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私は、実はちょっとばかし方向音痴である。
こう、道を覚えるときは道順ではなくて風景で覚えてしまう癖があるのだ。あ、この風景みたことある、この家を右だ、みたいな。
昨日、沢田くんに勉強を教える約束をして、帰り道は何となく遠回りしながらでも帰れたのだけれども、向かうとなるとまた苦手である。しかも昨日は浮かれていて、正直あんまり周りは見えてなかったし。
まずったな、と思った時には時すでに遅しで、あ、この風景見たことある、もうお家近いかな?と思ったら似たような住宅街だったという。しかも似たようなところが多くてなんだか無限ぐるぐるしてしまっている気がする。
沢田くんの連絡先、ないことはないけれど、蓮巳くんに教えてもらったのだし、勝手に連絡したら何で知ってるのってなりそうだし、そうなったら蓮巳くんにまで迷惑かけるかもしれないし。

「……どうしよう」

13時くらいに行くねと言っていたのに、時刻はもう13時20分。勉強の息抜きにと買った飲み物と甘いものはとっくに温くなってしまっているし、自己責任でしかないけれど悲しくなってきた。
約束守れない奴だと思われたりするのかな、そもそも勉強教えるといったのに無責任と思われたり、時間にルーズと思われたり、しちゃうのかな。
普段は強気だけれど、こういうときは弱気になってしまう。仕方ない、だって恋する乙女で、相手は恋の相手なんだもの。
手に持った道具と食べ物たちが重くて、悲しくて、悔しくて、思わず歩みを止めたら歩き出せなくなってきてしまった。
じんわりと目が熱い気がする。

「……さわだくん」
「ツナんちに用か?」

背後から聞こえたカラッとした爽やかな声に思わず振り向いた。

「や、まもとくん」
「お、オレの名前知ってんのな」
「あ、えっと、これは」
「オレも知ってるぜ、蕪木だろ?」
「う、うん」
「よろしくなー。んで、ツナんちに行きたいのか?」
「そ、そうなの、迷っちゃって」

う、情けなくて泣きそう。我慢だ、がまん。

「オレも行くところだから、一緒に行こうぜ!」
「!、山本くん、あなたが神か!」

そういうと、山本くんは「いんや、山本武だよ」と笑ってた。



***



「沢田くん、遅れてごめんなさい!」
「ええ!?いや、全然!大丈夫だよ!」

山本くんに連れられて、歩くこと5分。その間、荷物も持ってくれて、道に弱いことを告げると分かりやすい目印まで教えてくれた。家の前に来て、ついた!と感動している私に「よかったなー」と頭をぽんぽんしてくれた山本くん、包容力の塊だと思った。
玄関のチャイムを押して、出てきた沢田くんに初っ端頭を下げると、めちゃくちゃに驚いてた。

「蕪木、道に迷って泣きそうになってたんだぜ!」
「ちょっ、山本くん!?」

沢田くんの自室に上がらせてもらい、腰を下ろしてすぐ、山本君がいきなり暴露した。

「えっ!?ご、ごめんね、迎えにいけばよかったね!」
「ち、ちがうの、私がちょっと道を覚えるのが苦手で……」

説明しながら恥ずかしくなって、ぶわっと顔が熱くなる。赤くなってしまっただろう顔でうつむいていると、山本くんが「なんか、イメージとちがったわ」といった。

「オレ、蕪木って結構完璧なのかなって思ってたけど、そんなことないのな」
「そ、それは褒めてるの?」
「褒めてるぜ?な、ツナ!」
「うん。俺も、蕪木さんのそういう一面見れてちょっとうれしい」

愛しの子にまでふわりと笑われてしまって、恥ずかしいやら照れるやらで、ひー!と言いながら顔を押えた。

ところで、私から宿題を教えてもらうという話は、今日の朝の段階で山本くんにも伝わったらしく、それで彼も来たらしい。ナイスタイミングでしかない。神。
暫くして落ち着いて、宿題を進めてもらいながら随時不明な個所を説明していると、、コンコンとドアがノックされた。
はい、と沢田くんが返事すると、ガチャっと開けたのは、沢田くんのお母さん・奈々さんだった。
家に上がるとき挨拶しようとおもったが、母さん洗濯中だから気にしないでいいよ、と言われて挨拶がまだだったのだ。

「あらー!かわいい子連れてきたわね、やるわねツっ君!」
「ち、ちがうからー!」
「あの、すみません挨拶もせずお邪魔してしまって……!」
「あら、いいのよ、気にしないで!」
「お邪魔してます、蕪木嫩といいます。あの、本当は、気持ち程度にお菓子を買ってきたんですけど、来るのに時間がかかってしまって……」

ケーキ屋さんの美味しいと評判らしい夏限定のタルトとゼリーを買って、保冷材もお願いしたのだけれども、想像以上に時間がかかったせいで、タルトの生クリームとゼリーは溶けて本来の触感ではなくなってしまっている。
しょんぼりと肩を落とす私に、沢田くんのお母さんは笑っていった。

「その気持ちがうれしいのよ、ありがとう。もしよければ頂いてもいいかしら?」
「でも、あの、溶けてると思うんです」
「冷蔵庫で冷やしちゃえば大丈夫よ!甘いもの食べたいなあと思っていたし、もらえたらおばちゃんうれしいんだけどな?」

優しい微笑みと声に、のどが詰まる。なんでみんなこんなに優しいんだ。

「今度、また絶対冷たいままお持ちします!」
「うふふ、気持ちはうれしいけど、子供がそんなに気を遣うことないわ。ツっ君と元気で仲良くしてくれることが一番うれしいんだから」

ね、ツっ君!と振られた沢田くんが、いきなり振られたことに慌てながらも激しくうなずいていた。
お勉強がんばってねー、とケーキ箱を片手に出て行った奈々さんに、「沢田くんのお母さん素敵すぎない?」というと「えっ、ふ、普通だと思う」と言ってた。