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「う……重い……」

数学係の呼び出しで職員室に向かうと、次で使う教材の問題集の配布と集めていたノートの返却を先生から頼まれた。待って、先生、私1人なの見えないんですか。頼んだぞー、と去っていった先生を見送り、積み上げられたそれらに頭を抱える。四往復、いや三往復すれば、そこまで重くない量で運べるだろうけど、面倒くさがり屋の私はせめて二往復までしかしたくない。いやむしろほんとは一往復で終わらせたい。いや行ける、一往復で行ける、多分。問題集の上にノートを積み上げて、気合を入れて下から抱えた。あ、意外に、意外にいけそ……いや重い!重い!ていうか足元が見えない!でも持ち上げた手前これをまた下ろすのも怖い!
半ば意地になりながら、見えない足元を恐る恐る進んでいく。なんか段々バランス悪くなってきてない?真ん中あたりがズレてきてない?待ってやめて。

「わ!重いでしょ!私持つよ!」
「えっ、あ、ありが」

にこにこと眩しいばかりの笑顔を振り向いてそう優しい言葉をかけてくれた子を見て、言葉を失う。
よいしょ、と半分持ってくれたその子は、あの子の片想いの相手だ。

「蕪木さんって4組だよね?教室までで大丈夫?」
「えっうん、大丈夫。あれ、でも私の名前……」
「知ってるよ!蕪木嫩さん!綺麗な子が編入してきたんだって噂になってたよ!」
「えええ。さ、笹川さんの可愛さには負けます……」
「あれ、どうして名前知ってるの?」
「笹川さんが可愛いからかな」
「ふふっ、蕪木さん面白いね」

あーもーかわいい。かわいい。そしていい子だ。恋敵なのに憎むことなんて絶対できないと、漫画を読んでいる時から思っていたけど、目の前にするとそれは確信へと変わってしまった。ふわふわで、甘くて、優しくて、綿あめみたいな子だと思う。幸せになれるお菓子のような子。
こんな子が学校にいれば、好きになるのも仕方がない。あの子が、彼女を好きになっても仕方がない。

「蕪木さんって数学係なの?」
「うん」
「もしかしてお勉強得意?」
「得意というほどでは……人並みかな」
「今度のテスト、良かったら一緒に勉強しない?」

予想外のお誘いにつんっと足が何かに躓いた。転げそうになるのを堪えて、問題集のタワーを死守する。「大丈夫!?」と心配してくれる彼女に、うん、と出来るだけポーカーフェイスを作りながら姿勢を正した。

「あの、どうして誘ってくれるの?」
「あ、ごめんね。いきなりで驚いたよね!あのね、私、図書館新聞のファンなの。前はそんなに本を読んだりしてなかったんだけど、春からの図書館新聞がすごく好きで、そこで紹介される本も読んでみたの。そしたらね、」

ふわりと綺麗な笑みを浮かべて、彼女が私に向き直る。

「すごくその本のこと、好きになってね。どんな人がこの本を紹介してるんだろうって気になってたら、蕪木さんで、話してみたいって思ってた」
「え……」
「話したら、やっぱり素敵な人だったから、よかったらお友達になってほしいなって」

迷惑かな?迷惑だったら言ってね、大丈夫だから。としっかりとこちらへの気遣いは忘れずに、彼女はそう問うた。迷惑なわけが無い、本当は私もお友達になれたらとおもう。なれたらと思うのと同時に、こわい。この綺麗な彼女を目にして、自分の汚さをもっと自覚してしまったら、私はどうなってしまうんだろう。それでも、伸ばされた手を払うことはできない。あまりにも、それは嬉しい言葉だった。

「私で、いいの?」
「えっもちろんだよ!寧ろ蕪木さんがいいよ!」

じわり、目元が熱くなる。綺麗だ。とても、綺麗だよ。京子ちゃん。

「じゃあ、不束者ですが、宜しくお願いします」
「あはは、私こそ、宜しくお願いします!嫩ちゃんって呼んでもいい?」
「勿論。私も京子ちゃんって呼んでいいかな?」
「もちろん!」

私は、彼女を恋敵になんてできない。