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「わああ!やっぱりかっこいいな!オールマイト!!」

パソコンの画面を見つめ、楽しそうに声を上げる少年──緑谷出久はどこにでもいる普通の男子中学生である。
否、ただひとつ、少しだけ普通と異なる点があるとすれば、彼が無個性≠ナあることだ。

事の始まりは中国・軽慶市にて発光する赤子≠ェ生まれたというニュースだった。
以降、各地で超常≠ェ発見され、いつしかその特異体質は個性≠ニ呼ばれるようになる。
人口の約8割が個性を持って生まれ、残り2割は個性のない無個性≠ニ呼ばれる括りになる。
緑谷出久はその無個性側の人間だった。

個性持ちの中には、その個性を悪用する者も少なくない。
それに相対するべく出てきた職業、そして脚光を浴びている職業がヒーローである。
緑谷もそのヒーローに憧れた、いや、憧れている人間だが、この超常社会において無個性でのヒーロー志望は無謀に近いのが正直なところだった。
ただ、それでも、なりたいものはなりたい。夢は簡単には変えられない。そして、現実を受け止めることも、若き男子には難しいことだ。

いつか来る未来の為を思い、今では趣味と化したヒーロー分析。それをまとめたノートは数冊に及ぶ。
1番好きな、そしてナンバーワンヒーローのオールマイトはあっちこっちで活動しているだけあって、なかなか生の現場に駆け付けることが出来ない。けれど、ニュースに取り上げられることはもちろん多いし、動画サイトへアップロードされることも多い。おかげで、生で見れなくてもナンバーワンヒーローの活躍を見る機会は多く、同時に分析することも難しくない。

「増強系の個性はやっぱり派手だなあ……オールマイトは特になんだろうけど」

今日も今日とてリアルタイムで放送中の、ヒーロー特集と評された番組を見ながら趣味に勤しんでいる。番組の3分の1はオールマイトで構成されていて、最近の活動がいくつか取り上げられている。個性分析家がぺらぺらと話したりコメンテーターがコメントを寄せたりする間も、画面にはオールマイトの活躍が終始流れている。
画面に食い入るように前のめりで見つめる緑谷の目にひとつの影が映った。

「……あれ?」

座っていたソファーから腰を上げて、テレビの目の前に行くと、母親から「あんまり近づいて見たらダメよ」と注意が入った。うん、と言いながらもどんどん前のめりになっていく。
場面はどんどん切り替わっていって、色んな現場が映るのに、その大半に、黒い影が隅っこにちいさく入り込んでいた。

「なんだ、これ」

番組の続きより気になってしまい、テレビも付けっぱなしに自分の部屋へと駆け込み、パソコンを付け、動画サイトでオールマイトと検索をかけた。 ズラリと並んだオールマイト関連の動画にはインタビューやさっきの番組のような特殊動画もあるけれど、一般人が偶然撮影したものも少なくない。子供の頃からずっと見ていた動画にはあんな影は居なかったように思う。ひとまず1年くらい前のものを漁ってみたけれど何も映っていなくて、そこから徐々に新しいものへ動画を切り替えていく。全てに映っているわけではないけれど、見つけた。一番最初に映っているのは、約3か月前の動画だった。最初あまり動くことのなかった影は、動画が最近のものになるごとに動き出した。最初は避難する人々の案内や指示のようなものをしていたようだったけれど、徐々に危険な場所に取り残された人の救助や、敵の気を引いたりしているようだった。
その身のこなしはとても軽くて、敵の攻撃も軽々とかわして、とても軽やかに飛んだかと思うと画面から消えていたりする。やっていることからして敵側ではないんだろうけれども、全く想像がつかない。真っ向から敵に向かっていくようなことも、攻撃的なもしくは守備的な個性を使用しているわけでもない。そして、最近プロヒーローのデビューの話も聞かない。

「もしか……一般人……?」

緑谷は僅かに目の前が明るくなるのを感じた。
一般人が、あんな動きを出来るのかという疑問と、出来るとしたら、という希望。一般人の個性使用は公共の場では禁止されているし、そのルールを破っているのか?と考えると、プロヒーローのオールマイトについて回ることは許されないだろう。
ということは──個性ではない?

