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梅雨がまだまだ続く。例年よりも少し長引いてるらしいそれは、時に嵐のようになる。

「すみません、雲雀さん。ここなんですけど、」

昼休みの応接室。割と当たり前になってしまった雲雀さんのお手伝いに呼ばれ、書類を片手に不明点を聞こうと雲雀さんのもとへ寄っていって口を開いた瞬間、ピカッとした激しい光と数秒後ゴロゴロという激しい音が響き渡った。同時にびくりと身体が跳ね上がって、丁度私の質問を聞くべくこちらを見ていた雲雀さんと目が合った。お互い変な沈黙が流れ、あははと笑いながらまた口を開くと、今度は先程よりも更に明るい光と音が襲ってきた。あ、これは無理だ。脊髄反射的に、その場にしゃがみこんで、書類が落ちたのも気にせず耳を塞ぎ目を固く閉じる。
私は、雷が苦手だ。理由は私もよく分からないけど、というか多分理由なんてないんだろうけど、あの光と、音と、地響きが嫌いだ。でも花火は大丈夫。寧ろ好きだったりする。
梅雨入りしてかなり経つ。もう少ししたら明けの予報も出ているけれど、このしばらくの間雨は強くても雷が鳴ることは無かったので少し油断していた。まさか誰かといる時に天敵が現れるとは思ってもいなかった。

「何、雷だめなの」

耳を塞いでいるためにくぐもった声だけれど、そんな雲雀さんの声が聞こえる。もしかしたら呆れてるかもな、なんて思ったけれど、先程から続いている音と光に雲雀さんの目を気にする余裕もない。どこか狭い所に入りたい。ぱっと立ち上がり、ばたばたと応接室の隅の掃除用具入れとして使われているロッカーへ走っていき、中に飛び込んだ。早く、鳴りやんで。そう思うのに、その音は段々と近付いてきている気がして身体が震える。狭くて暗い中でしゃがみこんで膝を抱えていると、ガチャ、とロッカーの戸を開けられる音がする。そんなことするのは雲雀さんしかいない。きっと呆れてる。でも顔を上げられらない。膝に顔を埋めていると、ばさりと頭から何かが掛けられた。少し温もりのあるそれは、雲雀さんの学ラン。ゆるゆると顔を上げると、私の目線に合うように屈んだ雲雀さんがそこにいた。

「怖いからってそこに隠れる意味が分からないんだけど」
「ひば、りさ」
「おいで」

普段より少し優しい声でそう言いながら手を差し出してくれた雲雀さんに恐る恐る手を伸ばす。掴んだ瞬間、ぴかっとまた光って勢いをつけてついその胸の中に飛び込んだ。

「……ご、ごめんなさい」

謝りながらも離れることができず、彼のシャツをぎゅっと握る。暫く無言だった雲雀さんが、はぁ、と一つ息を吐いてから諦めたように学ランの上から腕を回される。軽く、抱き締められたような状態になっていてびっくりしたけれど、それよりも恐怖が上回って、同時にその温もりに落ち着いて、その胸元に頬をすり寄せた。

「……猫みたいだね」
「それは雲雀さんの方だと思います」

全身真っ黒い黒猫さん。きっと毛並みはとても綺麗で、そしてとても気まぐれで。でももし飼い主がいて、その人が泣いていたら黙って擦り寄るんじゃなかろうか。

「私、弟がいたんです」

心地いい温もりと、雲雀さんの心臓の音が耳を優しく刺激する。一定のリズムに意識が持っていかれると、不思議と雷の音があまり耳に入らなくなってきた。目を意識的に閉じていたのが、段々と眠気に変わってくるのを感じながら、ふと昔のことが口をついて出た。

「両親が、共働きだったので、私鍵っ子で……こういう日も2人きりで……必死に弟をぎゅっとしてお姉ちゃんだからって強がってたんですけど……本当は、すごく、こわかった……」
「……」

社会人になって一人暮らしを始めてからは、誰にも頼ることは出来なくて、もうふにくるまりひたすら耐えることしかできなかった。それを経験してからは、弟がいてくれたことはかなり私にとって有難いことだったのだと気付いたのだけれど。
そんなことを考えていたのに、どんどんと意識がふらついてくるのがわかる。ねむい。すごく。膝枕はこの前したけど、こんな風に、誰かの体温に触れることは久しぶりで、とても落ち着く。ふわふわと、眠りに落ちたのが自分でも分かった。











僕のシャツを握ったまま、すやすやと寝息をたてる腕の中の彼女を見る。安心しきったような顔をしていて、もう雷なんて耳に入っていないんだろう。掃除用具のロッカーの前で座り込んで彼女を抱きしめたような格好の自分を顧みて、らしくないと息をついた。
今年の春に編入してきたこの子は、よく分からないけど目を引かれる。きっかけはやはり、あの桜の下で涙しているのを見たことだと思うけれど、ここまでこの僕がしているなんていうのは、自分自身信じられないことだ。
このまま床で座りっぱなしというのは仕事も何も出来ないので、一旦離れて立ち上がろうとするものの、掴まれた手は離れない。起きる様子もない彼女にまた一つ息をついて、抱き抱えるようにして立ち上がった。前に膝を枕がわりに借りた時、彼女の腕を引っ張った。その時も思ったけれど、ちゃんと食べているのだろうかと思うほど、彼女の身体は軽い。

「……嫩」

ぽつりと彼女の名前を呼んでみて、むず痒さを覚える。一体この感覚はなんだと言うんだ。

「ん……」

抱き抱えたままでいると、もぞもぞと温もりを求めてか擦り寄ってくる。僕の首元に顔が埋められて、ぽつり、お母さんと寝言がこぼれた。お母さん?僕がお母さん?
何を言ってるんだ、と思って、ふと先ほどのやり取りを思い出す。彼女は「弟がいた=vといった。いる≠ナはなく。少し、引っ掛かった。