「雄英の生徒じゃなくなってもまだ私に話があるなら、その時は会いに来て」

その言葉を胸に日々を過ごしていればクリスマスの飾り付けが卒業を祝うものへと変わっていくまでは随分とあっという間に感じられた。
壊理のおかげで個性も取り戻し、学内外でも様々な事が起きたけれど幸いにも例年よりは簡素化されたとはいえ卒業式も決行された。
三年間の思い出は胸の中にたくさん残っているし、級友達とは涙の跡も隠さずに数え切れないほどの写真を撮り、退寮の準備も終わらせている。雄英高校でしなければならない事は、あと一つだけとなった。

「……ふー……」

教師寮の近くにあるベンチに腰掛けてもう何分が経っただろう。『卒業したら話そう』彼女の言葉通り、卒業証書を受け取り、学生証を返還し、制服から私服へと着替え、準備は整えた。あとは彼女が寮に戻ってくるのを見計らって話をさせてもらうだけ。
いくらなんでも卒業当日にだなんて性急すぎないか。なんて脳内で呆れた声も聞こえるが、彼女の個人的な連絡先も知らないのだから今日この時間に勝負をかけるしかないのだと自分に言い聞かせ続ける。

「夏海先生……」

遠くからでもわかる、彼女の姿。春先とはいえまだまだ日の長い季節ではなく、薄暗い夕焼けの中を彼女は一人で歩いていた。
今だ。今しかない。でも何を話せばいいんだ。どんな切り出し方をするのが正しいのか。寮の目の前で生徒じゃなくなったから付き合ってほしいなんて、必死すぎるというか、身も蓋もないというか。

「通形くん?」
「……夏海先生が──来た!」
「ちょっと、オールマイトさんみたいに言わないでよ」

言うに困った俺は咄嗟にいつも通りの接し方をしてしまった。今のは子供っぽいと思われてしまっただろうか。どうするのが正解だったのかもわからず焦りが生まれはしたが、彼女の笑顔でそんな感情は霧散していく。

「今時間大丈夫ですか?」
「うん」

どちらともなく歩き出し、教師寮からは離れていく。校門に向かうわけでもなく、校舎に戻るわけでもない。お互い口には出さなかったけれど、何となく人のいない方へと向かっているように感じる。

「いやー、俺、ずっと待ってたから先生見えた瞬間テンション上がっちゃって」
「え、ずっと?いつから?」
「んーっと卒業式が終わって皆と写真撮って……から?」
「そうだったんだ……せっかくの卒業式の日だったのに。ごめんね」

確かに人生で一度しかない高校の卒業式ではあるけれど皆とは思い出も写真もたくさん残せたし、制服を着て会うのは最後というだけでこれからはプロヒーロー同士、何度となく顔を合わせることになる。だから自分を含め大体の級友達はあっさりと別れの言葉を告げ、各々の道に進んでいった。自分の場合はその先が彼女の帰りを待つというだけのこと。
彼女に詫びてもらう必要などない、と思いつつも頭に浮かんだ閃きを口にせずにはいられなかった。

「いいよ!お詫びに俺と付き合ってください!」
「うん、もち……え?」
「え!ダメなの?!」

浅はか過ぎただろうか。それとも、卒業後なら話をするという言葉の意味は生徒でなくなったなら付き合えるというものではなかったのか。
こちらを見る彼女の表情からは驚き以外のものを感じ取れず、てっきり頷いてくれるものだと思っていた俺は焦りを隠すことなどできるわけもなかった。

「いやだって、そんな、罰ゲームみたいなノリで言われても」
「あちゃー、これはダメか!俺誰かに告白とかしたことなくて……どんなノリで言えばいいのかわからないんですよね」

あまりにも幼い言い訳だ。自分でもそう感じているし、忙しなくジェスチャーを交える落ち着かない俺を見て微笑む彼女もきっと同じように感じているだろう。
せっかく教師と生徒という間柄は終わったといえども歳の差は埋まらない。これまでの人生経験の差をなくすことなどできないのだ。

「うーん、でも先生、俺がずっと先生のこと好きだってもうわかってるでしょ?」
「そりゃあ……まあ。なんとなくは……」

彼女は目線を逸らしてはぐらかしてくれたけれど、俺の気持ちは間違いなく全て伝わっていたはずだ。今どころかもっと前、寮で告白しようとする前から。改めて振り返るといつも子供っぽいところばかりを見せてしまっていたなと少し反省した。

「で、ぶっちゃけ、先生も俺のことちょっと好きだったでしょ?いつからかはわかんないけど」
「そういう風に見えてたの?」

見えていた、というよりもそうであってほしいという願望による幻覚だったのかもしれない。
彼女は常に一人の教師であったし、俺を生徒としか扱ってはいなかった。そんな中俺が彼女に恋をして、授業外でのコミュニケーションを『もしかしたら先生も同じ気持ちかも』なんて期待を抱いたから、何の事はない彼女の言動一つ一つを自分にとって都合よく解釈しただけなのかも。それがたまたま、現実になっただけで。

「……ていうか、通形くんなんだか嬉しそうだね?」
「バレちゃうかあ」

夢が現実になったのだから嬉しくないわけがない。緩む口元や下がる目尻を抑える筋肉は全て消えて無くなってしまっているかのようだ。
まだちゃんと伝えてもいないし何の返事ももらえていないというのに、飛び上がってしまいたいくらいには気持ちが浮き立っている。

「へへ……いや、ごめん先生、もう一回いい?」
「何が?」
「俺は、通形ミリオは夏海先生のことが好きです」

告白はしたことがなかった。されたことだってそんなにない。だけど何をどのように伝えたらいいかくらいは勿論知っていた。知っていた上で、一度目は会話の流れに乗せて伝えてしまった。

「夏海先生、俺と付き合ってください」

足を止めてこちらに振り向いた半歩先にいる彼女を見据えた。春の風に揺れる軽やかで柔らかそうな髪、教職の資料を持つ一般市民らしい華奢な身体、そして俺に向ける明るい笑顔。彼女を構成する全てが好きだ。これからは教師と教え子という距離を置いた関係ではなく一緒に歩んでいきたい。
そんな俺の想いを何と伝えたら届くのかがわからなくて、一番オーソドックスな、しかし何もかもを込めた言葉を受けて彼女は──渡瀬夏海は微笑みを見せて口を開いた。

「これからはもう先生って呼ばないでね、ミリオ」




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