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そもそも蓮巳くんをお出かけに誘ったのは日頃のお礼と、特にここ最近雲雀さんとの悶着中庇ってくれていたことで迷惑をかけてしまったお詫びのためである。何かプレゼントでも用意しようかと思ったけれど、どうせなら一緒に出掛けて好きなものをプレゼントしよう!と思い立ったからなのだけれど。

「ねえ蕪木さん、本当によかったの?」
「もちろんだよ、寧ろ本当は贈り物したかったんだけど」
「いや、気持ちだけで充分。ごちそうさまでした」

「俺今特にほしいものないし、物もらうようなことしてないし、何かくれるなら誕生日とかの方が素直に受け取れるしなあ」という彼の言葉に、まあ逆の立場でも私もそう言うかもしれないと思ったけれども、それでも食い下がる私に提示してきたのが食事のお会計だった。なんだろう、どこまでも出来た人過ぎない? なんでそんな出来ているんだ。
ごはん行こう、なんて腕を引きながら正直あまり並盛を出歩いたことがなく店を知らない私に「おいしいって聞いてるお店あるんだけど、俺一人じゃ入りにくいから一緒行ってくれない?」なんて言って、めちゃめちゃおしゃれで爽やかな雰囲気のカフェに連れて行ってもらってしまったし。中学生でも無理のないような金額設定で、確かに男の子ひとりで来るには女性や女の子が多いお店だったけれど、如何せん、とても美味しかった。

(何だか、私の方が精神年齢年上だなんて嘘なんではと思ってきた……)

隣を歩く中学生にも関わらず、すらっとしたモデル体型のような蓮巳くんに、正直、同じくらいの年頃の女の子たちの視線が結構集まっている。もう少し年を重ねて身長がさらに伸びたら、本当にモデルさんになれてしまうかもしれないもんな。そりゃ目立つか。
ご飯の後、蓮巳くんもあまり休日に外出する人ではないので、久々の外出ついでに服が見たいということで商店街にやってきた。のだけれど、まさかのまさか。

「やっぱり!嫩ちゃんだ!」

聞きなれたかわいらしい声がして振り向くと、予想通りの京子ちゃんと、予想外の人物だった。






なんでこんなことになってしまったのか。

「ツナさん! どうですかこの洋服! かわいくないですか!」
「え、お、オレ? うーん、かわいい、んじゃない……?」
「だめだよー沢田くん。そんな適当な返事じゃ」
「え! ご、ごめん! でもオレ本当にそういうのよくわからない……!」
「あはは! ハルちゃんすごくかわいいよそれ!」

目の前でわちゃわちゃと繰り広げられる会話は、蓮巳くんと京子ちゃん、そしてあの三浦ハルと、愛しの彼によるものだ。
京子ちゃんと三浦さんのお買い物に荷物持ちについていけと家庭教師に言われたとかで商店街にきていたらしい。まさか、ここで彼に直接的に接点を持ってしまうなんて。
できるだけ会話に入らないように、というのは、故意的でもあり、単に緊張して言葉が出ないのもある。というか、まさかの邂逅の仕方が、愛しの彼と、その彼の想い人と、その彼を思う人が一緒にいるときだなんて。ほとほと運がないというか、なんだか、じわじわと胸に鉛が積もっていくような感覚だ。どうせ、なら、もう少し違う状況がよかったな、なんて思うけれど、それはそれで大事な友人に対して失礼なような気もする。
どうしよう、本当に、頭がうまく回ってない。

「嫩ちゃんはこのお洋服どう思います?」
「えっ」

ぼんやりとしていると、にゅっと目の前に現れた黒髪の美少女、リボーン読者ならすぐ分かるであろう三浦ハルさんが一着の洋服を手に私に話しかけてきた。
京子ちゃんがみんなの共通の友達なので、各々の紹介をしてくれたのだけれど、そのあとすぐに打ち解けている蓮巳くんと三浦さんは本当にコミュ力が高い。

「か、かわいいと思います、三浦さんに似合うと思う」
「ちょっとまってください、三浦さんはちょっと寂しいのでハルって呼んでください!」

ハルも嫩ちゃんって勝手ながら呼んでいますし!あ、ダメだったらやめます!と三浦さん。まあ、ダメなわけないんだけれど。じゃあお言葉に甘えてハルちゃんって呼ぶねというと、ぱあと顔を輝かせていた。かわいい。

「嫩ちゃんかわいいですね」
「えっ!?」
「そうなの、とてもかわいいしいい子なの」
「そ、そんなことない……」

どう立ち回っていいかわからずに、たじたじになる私。私へじゃないとしても、あの子の視線がこちらがわを向いているのが見えなくてもわかってしまって視線が上げられない。顔が熱くなってきた。
ちらりと横目で蓮巳くんに助けを求めれば、なんとも言えない顔して口を開いた。

「蕪木さんなんか気分悪そうだから、沢田くん一緒にちょっとその辺で休んどいてくれない?」
「!?!?」

待って!?!?何を言い出す!?!?!?

