「合格点の方は五十音順で名前が載っています」

アナウンスと同時に表示された掲示には多数の名前があった。私も、私以外のクラスメイトも。
しかし、戦闘能力だけで言えば間違いなくクラス内最上位の爆豪に加えて焦凍の名前は存在しなかった。決して能力が高いとは言えない私や定期試験で補習対象となった他の面々も合格しているのに。
秦野沙耶、掲示に自身の名があることに喜んですぐ焦凍の名前がないことに気づいてしまいこの感情をどう表現したらいいのかわからない。

「沙耶は合格してるぞ」
「えっ、う、うん」
「見えてたのか?」
「うん、一応」

彼に誤解させてしまったのか。合格した人は皆喜んでいるのに私はそうでもないから。落ちた人に他人の合格を確認させるなんて傷口に塩を塗り込むようなものだ。

「……悪い、気使わせたな」
「……焦凍くん……ギャングオルカが相手だったんだもん、大変だったよね。そこも考慮してくれたら……」
「いや。……敵どうこうじゃねえ。俺の行動がよくなかった。今も昔も」

プロヒーローを目指す強い気持ちで臨んでいた彼になんと言葉をかけたらいいかわからない。実力だけを見れば彼の方が圧倒的に上で、けれど今回の仮免試験で合格したのは私で。彼を励ます言葉の一つも出てこない自分が情けない。

「三ヶ月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば君たちにも仮免許を発行するつもりです」

盗み見た彼の目には生気が戻っている。慣れない寮生活、後期の授業、そして仮免の講習やテストなんて大変にも程があるけれど彼にはやらないなんて選択肢はないようだった。
よかった、本当によかった。今度こそ心の底から喜ぶことができた。

「焦凍くん、頑張ってね」
「やったね轟くん!」
「ああ。すぐ……追いつく」

一体焦凍のどのような行動が五十点以上も減点対象となったのかはわからないが、きっと焦凍の事だから今回の反省を活かして次こそは必ず合格するのだろう。前を向く力強い表情になった焦凍を見て口元が綻んだ。

「おーい!」

仮免許も配布され、各自学校へ戻るバスに乗り込むところだった。雄英の推薦を一位で通過しながら辞退して士傑へ進んだ実力者──試験中に焦凍とやり合った問題児でもある──夜嵐が駆け寄ってきたのは。

「轟!また講習で会うな!けどな!正直まだ好かん!」
「そうか」
「先に謝っとく!ごめん!」
「こっちも善処する」

焦凍が推薦試験中に夜嵐へ酷い態度を取っていたと先程焦凍本人から聞いたところではあるのだが、この会話は一体なんなのだ。
「ええ……?」しっかりと夜嵐の言葉を受け止めた焦凍とは裏腹に私は引き攣った表情から困惑の声を出すしかできなかったが、夜嵐はその一言で私の存在を認知したかのようで焦凍から私へと視線を移した。

「そこのアンタ!」
「はい、え?私?」
「そうだ、休憩中は失礼なところを見せてすまなかった!」

いえ別に、と答えつつ手を横に振った。焦凍にひどいことを言う人は好きではないし、そんな所は見たくないけれど訳を聞くと焦凍自身にも問題があったのだから仕方ない。仮免合格できなかったことも本人は受け入れているのだし、私がとやかく言う立場にもないのだ。

「それと聞きたいことがあるんだが」
「なんですか?」
「何の個性なんだ?さっきギャングオルカにやられてた時俺のことをサポートしてくれてたよな?力がうまく出せなかったから助かったんだ!礼を言わねばと思っていた、ありがとう!」

オタクモードに入った緑谷に声量をつけたような人だな。次々と飛んでくる言葉に「えっ」「いえ」と返すのが精一杯。やはり関西圏の人達は皆こんな感じなのだろうか。同じ日本人なのに会話のテンポが早すぎる。

「増幅?!すごい個性だ!そのおかげで俺も普段のように使うことができたのか、初対面の個性でも対応できるんだから誰とでもパートナーになれるな!よければもっと話を──」
「沙耶、バス乗り遅れるぞ」

永遠に続くのではないかと思われた夜嵐の一方的な会話のターンは焦凍の一言で強制終了となった。

「えっ!」

慌てて焦凍を見て、バスを見るとドアの所で立っている飯田と目が合った。「そこの二人、用が済んだなら早く来たまえ!」あんな過酷な試験を終えても委員長として行動する彼には心の中で賛辞を送り、同時に団体行動を乱していることに謝罪した。

「あの、じゃあまた」
「あ!」

会釈して夜嵐に背を向けると大きな声が聞こえ、腕を取られた。

「合格したんだよな?だったら講習じゃ会えないんで、よかったらこれ俺の連絡先!渡すんで!じゃあ!」

風を切るほどに勢いよく一礼した夜嵐は来た時と同じか、それよりも速度を上げて私達から離れていった。
文字通り嵐みたいな人だな、と思いながら渡されたメモ用紙に目を落とす。名前、電話番号、SNSのID。私に聞きたい話とはなんだろう。個性がどのように増幅されるかは身をもって体験したと思うのだけれども。