「いや、そんなわけはないよな」

さすがにどんなに鍛えていたとしても個性を使わずに電柱の上に飛び上がれるほどの跳躍力は普通の人間には無理だ。でも、どうしても気になった。
オールマイトと共にいることが多いなら、オールマイトの追っかけを出来るだけすれば、あの人に会うこともできるかもしれない。会えたら、もしこの人が個性を使っているわけではないのならば、もしかしたら話が聞けるかもしれない。夢を、諦めなくていいかもしれない。そんな期待を膨らませながら、彼は画面の隅に少しだけ映り込む影をじっと見ていた。





***





「ユズリくん! 目立つ行動はだめだよって言っていただろう……!」

語気はあるものの怒ってはいない、どちらかというと焦ったような声を響かせながら、その声の主は部屋のドアを勢いよく開けた。

「ノックくらいなさいな」

ドアから顔を覗かせた人物が、ユズリと目が合うなり顔を真っ赤にさせぐるんと背中を向ける。
それもそうだろう、寝汗をかいて気持ち悪かった彼女はシャワーを浴びたばかりで、下着しか付けていないところに運悪く、いや、運良く飛び込んでしまったのだ。
「君は着替える時くらい鍵をしなさい!」とユズリに背中を向けたまま焦ったように発した声が部屋にわんと響く。声が大きい。
彼は、オールマイトと世間から親しまれている職業ヒーロー、本名八木俊典という男だ。といっても、今はトゥルーフォームと呼ぶ痩せっぽちの頬のコケたおっさんみたいなナリをしている。マッスルフォームというものになると、筋骨隆々の逞しい見た目になる。
おっさんなんて言っても、どう足掻いても吸血鬼であるユズリの方が何倍も歳上なので、裸を見られたくらいで動じることは無い。寧ろ焦った様子を見たユズリは「あら〜かわいい〜」と内心思っていた。ババくさいけれど、実際とんでもなく長命だから仕方がない。
ユズリはラフなワンピースを頭からすっぽりと被り、濡れた髪をタオルで拭きながら、後ろを向いたままの彼に、もういいわよと声を掛けた。

「まだ顔赤いわよ、別に女の身体なんて珍しくもないでしょうに」
「私そんな女性慣れしていないからね!? ていうか冷静すぎるんだよ君が!」
「だって別にどうってことないんだもの」

ボスンとソファに座り足を組みながらそう言うと、最初八木は何か言いたそうに力んでいたが、「まあ、気をつけてくれよ……」と肩を落としながら向かいの一人掛けソファに腰を下ろした。

「それで、何だったの? 目立つだの何だの」
「これだよ」

そう言って寄越されたのは一冊の週刊誌。ぱらぱらと中をめくると、オールマイトの字が見えてそのページを開いた。

「“オールマイトへの助太刀か?はたまたヴィランか?謎の黒装束の人物、オールマイトの現場で目撃多数!”──あらあ」
「あらあじゃないよ!」

オールマイトの写る写真の隅に写っているのは紛れもなく、黒いマントをかぶり顔を隠したユズリの姿。てっきり彼の記事だと思ったのだが、見開きページに何枚も載せられた写真は、どれも顔が写っていないといえどユズリの姿ばかりだ。じろじろと載せられた写真を見まわし、次のページをユズリがめくり、そしてつまらなさそうに口を尖らせた。

「なんだ、見開き1ページだけ? もう少し特集してくれてもいいのに」
「いやさすがに情報少なすぎて難しいだろう! 私のところにも取材のアポが来たが、君に関することだからと思って断ったし」
「えー、なんで断っちゃったのー」
「なんて説明するんだよ、君が──

“吸血鬼”だって」