01

吸血鬼は不老不死である。老いることもなく、死ぬこともない。
吸血鬼に血を吸われることにより、人間は不老不死と成ることができる。

そんな伝承が広まったのはいつからだろうか。
人ならざるものにただ怯え嫌っていた人間達が、不老不死を得ようと吸血鬼を狩るようになったのはいつからだっただろうか。


どさり。
荒く肩で呼吸をしていたユズリは、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
今回は、とても長い戦いだったように感じる。
倒れ込んだ彼女の衣類はどこもかしこも血に塗れて、そして泥で汚れている。その血は決して彼女のものではなく、周りに散らばる人間達のもの。返り血だ。
ただ、返り血といっても、彼女は彼らを殺してはいない。ただ、動けない程度には痛めつけてあるので、殴打や蹴りの衝撃で気を失っている者、骨があらぬ方向に曲がっている者、血がどくどくと流れている者など、ざっと50名は倒れている有様はまさに地獄絵図だ。
彼らは、不老不死を得ようとユズリを狩りに来た人間共である。

ユズリは人間を殺さない。それは彼女自身の誓いであるが、殺さないことを誓う彼女と、殺す気で襲いかかる多数の人間の戦闘はあまりにも分が悪い。
吸血鬼の原種に近いユズリは、人間の与える傷で死ぬことはまずない。腕を切り落とそうと、足を切り落とそうと、上半身と下半身を真っ二つにされようと、死ぬことは無い。ただし、首を胴から切り離されたり、心臓を銀の剣で貫かれれば例外だが。
粗方の負傷は、言葉の通り人間離れした治癒力が、傷を治し、離れた部分はくっつけ、失ったものは再生する。
だからといって、痛みがない訳では無い。
治癒をするからといって万能でもない。
傷を受けなかったことにするのではなく、人間と同じように体内の細胞達がとてつもなく早く仕事をしてくれるというだけだ。
傷が深ければ治る時間はかかるし、ダメージを受け続ければ、治癒自体にかかる体力が少しずつ削られていく。

1対50。そしてこちらは不殺ころさずの戦闘。
どうにか全員をねじ伏せたものの、戦闘と治癒を繰り返していれば体力に余裕があるわけはなかった。
ただ、周りに転がるやつらの血を飲めば、消耗しきった体力も、今だ治癒し切れていない傷も立ち所に回復する。
それを分かっていながら、それをしないのは、己の生に疲れ果てている他ないのだ。

ポツリ、ポツリ、雨が降り始め、ユズリの体を濡らしていく。
指先を動かすのすら鬱陶しい。
もう、疲れた。
ここで気を失っても、死ぬことは無い。誰かがトドメでも差しに来ない限り。
雨に打たれながら、その双眸を淀みきった空に向け、思いを巡らせる。

自分にこの人間達を差し向けた人間が、もしかしたら近くで見ているのかもしれない。自分が力尽きて気を失うのを待っているのかもしれない。
あの人間の手に落ちるのは嫌で応戦したけれど、周りに横たわる彼らも、彼奴にうまいこと使われたのかもしれない。

それでも、たとえユズリが弁明しようと試みたところでその言葉が届くことはない。話し合いなど無意味。理解を求めるなど不毛。言葉を交わすことなど、不可能。
同じヒトの形をしていようと、彼らは純度100%の人間で、彼女はそうではないのだから。
歳をとらないその体も、見慣れないその色素の薄いピンクベージュの髪も、同じく色素の薄い目も、すべてが彼らにとっては異形であり、敵なのだ。
自分の生に疲れていながら、彼らに屠られることを拒んだのは、あの人間の思惑通りにいくのが嫌だったからなのか。それとも、まだ、何かに期待をしているからなのだろうか。

涙は出なかった。
ただ乾いた笑いをひとつこぼしてから、ユズリは目を閉じた。