人生で初めてした花火はとても綺麗で、夏休みを友人と過ごすことなど今までの生活からでは考えもできなかったくらいの幸せな時間だった。
それなのに今も俺の頭の中にあるのは迸る花火でもなく、花火を持ったまま宙返りをしていた芦戸や誕生日だからと十本近くの花火を持たされて慌てていた飯田でもない。目を閉じればそれら全てを押しのけて最後に沙耶とした線香花火が脳裏に蘇る。線香花火と、沙耶の耳で揺れていた花と、暗闇で目が離せなかったあの数秒が。

「……誕生日プレゼントか」

あのイヤリングは俺が選んだものではあるが、そもそもは従姉妹からの誕生日プレゼントだ。横に置いていた携帯を手に取りカレンダーを開くと沙耶の誕生日まで残り一週間を切っている。
九月一日という日付を眺めて今まで過ごしてきた月日を思い返してみる。五歳で出会ってから家のことで迷惑をかけてしまっているものの、沙耶は相変わらず隣にいてくれるし、近くにいることを許してくれた。プレゼント一つで今までの詫びにはならないかもしれないが俺も何か渡したい。誕生日を祝いたい。

「誕生日なんだ、秦野さん。知らなかったよ」
「もうあと一週間もないじゃないか。轟くんは何をあげるのかもう決めているのか?」

寮の共用スペースでソファーに座りながら緑谷と飯田が麦茶のグラスを片手に話を聞いてくれたおかげで多少なりとも自分の頭は整理できた。沙耶の欲しそうな物は思いつかなかったけれど何を好きそうだとか、その程度なら。

「……花を」
「花を?」
「あげようと思ってる」
「花を?!」

緑谷は身を乗り出してただでさえ大きい目をこれでもかと広げ、飯田は麦茶に咽せたらしく自分の胸を数回叩きながら咳き込んでいる。「水いるか?」と聞いてみたが首が横に動いたので立ち上がろうとした身体をソファーに戻した。

「は、秦野さんにあげるんだよね?」
「他にいねえだろ、来週誕生日の奴」
「そうだね……いや、うん。いいと思うよ。どういうのあげる予定なのか聞いてもいいかな?」

相変わらず咳き込んでいる飯田をよそに携帯の検索結果で出てきた画面を緑谷に見せるとその表情が何とも形容しがたいものへと変わっていく。クーラーも効いている室内だというのに冷や汗をかいているようにすら見える。
変なものでも見せたかと再度携帯を確認するが、そこに映し出されているのは何の変哲もない花束だった。『赤バラとピンクバラの花束』『バラの形のバラの花束』どれも色鮮やかで誕生日を祝うには最適なものだと思うし、雄英の近くにだって花屋くらいはある。次の母の見舞い帰りにでも買ってこようと決めていたのだが。

「えっと……これは聞かない方がいいのかなって思うんだけど……」

緑谷が言い淀みながら隣に座る飯田に視線を送った。

「?」
「秦野くんと轟くんはつ……付き合っているのか?」
「沙耶と?付き合ってねえぞ」
「ならその花束はやめといた方が……」
「そうか、わかった」

人にプレゼントをあげること自体もう何年もしていない。俺の何倍も経験があるはずの緑谷がそう言うならばきっと間違いではないだろう。花のイヤリングをつけているところを何回か見ていたから恐らく沙耶は花が好きなのだろうと思ったが、とりあえずこれはやめた方がいいらしい。
次の見舞いの日までに何を買うか決め直さなくてはいけないのだと思うと自然に目線が下にいってしまう。花束がダメなら何をあげるべきなのだろう。沙耶とは十年来の幼馴染だというのに何なら喜んでもらえるのか、そんな事もわからない。

「僕らでよかったら一緒に考えるよ!ね、飯田くん」
「勿論だとも!委員長として、いや、友人として相談に乗るのは当然だ!」
「……助かる」

沈みかけていた気分がゆっくりと上昇していく。緑谷も飯田もいつだって人のためにと行動していてヒーローらしいと感じることは多かったけれど、こんなところでも感じるとは。