「沢田くんも疲れてそうだし、笹川さんたちはまだ買い物見て回るんでしょ?」
「はひ? まあ、ちょっとまだ見たいものはありますけど……」
「俺、荷物持ちついてくよ」
「ま、まって蓮巳くん!」

ちょっとちょっと何やってんの、と動揺してうまく言えず目で訴える私に、蓮巳くんが「ちょっとしたら戻ってくるから、ジュースでも飲んで休んどきな」と呑気に言う。ちがうの、そういうことじゃないの!

「女の子ひとりじゃ危ないからね、沢田くんよろしくね」

そういって蓮巳くんはやや強引気味に京子ちゃんとハルちゃんを連れていく。京子ちゃんがすごく心配してくれたけど、心配されたら反射的に大丈夫だから気にせず行ってきて!なんて言ってしまって完璧に自分の首を絞めた。沢田くんとふたりきりになってしまって、少し沈黙が流れる。そりゃそうだよね、初対面のふたり残すって、そりゃそうなる。いや申し訳ない。
スカートの端をきゅっと握ってうつむいていたけれど、気まずい思いをさせてどうする、とできるだけ明るく声をかけようと口を開けた瞬間、「蕪木さん」と彼が私を呼んだ。

「は、はい」
「あの、オレに傘を貸してくれた蕪木さんで合ってます、よね?」

あの雨の日のことを言っているんだろうことはすぐに分かった。まあ、傘に名前書いてたし、蓮巳くんと彼はその傘のやり取りでお互いを認知しているんだから、一緒にいる私の苗字が傘と一致していればそうなる。だけれど、覚えててくれたことがやっぱりどうしてもうれしくなってしまって、こくりとうなずくしかできなかった。

「よかった! あの、傘返さなきゃって思ってたんだけど、ごめん! うちの居候がいつの間にか勝手に使ってて壊しちゃったんだ」

本当にごめん!と頭を下げる彼に慌てて制止をかける。私が勝手に知っているだけだから口にはできないけれど、沢田家の居候さんたちが自由気まますぎるのは知っているし、もちろんそれに怒ることなんてない。

「気にしないで、傘なんていつかは壊れちゃうものなんだし」
「いや、そんなわけにはいかないよ! そ、それで、傘買って返そうと思って、好きな色教えてほしいんだけど」
「えっ、いいよ気にしないで」
「いやいや、そんな訳にはいかないから!」

借りたもの壊してそのままなんてさすがにできないよ、と言われてしまえば気持ちはとても理解できるので断りずらくなってしまった。
それでも甘えてしまっていいものなのか、これに答えることでまた次の関わりを作ってしまっていいものなのか、ぐるぐるして言葉が出ない。なんて言いながら、頭では分かっている。ここで冷たく突き放すのがきっとこれから先の私のためには一番なのだ。関わりたくない。関わってしまえば、きっと、小さな欲が出てしまう。何も出来ないから、何も出来ないなりに遠くから見守ること、知られない所から願うことくらいしかできない。それで満足しなければ。
それでも、答えていいのかと迷ってしまうのは、やっぱり嫌われたくないからなんだ、私の、一番の人に。

「あの日ね、」

黙ったままの私に、彼が口を開く。

「体育で散々やらかしちゃって、片付け任されたり、掃除当番頼まれちゃってやってたらゴミひっくり返したり、で、まあいつもの事といえばいつものことなんだけど。なんか、雨も相まってすごい落ち込んでて、それで帰ろうとしたら傘朝から持って行ってたのに誰かに盗られちゃってさ」
「それは……災難だったんだね……」
「うん。だから、うれしかったんだ」
「──」
「傘、貸してもらって嬉しかった。開いてみたら綺麗な傘で、ちょっとね、それまで雨このやろうって感じだったけど、帰り道は傘のおかげですこし楽しかったんだ」

ずっとちゃんとお礼言いたかった、ありがとう。

ふにゃりとはにかんだように笑って、そう言われてしまったら。
あの時、ああしてよかった。直接渡せなかったけど、認知して欲しいわけじゃなかったけど、あの時の私の行動は、間違ってはいなかった。縁を結んでしまうことによって私が苦しいことなんて、些細なことかもしれない。それほどに、ありがとうのその言葉が、胸に染みて、染み渡って、涙となって溢れてしまいそうだった。

「本当は元の傘と同じデザインのとか見つかればって思ったんだけど、なかなかなくて……どうかな、何色がいいとかない?」
「本当に、もらっていいの?」
「え! もちろんだよ! 寧ろ受け取ってもらった方がオレも嬉しいし」
「じゃあ、オレンジがいいな」
「オレンジか、それ、ペンダントもオレンジだもんね!」

オレも元気が出るっていうか、暖かい色だから割と好きなんだよね、と彼が笑う。
そうだよ、大好きな色だよ。
大好きな、

君の色だよ。