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夢を見た。久しぶりに、実のお母さんとお父さんと、弟の夢。みんなの中に自分≠ヘいて、そんな自分≠ヘ笑ってた。でも私≠ヘそれを遠くから見ていて、少しの寂しさと暖かさと安堵を感じた。現役中学生の嫩ちゃんは、うまくやれているでしょうか。

目覚ましが鳴っているのが聞こえるけれど、動く気になれなくていつもより少し遅く起きた。のろのろと起き上がって少しだけぼうっとして、背伸びをして、立ち上がる。机の上に開きっぱなしの日記が見えて慌てて駆け寄った。昨日のページには、昨日のリボーンとのことが書き殴られている。そのいつもより少し感情的な文と文字に、一晩たって冷えた頭は少しの後悔を覚えた。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい、気をつけてね!」

おばさん宅にお世話になってもう4ヶ月が経つ。もうなのか、まだなのか分からないけれど、最初の頃と変わらず優しく笑顔で接してくれるおばさんに救われている。寡黙なおじさんとはご飯くらいしか一緒にならず、たまに一緒にテレビを見たりすることがあるけれど、居心地がよく感じている。よくよく考えてみれば、元の世界の両親に少し似ているからかもしれないと思った。

「おはよう、蓮巳くん」

いつもより遅い登校のせいで賑わう昇降口で、蓮巳くんを見付けて声をかける。

「おはよう、蕪木さん。珍しいね」
「ちょっと起きれなくて」

そう言うと、少し心配そうな顔をする蓮巳くんに「大丈夫だよ」と笑った。大丈夫、大丈夫。いつも通りだよ、私は。なんだかふわふわする頭を、そう言い聞かせて知らない振りをした。

「蕪木さん体調悪いでしょ」
「へ……?」

少しばかり真面目な顔した蓮巳くんが移動教室の途中、そう言った。え、体調悪い?私が?
そんなことないよと手を振りながら、階段の踊り場から1歩歩みを進めた瞬間、がくりと視界が揺れる。

「蕪木さん!」

蓮巳くんの必死な声が聞こえてきて、階段で足を踏み外したのだと分かった。分かったところでどうしようもなくて、重力に従って落ちていく身体にぼんやりと、あー痛そうだなあなんて考えてしまう。反射的に目をつぶり、もう床に落ちるだろうなと思った。けれど、ぼふっという感覚だけで痛みという痛みは感じない。人の温もりも感じてゆっくりと目を開けると、黒い学ランとふわふわとした髪の毛が目に入った。

「ひばりさん……?」
「何やってるの」
「何にも……」

抱き着いて抱え上げられる形で雲雀さんに受け止められていて、少し下に見えた雲雀さんの顔に首を傾げた。なんで雲雀さんがいるんだろう。

「君、」
「蕪木さん!大丈夫!?」

ばたばたと下りてきてくれた蓮巳くんと同じくらいの目線になって、うん大丈夫とへにゃりと笑った。ほっとした顔をした蓮巳くんが、雲雀さんに「ありがとうございます」と言い、私に両腕を伸ばす。あ、雲雀さんからおりなきゃ、とその手を掴もうと手を伸ばして、空を切った。雲雀さんが私を蓮巳くんから遠ざけるようにくるりと向きを変えている。

「この子は僕が連れていく」
「は?」
「雲雀さん、どこ行くんですか?」
「保健室に決まってるでしょ」
「ほけんしつ〜」

ふふふ、と上手く頭が回らずに、何がおかしいのか笑う私。蓮巳くんと雲雀さんが私を見てから、2人顔を見合わせて1つ息をついた。蓮巳くんが「蕪木さんのこと、宜しくお願いします」と言って雲雀さんは「君にたのまれることじゃない」とフンと鼻を鳴らして歩き出す。あれあれ、私拉致されてる。

「ひばりさん、おりる」
「だめ」
「だめじゃないです、おもいです」
「重くない」
「おもい、わたしが」
「意味がわからない」

何を言っても一蹴されて抱えられたまま、ぷうと頬を膨らませた。雲雀さんの首元に顔を埋めて、前にもこんなことあったなあとぼんやり思い出す。清潔な香りが鼻腔を掠めて、ちょうどいい体温が心地いい。あ、うまく身体に力入んない。
ガラガラという音がして、保健室に着いたのだとわかった。

「熱何度あるの」
「熱なんてないですよ」
「黙って計れ」

うわこわい。ベッドに下ろされぽいっと体温計を投げやられて大人しく脇に挟む。どうやらシャマル先生は居ないらしくて、雲雀さんがあちこち棚を漁っている。ピピピと音が鳴り、体温計を取り出すと38.7の数字が映っている。あれま、結構高い。

「結構高いね」

ひょいと覗き込んだ雲雀さんが同じことを言う。寝たら治りますよと笑うと、親に迎えに来てもらいなよ、と雲雀さんは言った。その言葉に、んー、と私は思案する。親、親かあ。

「いないんですよねえ」
「……」
「4ヶ月前に事故でみんな死んじゃった」
「知ってる」
「えー、知ってて言ったんですか」

意地悪だなあ、と力なく笑うと、雲雀さんにぐいと上を向かされた。鋭い目が私を射抜くように見つめている。

「なんでそんなに笑っていられるのかって不思議ですか?」
「……」
「覚えてないからですよ」

その言葉を言って、ここで私は初めて顔を歪めた。覚えてない、何にも。私はここで14年間を過ごしていないから当たり前のことだけれど、亡くなった親族を悼むことが出来ない自分に、無性に悲しくなった。

「私、偽物なんです。本当はこんなんじゃなかった」

もっと元気で、明るくて、私≠ニ違って数学が苦手で、正直勉強は得意な方ではない。運動の方が得意で、友達はいっぱいいた。笑顔の絶えないこの子は人に愛される子だった。私のように、汚くはなかったはずなんだ。

「この傷は君がつけたの?」

ぐいと空いている方の手で、私の左腕を掴みあげた雲雀さんに、よく知ってますねと笑った。
私の左手首には、リストカットの傷がある。前の身体の時につけた時と全く同じ場所に。それは私ではなくこの子がつけた傷。だけれど、私がつけたと言っても間違いではない傷。

「君、自殺志願者なわけ?」
「そんな訳ないじゃないですか」
「じゃあなんで」
「何ででしょう」

この子が何を思ってこの傷を付けたのか私には分からない。ひょっとしたら自殺したかったのかもしれない。私と同じように、生きている実感が欲しかったのかもしれない。自らつけた傷が、癒える事のないよう願ったのかもしれない。わからない。へらへらと笑い続ける私に、雲雀さんが更に眼光を鋭くして、私の顎を掴む。痛い、と非難の声を上げようとして、それは出来なかった。噛み付くように、私の口は塞がれていた。私は目を見開いて、彼の目は静かに私を見下ろしていて。割りとすぐに離れた口に呆然とする。

「君の身体を傷付けるのは君だとしても許さないよ」

そう言った雲雀さんの目がなんだか熱を持っている気がして、それと反比例するかのように、私の熱を持ったはずの頭はすぅっと冴えていくのを感じた。

「でてって」

ぐいと彼の胸板を押し、足元にあった毛布をひったくってくるまり、雲雀さんに背を向けて目をぎゅっと閉じた。その私の反応は雲雀さんにとっては予想外だったのか、何となく背後に困惑したような空気を感じて、知らないふりして思考を止めた。