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「あ、美少女組のおひとりさん」
「待って、なにそれ」

笹川京子ちゃんと友達になり、そこから黒川花ちゃんとも知り合い、ちょこちょこと一緒にいることが多くなってきたここ最近。京子ちゃん達と会うのは最低でも彼女達のクラスの廊下までと私の中のルールを作り、最愛のあの子や赤ん坊達からの興味を引かないよう私なりに注意を払っているつもりだった。のに。朝から登校してきた蓮巳くんが、先に席についている私を見て、開口一番そんな呼び方をしてきた。

「笹川恭子と黒川花と最近一緒にいるでしょ。一部からそう呼ばれてるらしいよ」
「えっなんで」
「なんでって、世の中では美少女の分類だからじゃない?」
「京子ちゃんと花ちゃんがでしょ?」
「あんたも入ってんだよ」
「わ、今あんたって言ったね」
「物分りが悪い蕪木さんに呆れてつい」
「ひどい」
「ちなみに俺は黒川はタイプではない」
「聞いてない。っていうか見る目がないよ蓮巳くん!失礼か!」

花ちゃんの大人っぽさが分からんのか!?いやまあ中身おばさんな私から見ればそれでも可愛さ有り余る女の子だけれど、背伸びしようとしてるのがまた可愛くて大人びた顔立ち。最高じゃないか。

「もしかして、私目立ってる……?」
「……すごく真面目に正しく答えると、編入してきた時から割りと目立ってたと思うけど」
「そんな……」
「え、そんなショック受けること?」
「だって」

だらりと抜けていた力を込め直して、蓮巳くんに向き直った瞬間、ピンポンパンポーンというチャイムの音。お、久々に聞いたな、なんて思ってると「2年4組、蕪木。応接室、今すぐ」とのお達し。

「まあ、この放送も編入後すぐにもあったし」
「そりゃ目立つよね……」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます……」

なんだろう、今日は朝から脱力するというか、疲れるというか、予想外というか。そもそも私はなんで呼び出されてるんだろう。なんにも悪いことしてないのに。泣きたい気持ちを堪えながら廊下に視線を落としたまま歩き進める。

「あれ、今の……」

だから、気付かなかった。愛しのあの子のすぐ横を通り過ぎて、その子の目にとまってしまったことを。

「雲雀さん、蕪木です。来ましたけど」
「入って」
「失礼します」

ガチャリと扉を開けてまず目に入った、入ってしまった大量の書類の山。え、なにこれ。いつもの綺麗な応接室はどうしたの。雲雀さんのデスクにも書類が置かれ、それにひたすら目を通している様子だった。

「何で呼ばれたんでしょうか」
「それ、やって」
「……はい?」
「いつも草壁がやるんだけど、風邪引いたんだって休みでね。数日でもどると思ってそのままにしとこうと思ったら、このザマだよ」

やっぱり草食動物は弱いからダメだね。そう言った雲雀さんに、あれ?と記憶を呼び起こす。そう言えば彼本人も風邪で入院していなかったか?草壁さんにそれがうつったんでは?なんて思ってみるものの、そんなこと言える訳もない。
というか、そんなことは正直どうでもいい。

「なんで私なんですか?」
「君パソコン得意なんだろう」
「得意というほどでは……」
「使えればいいんだよ。正直面倒くさいけどここがこんなに散らかったままなのも気に食わない。教師には伝えておくから君はここで書類整理して」
「嫌です」
「ワォ、断るの?」
「私、今から授業があるので」
「君が授業に出ると意地でもいうなら、その科目の教師を咬み殺すよ」

横暴か。
そもそもなんでいきなり先生を咬み殺すになるんだ。先に私じゃないのか。眼光は相変わらず鋭いけれど、そんな余裕がないのか、私なぞいつでも咬み殺せると思っているのか、今すぐにどうこうということでは無いらしい。私の方は今すぐここから出て行きたいけれど、人質をとられれば仕方がない。パソコン借りますね、と棚に置いてあったノートパソコンを手に取り、電源を入れる。

