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私には、恋して、愛して、やまない人がいる。

『嫩、あんたいい加減恋人の1人や2人いないの?』

受話器向こうの母が、期待が2割呆れが8割ほどのそんな声で聞いてきた。そんな質問ももう何度目だろうか。ふふ、とわざとらしく鼻で笑って「2人もいたら大変でしょ」と答えると、「あのねえ」と少し苛立ちを含んだ声が返ってくる。

『揚げ足とるんじゃないの。別に結婚が全てなんて私達は思ってないから、お見合いしろとかまで言うつもりないけどね。いきなり就職先を見付けたからって実家出ていって上京しちゃって、ろくに帰ってきもしない』
「うん」
『うんじゃなくて。心配なのよ、お父さんも私も。1人で恋人もいなくて、こんな物騒な世の中で都会にいるなんて』
「……うん」
『帰ってきたら?』
「……それは、できない」

出来ない。
ぼんやりと目の前にテレビを見ながらそう言った。特別興味もないお笑い番組がもう1時間以上流れている、どうやらスペシャル番組らしい。

『できないってなんで?』
「あー、今の仕事ね、楽しいんだよ。大変だけど、認めてもらえてるし、やり甲斐あるし」
『……そう』
「うん、ごめんね」

いいのよ、元気でやってるなら。お母さんの寂しそうな、でも優しさを含んだ声が耳を柔らかく刺激する。ごめんね、と心の中でもう1度謝って、少し他愛ない話をしてから電話を切った。

「……こいびと」

恋人なんて、出来るわけがない。というのは嘘だけれど。今まで多少なりとも付き合ったことは実はある。ただ両親に報告する前に別れてしまうだけだ。交際はなかなか永くは続かない。原因は、全て私にあるのは分かっているんだけれども。

だめなんだ。どうしようもないんだ。他の誰かを好きになるなんて出来ない。
馬鹿みたいなのは分かっている。いや、みたいじゃない。馬鹿だ。馬鹿なのは百も承知だ。救いようがないのは千も承知だ。それでも、やめられない。
彼を好きな気持ちは止められない。
彼以上の好きが見つからない。
彼しか、好きになれない。

「……あいたい」

会って、みたい。
触れたいなんて思わない。話したいとも思わない。思えない。ただ私はモブでいい。顔なんてへのへのもへじで、名前なんてA子みたいなもので。ただ彼と同じ場所に立ってみたいだけ。彼と同じ空気を吸いたいだけ。彼の、彼の姿を、この目で見てみたいだけ。
どうしてこんなに好きなのかわからない。ただ好きで、好きで好きでたまらなくて、これはもう病気みたいなもので。彼に会えるなら死んでもいいとすら、思える。

私は、会うことが出来るはずも無い漫画の主人公ーー沢田綱吉に恋をしている。