「二人で最後だ、乗りたまえ!しかしまた夜嵐くんと話していたな。何かあったのか?」
「試験の話してちょっと挨拶してたの。遅れてごめんね」

飯田による点呼も無事終わり、雄英に向けてバスは出発した。待たせたクラスメイトには悪いけれど最後に乗り込んだおかげで空席はほぼなくなり、自然と焦凍の隣に座ることができて大変にありがたい。
いや、もしかしたら三奈達が席を確保しておいてくれたのかもしれない。通路を挟んで隣にいる三奈がウインクしてるところを見るに、可能性は高そうだ。

「そういやあの時、沙耶は夜嵐の方行ってたな」
「?うん」
「……」

窓のサッシに肘をついて外を見る焦凍の顔は窓の反射でどんな表情をしているかくらいなら微かに見ることはできる。しかしどんな感情なのか読み取れはしなかった。
ギャングオルカに襲われた時、周囲の救助を済ませてから私も戦闘に加わった。焦凍も夜嵐も地面に伏せていたが火と風の竜巻でギャングオルカを閉じ込めているのがわかったから夜嵐のサポートをしたのだ。風があれば火は強くなる。夜嵐を力を増幅すれば、単に私が焦凍の火力を上げるよりも相乗効果は高いと思って。

「ああいう時って焦凍くんの方行くべきだった……かな?」
「いや……そんなんじゃねえ」
「そ、そう……」

ならばこの質問は何だというのだ。バスの中は試験の振り返りをするクラスメイトの声で溢れているというのに私達には沈黙が流れている。私から焦凍に試験の話を振るのはやはり気まずいし、焦凍は焦凍で何だか考え事をしているし。

「轟、燃えてんなあ」

どうしたものかとペットボトルのお茶に口をつけた時、前の座席から上鳴が顔を出した。

「個性使ってねえぞ、目大丈夫か?」
「いやいや、その燃えてるじゃねえって。なあ秦野、轟と夜嵐ってなんかあったん?」
「仲直りしてたからもう何もないと思うけど」

そう言いつつ焦凍に意見を求めると「何もねえ」とさながら爆豪のようにぶっきらぼうな返答がきた。仮免の合否で苛ついているというわけではないようなのだが。不思議そうに焦凍と私とを見る上鳴に苦笑いを返すと通路を挟んで隣の席から楽しそうな声が飛んできた。

「何かあったのは轟じゃなくて沙耶だよねえ?」
「え?」
「聞いたよー、夜嵐に連絡先渡されたって?」
「え?なんで──」

三奈の方を見るとその奥にいる耳郎と目が合い、気まずそうに視線を逸らす彼女のおかげで全てがつながった。

「──……もう!違うよ、そういうんじゃないから!」
「試験中も夜嵐のサポートしたんだもんね?」
「状況的にそうした方が良かったからしただけだってば!連絡先だって、なんか、わかんないけど個性の話したかっただけみたいだし!」
「本当にそれだけえ?」
「それだけだって!」

かあっと熱くなっていく身体と顔。焦凍に誤解されたらどうしよう。いや別に誤解されたところでどうとなる関係ではないけれど、なんて考えが頭の中でぐるぐると渦巻いて口が勝手に動く。夜嵐みたいな喋り方になっている気さえする。
夜嵐とて私のことなんて珍しい個性の持ち主だから詳しく聞きたかっただけで他意はなかっただろうに。口元が弧を描いている三奈の言っていることはただのこじつけだ。

「ごめんごめん沙耶、わかってるって。轟も間に受けないでね」
「何をだ?」
「何をって……そりゃ」
「沙耶が夜嵐のサポートしたのも夜嵐に連絡先渡されたのも事実だろ」
「じゃなくてさ、その…‥理由?的な」
「別に、俺には──」

その後に続く言葉は何だったのだろう。興味ない、関係ない、どうでもいい。色んな言葉が当てはまるけれど、何であったとしても聞かずに済んでよかった。望みがなくたって現実を突きつけられたくはないのだから。

「おい、後期授業についてだ、全員よく聞け」

お世辞にもよく通るとは言えない担任のその一言で私達は全員を口を閉じた。だから焦凍が何を言おうとしたのかもう二度と知る術はない。よかった。トドメの一撃を喰らわずに済んだ。

「ねえごめん、沙耶。墓穴掘った」

ヒソヒソと三奈から謝罪が届いた。両手を顔の前で合わせている。どうか気に病まないでほしい、三奈は別に悪くないのだから。
気にすることはないという気持ちを伝えるべく、きちんと笑顔で首を横に振ったのだが三奈は何とも居た堪れない表情のままだった。




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