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「ん、我ながらばっちり」
「いやバッチリって、1位じゃん」
「蓮巳くんもさすがだね」
「いや1位の人に言われても」

まあ、そりゃあ昔にも一度習った内容だからなあ。そう思いながら、昼休み、廊下に貼り出されたテストの成績発表を見つめる。上位50位までを張り出した一番右に、私の名前、次に蓮巳くんの名前があって、その隣に獄寺くんの名前があった。そうか、もうとっくに来ているはずだもんね。

「蕪木さんって将来のこととか考えたりしてる?」

貼り紙のある廊下から教室に戻る途中、少し後ろを歩いていた蓮巳くんからそんなことを聞かれた。蓮巳くんからそんな真面目な話を尋ねられたことは少なくて、おっ珍しいなと思いながら首を振る。

「残念ながら浮かんでこないんだよね」
「やりたいことは?」
「それも……わかんない」
「それはちょっと、意外かも」
「そう?んー、大学とか行ければって思うけど、おばさん達に迷惑はかけられないし、そこは相談しないとかなあ」
「おばさん?」
「ん、あ、私ね、居候させてもらってるの。この前送ってもらったお家、表札違ったでしょ?」
「まあ。下宿?」
「いや……、3月に……」

少しだけ言い淀んで、目を伏せてから「事故で」とだけ言った。蓮巳くんが一瞬息を飲んだ音が聞こえて「そう」とだけ言った。

「正直に、言うとね。あんまり覚えてないの」
「……」
「すごく悲しかったんだろうなあって思うのに、他人事みたいで、頭の整理が全然つかなくて。そんなこんなしてる時に、おばさん達が今の家に迎えてくれて、こっちに転校してきて、すごく、助かった。これからのことなんて、考えもつかなかったから」

へにゃりと力なく笑う。覚えてないのも、助かったと思っているのも本当だけれど、ここにいる私が一番本当ではない。そんな自嘲の笑みも含まれていた。私をじっと見ている蓮巳くんの目が透き通っていて、見透かされそうで、少しだけ怖かった。

「私が今笑えるのは蓮巳くんのおかげ」
「……俺?」
「京子ちゃんや花ちゃんや他の子とも仲良くなれて、楽しいけど、蓮巳くんと最初に仲良くなれたから、多分私は今元気なんだよ」
「蕪木さん、」
「蓮巳くん、ありがとうね」
「……」
「それから、今の話は内緒ね」
「……どこから?」
「全部。全部内緒」

そう、人差し指を口元に当てて笑うと、彼は何か言いたげにした後目を伏せて、頷いた。何も言わない。簡単に言葉をかけることの出来ない私の状況。それを分かって、彼は何も言わない。言わずに、傍にいてくれる。だから心地がいい。
そんな話の後だから、教室までの少しの道のりが今までだと考えられないほど無言だった。後ろをついてくる蓮巳くんは少し難しい顔をしている気がして、ついつい話してしまったけれど、やめとくべきだったかなと後悔が押し寄せる。今の私の感情を少しだけでも吐露したいという欲からのものだったけれど、それで蓮巳くんに重いものを持たせてしまったなら本当に申し訳ない。でもそのことを謝ろうなら彼は「俺の顔がぶっきらぼうなのは生まれた時からだから」とでも言うんだろう。そういう人だ、彼は。
お昼休みも半ばのまだまだ騒がしい時間帯。教室に戻ると、入口で他クラスの男子とうちのクラスの男子が話していて、私を見付けると何やら盛り上がり始めた。あれ、え、なんか、嫌な予感がする。

「あ、の、蕪木さん」
「はっはい」
「今から少しだけ、お時間、もらえますか」

そう言う、他クラスの男の子は首と耳まで真っ赤にして、後ろに控える他の男子は期待を寄せた目と、少し楽しんでるような口元を手で隠している。ばればれですけども。
嫌な予感は、恐らく的中だ。

「……はい」

ただそれだけの返事、今から時間をあげるというだけの返事に、みんながヒューヒューと一気に騒ぎ出す。胸が、痛い。
こっち、と私が今来た方向に歩き出す少年に着いて行く。後ろにいた蓮巳くんにすれ違いざま目が合う。少し驚いた様子で私を見ていた彼の目には、なんとも情けない顔の私が映っていた。



「あの、好き、です!初めて見た時からっ、好きで!良かったら、付き合ってください!」

言葉を詰まらせながら、体育館裏で、彼はそう言った。可愛らしい男の子だった。顔を真っ赤にさせた彼は、きっと素直で、とてもいい子なのだと思う。でも私はかれをしらない。

「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「あっ、ごめん!1組の佐渡といいます!」
「佐渡くん」
「はい」
「ありがとう」

そう言って、朗らかに微笑んだ。そして、頭を下げる。

「そして、ごめんなさい。お付き合いは、できません」
「っ……はは、やっぱり、僕じゃダメですよね……迷惑ですよねっ」
「ううん、気持ちはとても、嬉しいです。でも、ごめんなさい」
「理由聞いてもいい?」
「……」
「好きな人、いるの?」

その質問に、頷くこともできなくて、否定することも出来なくて、ただ、目を伏せる。でもそれは、無言という肯定。そっか、と掠れた声を漏らした彼に顔をあげようとして、途中でやめた。彼の目尻が、少し光った気がした。

「佐渡くん」
「っはい」
「こんな私を、好きになってくれて、ありがとう」

心の中が、ぐちゃぐちゃだ。