「まず秦野さんが好きな物から考えていこっか。僕らはまだ付き合い浅いし……轟くん何か思いつく?」
「そうだな……肉が好きだな」
「……肉?」
「いや、魚も好きだし米も好きだな。野菜もか。多分好き嫌いはねえ」

雄英に入ってからは何度も食事を共にした。昼食は何にしようと楽しそうに話しているところを見たのは一度や二度ではないし、他の女子が満腹だと片付けをし始めても俺の隣で肉じゃがと白米を美味しそうに食べていたのはまだ一月も経っていない合宿中でのことだ。
花がダメなら食べ物でもいいかもしれない。きっと喜んでくれると思う。食べたらなくなってしまうというのはプレゼントとして良い選択かと言われると肯定し難いが、花であってもいつかは枯れてしまうのだから然程大差はないだろう。携帯の検索画面に『肉 プレゼント』と打ち込んだところで緑谷が大きな声を出した。

「いや、それはちょっとないんじゃないかな?!」
「沙耶は多分肉が一番好きだと思うぞ?学食でもハンバーグばっか食ってる」
「そ、そうなんだ……うん、そうかもしれないけど……飯田くんはどう思う?!」
「……クラスで共同生活をしている以上、秦野くんだけがその肉を食べるのも気まずいんじゃないか?」
「確かに、そうだな……」

飯田の言葉に納得して検索結果を消した。夏休み前までならこの案は少なからず沙耶の両親にも迷惑をかけているという意味でもいい線だったかもしれないけれど、今は一年A組全員で常に生活を共にしている。そんな中、肉だ魚だと渡したところで沙耶の性格からして一人で食べるわけもなく。クラス全員で分け隔てなく食べられるほどに買うわけにもいかない。

「他に沙耶の好きな物……」

花と食べ物以外で何が好きなのだろう。沙耶と過ごした時間を思い出し、数日前の花火をした日の沙耶がまた頭の中に浮かぶ。最後の線香花火がどちらも地面に落ち、クラスメイトが寮の中で騒ぐ声が微かに聞こえた以外は静寂しかなかったあの時間が。
辺りは暗くて沙耶の顔なんてろくに見えるはずがなかったのに、暗さに目が慣れていたのか沙耶がゆっくりと瞬きをしていたことまで覚えている。そしてその時間をもう少し共にできたらと思ったことも。『花火が終わったらすぐ寮に戻ること』それが担任から課された条件だったのに。規則を無視して担任からの信頼をも裏切った俺は率先して条件を守らなければならなかったのに。

「……」
「ごめんね、僕らも何か提案できればいいんだけど……」
「あ、いや、そうじゃねえ」

考え事をしていた俺を気遣ったのだろう、緑谷の申し訳なさそうな声に顔を上げた。今はあの日のことを考える時間じゃない。まもなくやってくる沙耶の誕生日に渡すプレゼントを決めなくては。

「難しいよね、女の子にプレゼントって」
「緑谷は渡したことあんのか?」
「いや、それがないんだよね……」
「そうか」

麦茶のお代わりを入れに行った飯田の背中を追っていると階段から降りてきた爆豪が見えた。そういえば切島達が爆豪のセンスはいいだとか侮れないだとか言っているのを聞いたことがある。何か参考になるかもしれない。

「なあ爆豪」
「……」
「爆豪は女子にプレゼント渡したことあるか?」
「……」
「そうか、ねえのか」
「勝手に決めつけんな!そんくらいあるわ!」
「そうか、あるのか」

クラスの女子からそういう話を聞いたことはないが、そもそも女子と俺がよく会話をしているかというとそういうわけでもない。誰かに渡している可能性は勿論ある。渡すとすればクラスの中心によくいる芦戸とか、成績優秀で授業での存在感が濃い八百万とか、サポート役として演習で関わることの多い蛙吹とか──いや、その枠ならば沙耶も候補に含まれるのか。

「……」
「んだよ」

爆豪の顔を見ながら沙耶のことを考えると心に翳りが落ちていく。今まさに爆豪へアドバイスを求めようとしているのに何故こんなことを考えてしまうのか。喉だけでなく気持ちが潤えばいいのにと思いながら麦茶を飲んだ。

