡の中の自分と睨み合いをしているだけだ。
コツンと後ろで足音が聞こえる。従姉妹が戻ってきてしまったのだ。ここでもまた決断の遅さが露呈してしまうとは。しかし新幹線の時間は迫っている、自分で決められないのなら人に決めてもらおう。

「これとこれどっちが可愛いと思う?」

耳にイヤリングを片方ずつ当てたまま振り返った。財布を取りに行った従姉妹がいると思い、客観的に選んでくれると踏んだのだ。しかし、そこにいたのは従姉妹とは程遠い人物だった。

「そうだな、俺は……」

轟焦凍──私の憧れたヒーローであり、私が何年も片想いし続けている相手である彼が立っている。荷物を見てくれているはずの彼が何故店にいるのか。幼馴染とはいえ彼にこんなことを聞いたことはなく、耳にイヤリングを当てたまま意見を聞いている自分の姿が急に気恥ずかしく思えてくる。

「こっちの方が沙耶に似合ってると思う」

自分に聞かれたのだと疑っていないだろう彼は左右それぞれのイヤリングを数回見比べてドライフラワーの方を指さした。彼は至極真面目に考えてくれているのに、私は何を照れているのか。別にどちらが似合うかくらい聞くのは何もおかしくはないだろう。

「じゃ、じゃあこっちにしようかな!」
「ああ。可愛いくていいな」

彼が真顔で頷くと同時にイヤリングを当てている耳が熱を持ち始める。可愛いだなんて彼に言われたことは、悲しいかな、今までに一度だってなかった。嘘をついたりお世辞を言えるような人ではないからきっとこれは彼の本心なのだ。
耳の奥から聞こえる血液の流れる音がうるさい。まるで私が自分の個性で血流を増やしている時のように活発に動いている。彼が私のことをただの幼馴染としか思ってないことくらいわかっているのに、可愛いというただその一言でこんなにも舞い上がってしまう。可愛いと言われようがどんな言葉をもらおうが、彼と幼馴染以上の関係にはなれないとわかっているのに。

「……か……?」

何と返したらいいのかがわからなくて夏祭りの屋台で見かける金魚のように小さく口を開けて息を吸うのがやっとのことだった。彼はそんな私を不思議そうに見ている。

「可愛い方がいいんだろ?俺はアクセサリーとかつけねえからよくわかんねえけど……それは可愛いと思うぞ」
「あっ、うん……ありがとう焦凍くん」

そうだ、可愛いのはどちらかと聞いたのは私ではないか。だから彼はそれに沿って可愛いと感じた方を選び、そう言っただけのこと。あくまでも彼の言う『可愛い』の対象は、イヤリングだ。勘違いしていい気になるなんて。
急に身体から熱が引いていく。彼の目から逃げるようにイヤリングを元の場所に戻すふりをして背を向けた。

「じゃあまどかさん呼んでくるな」
「う、うん」

だけどその『可愛いイヤリング』を似合うと言ってくれたこともまた、事実だ。だからといって何があるわけでもないのに『こっちの方が沙耶に似合ってると思う』彼の言葉が耳から離れない。彼への恋心が成就する未来なんてどこにもないのに、そんな希望などないのに、それでも緩む口元を抑えられない。

「よかったね」

レジでプレゼント包装をしてもらう間店内を見ているようにと案内されたから従姉妹と二人でアクセサリーを手に取っていると従姉妹が悪戯っぽく笑って私を見た。

「……うん。ありがとう、まどかちゃん」

彼と一緒に博多に連れてきてくれたことも、誕生日プレゼントを買ってくれたことも、恐らく彼に店へ入るよう言ってくれたことも。彼が似合うと言ってくれたこのイヤリングは博多に来たお土産どころではない、宝物だ。




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