「こっちが集計、こっちが資料作り、あとこっちが、」
「(草壁さんいつもこんなに処理させられてんの……かわいそう……)」
「ちょっと聞いてる?」
「聞いてます。また分からないところがあれば都度聞きますね」

ソファーの前の大きなテーブルを占領してやろうとノートパソコンを置いて、大雑把に置かれた書類の束を持ってくる。「指サックありますか?」「その辺」という会話があり、若干イラついたけれど冷静を装って探し出し、指に嵌めて、いざ書類と向き合うことにした。







「疲れた……」

元々は毎日これに近い量の事務処理をしていたけれど、今では全くのその作業。目は疲れるし、肩は凝るし、座りっぱなしの腰も痛いし、とんでもなく疲労度は高いけれど、3時間少しで粗方の処理は終わった。あとは雲雀さんのデスクに残っているようだけれど、あっちまではするように言われていないし下手に首を突っ込むのもよくないだろう。ぐっと伸びをしてそのまま、背後にあるソファにもたれかかった。

「なに、終わったの」
「たぶん……」
「へえ、すごいね。あの量をもう終わらせたんだ」

あれ、褒められた。

「雲雀さん」
「なに」
「私頑張ったのでご褒美ください」
「は?」

あれ、まずかった?何かしら報酬が欲しい、とは思わないけど自分勝手にこき使われた仕返しに、とてもとても小さな抵抗として何かを求めてみたけれど、彼の顔は「何言ってんだこいつ」的なことを物語ってる。だめらしい。冗談ですよと言おうとしたところに「何がいいの」と一言投げられた。

「え、くれるんですか」
「早く」
「甘い物がいいです」
「アバウトだね。何でもいいのかい?」
「何でもいいです、貰えるものは貰っとく派です」
「……君、外見と中身にギャップがあるって言われない?」
「えっそうですか?」

まあお借りしているこの身体、かなりレベルが高い。顔も整っているし、幼い顔付きの中に少し綺麗めも入っていて、スタイルだってまだ胸はないものの、細くてすらっとしていて、正直羨ましい。といっても、今は私の身体なのだけれど。中身は20代半ばの女だから、確かに言動は年齢らしからぬかもしれない。気をつけよう。

「覚えてたら今度準備しておくよ」
「今度?」
「君、風紀委員に入って」
「!?」

唐突すぎるお誘いに今日何度目かの驚きに包まれる。正気なのかと思い彼を見つめると、何か問題でも?というような表情を浮かべている。問題だらけだよ。

「だっだめです」
「断る権利があると思ってるの?」
「だって私、そんな、風紀委員とか……」

これが夢小説だったなら、ベタだと思いながらも喜んで受けてたかもしれない。でもこれは、今の私にはとって現実だ。簡単に受けれる話ではない。風紀委員になれば、雲雀さんの傍にいることは多くなるだろう。つまりそれは、アルコバレーノの彼の目に止まる可能性も少なからず出てしまうということだ。こんな変哲のない女子生徒に興味を示すとは思えないけれど、可能性がある以上注意するに越したことは無い。
正直に言うと、雲雀さんの傍も、蓮巳くんと同じように心地良いのかも知れないと思ったけれど、それは、私の──。
ぐるぐると頭で考えて、ひとつ、息をのむ。まっすぐに雲雀さんを見据えて、苦笑をこぼした。

「私は、ここは向いてないですよ」
「僕がいいといっている」
「お言葉は、嬉しいですけど、私は多分ずっとここには居られないから……」

そう言って、目を伏せる。いつかは、あの、本当の身体に戻る時が来るのかもしれない。ここにいるのは、私では無くなるのかもしれない。それを考えると、長い先のことを簡単に決めるわけにも、頷くわけにもいかない。ぶすっと、いかにも不満ですといった表情の雲雀さんに、ふふっと思わず笑ってしまった。

「書類整理くらいでしたら、お手伝いに伺います」
「へぇ」
「ただし、授業は受けますので、放課後か昼休みに呼んでください」

またも不満そうな顔をする彼だけれど、お願いしますと言葉を重ねると、渋々ながらも納得してくれた様だった。
私は、二つ目の、縁を結んだ。