「来週の沙耶の誕生日に何を渡せばいいと思う?」
「何で俺がてめえの相談を聞くと思っとんだ」
「飯田が友達の相談に乗るのは当然だって言ってた」
「前提から間違ってんのわかってて言ってんのか?」
「前提?」
「と、轟くん、かっちゃんに聞くのはやめた方が……」

緑谷が尋常ではない程に青ざめた顔で首を横に振っている。切島や瀬呂の会話から爆豪はこういう事に的確な回答をしてくれそうだと思っていたが、幼馴染だという緑谷が制止するならば良いアドバイスは貰えそうにないのかもしれない。思えばヒーロー名を考える時も唯一ミッドナイトから許可が出なかったのだ、人とは変わったセンスがあるのかも。

「……悪い、変なこと聞いたな」
「てめえ今絶対失礼なこと考えたよな」
「爆豪は爆豪のセンスでいいと思うぞ」
「見下してんじゃねえ!半端野郎より俺のがセンスあるに決まってんだろが!」

バン!と大きな音を立てて冷蔵庫が閉まった。「爆豪くん、共有物は優しく扱いたまえ!」飯田の指摘を背中で受けながら荒々しい足取りで爆豪がソファーまでやってくる。流石にソファーへ座る時は静かで、手に持ったコップから麦茶が溢れることはなかった。

「俺は忙しいんだよ。さっさと話せ」
「沙耶の誕生日が来週にある」
「それはもう聞いただろうが」
「プレゼントがまだ決まらない。何をあげたらいいと思う」
「知るか。好きなもんやれよ」
「……」

好きな物。やはりここに戻ってくる。沙耶へのプレゼントなのだから当然ではあるのだが。しかしながらやはり花か食べ物くらいしか思いつかない。沙耶のことだ、何を渡そうが嫌な顔を見せることはないのだろう。でもどうせ渡すなら目一杯喜んでほしい。博多で従姉妹にアクセサリーを買ってもらって店から出てきた時のような、ああいう顔にさせたい。沙耶の幸せそうな表情を見たい。

「ノロマは花とか好きなんじゃねえのか」
「えっかっちゃんよく知ってるね?!」
「耳にあんなんつけてたらわかるに決まっとるわ」
「かしこいな」
「一々上から目線うぜえんだよ!」

一体どこまで吊り上がるのかと思うくらいに爆豪の眉も目も上向いている。怒らせたいわけではないのだが中々どうして褒め言葉すらうまく言えない。「悪い」一言謝ると緑谷が仲裁に入ろうとして更に怒鳴られていた。

「俺も花束がいいんじゃねえかとは思ったんだが」

参考までに爆豪にも見てもらおうかと先程保存しておいた検索結果を再び開く。赤や桃色の薔薇が何十本も紙でまとめられ、プレゼント用にとリボンまで巻かれている。しかしその携帯の画面を見せる前に舌打ちが聞こえてそちらを見た。

「んならそれでいいだろ」
「いや、かっちゃん、轟くんと秦野さんは別に付き合ってるわけじゃ……」
「あ?付き合ってなかったら花渡しちゃいけねえなんて法律あんのかよ」

爆豪が麦茶を飲み干してコップを机に置いた。その軽い音とは裏腹に、爆豪の言葉は胸の奥にまで響いてくる。

「……ないです……」
「決まりだな。花屋にでも行って相談して来い」
「わかった。爆豪、ありがとうな」
「コップはてめえが洗っとけ」
「わかった」

テーブルにコップを置いたまま爆豪は立ち上がり、階段へ向かおうとした足をぴたりと止めた。

「……花束?」
「ああ」
「念のために聞くがどんなのかは決めてんのか」

背中を向けたままの爆豪に見えるわけはないだろうが携帯を差し出しながら「これだ」と投げかけると僅かに振り向いて画面を一瞥し、眉根を寄せていた。

「お前、これは……花屋に相談しろ」
「わかった」




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