#3-7

 それと同時に、ノゾムもヒートアップしたようにぴょんぴょん飛び跳ねる。ぐるぐると両手を子どものように振り回しつつ、まるでジャングルの鳥類のような声で叫び散らすのだった。

「そいつーっ! そいつから先に殴ってよォオ、パパ! むしろ殺して!! 殺して口からセメント流し込んで、東京湾にでも沈めてやれぇえええっ!!!」
「おい、うるせえ。時間帯を考えろよ、この馬鹿野郎」

 道端がそんなノゾムの頬を、右の拳でバチンと一発殴った。その動きは緩慢で、さほど早いものではなかったがしかしパワーはありそうだ。道端自身が言ったよう、彼のターゲットは緒川ではない。飽くまでもロジャーだ。道端の視線は再び、ロジャーの方へと戻っていた。

「うるさくてすまんねー、ロジャー君よ。……だが君もな、もう少し思慮深くやるべきだったんだ。そうすれば俺だって慈悲の心をかけてやらなくもなかった。なのに君は踏み入れてはいけない部分にまで、気が付くとドップリ浸かってしまっていた――君に制裁を加えろという指示が出た時、俺はそんなガキ一人に何ができるんだと反論したんだよ。たかだか若造一人に何もそこまでやる必要はないと」
「反論? そりゃあ一体、誰に? 僕を痛い目に遭わせる為ここに呼び出すよう、貴方に指示したその『女』にかい?」
「っ!?」

 緒川と同時に、道端の表情もぎょっとしていた。いや、緒川以上に道端の方が驚愕しているに違いないだろうけど。が、道端もいわゆるその筋でずっと生きてきた人間なのだ。修羅場なんかそれこそ緒川より多く潜り抜けているだけあってか、冷静さを取り戻すのも早かった。

「……何故、女だと分かった?」
「あれれっ、何とまあ合ってたんだねぇー」

 ロジャーの方も負けてはいないようで、けろりとした様子で負けじと言い返して見せるのだった。道端がこれはこれは、といった具合に大袈裟に肩を竦めてみせつつ、それから歯を覗かせてニッと笑んだ。何か楽しいゲームにでも興じているかのような、そんな風な笑顔だった。

「おい、質問してるのはこっちだぞ。――どうして分かったんだ? 適当にカマかけただけかい、大人をあんまり馬鹿にするんじゃないよ。坊や」
「さーて、どうしてかなー?」

 何故か緒川も妙にハラハラとした心地になりつつ、そのやり取りに目を向ける。ロジャーに限って変なヘマはしないだろうが、しかし――頬を抑えたままのノゾムも、父親の静かな怒りに内心ではビクビクなのだろう。何だか女の子のような座りの姿勢で、ノゾムはそんな父をぼーっとした様子で見上げている。

「なるほど、ようし分かった。部屋に髪の毛でも落ちてたんだな? それで推測したに違いない、君は何でもとても勘が良いと聞いていたからな。その辺のガキよりよっぽど頭が冴えるらしい」
「んんッ、つまり女性っていう点については認めてるわけだ」
「おおっと、その手は食らうか。おまけに運がとても強いってのも知ってるぞ。どういうハッタリか知らんが、心理戦は得意ってわけだな……何かまあうまい事を言って誘導尋問させようという魂胆に違いな――」
「ふうーーーっん。美人で髪が長くて、うーんとそうだな……とても若い子だね。道端組長は自分の息子くらいの年齢の女性が好みなのかな?」
「!!!」

 今度は、はっきりと感情を露わにして見せたようだった。それも次は、かなり長い時間その表情のまま強張っていた。驚愕と羞恥を同時に味合わされたかのような、そんな顔つきをしていた。やがて道端は唇をわななかせ、それから怯え竦む息子・ノゾムの方をじろりと横目で見据えた。

「ノゾム」
「……ふぇい?」

 抜け殻のような返事を寄越す息子に、道端は余計に苛立ったのかもしれない。それまでに保とうとしていたのであろう理知的で強固な態度を一変させ、ヒステリックに声を荒げながらノゾムに飛びかかっていた。

「ひょっとしてお前スパイか、そーかあぁスパイしてたんだなさてはっ!? いくら積まれたんだ、それともお前の好きなアニメのオモチャを出されたのか!? あれか、『どうじんし』とかいう薄っぺらいマンガ本を貢がれたのか! 例え血の繋がった子と言えども貴様ぁ、スパイとあれば恩情はッ……」
「ひ、ひいいい! やめてよぉ、パパぁ! ボキは何も知らないよォ!!」

 胸倉を掴まれ、無理やりその場に起立させられるノゾムの怯えようと来たら――いやはやもしそれが演技だとしたら大したものだ。ビビり散らしており、爆発したように「知らない知らない、ママママママ!」とせき止めていた感情を吐き散らすように泣いて暴れた。
 その拘束から逃れようとするあまりか、ノゾムは右に左に身体を大きく揺らしがんがんと後頭部を壁に打ち付けた。

 ぶつかる音がしきりに鳴り響き、緒川はまるで自分が頭を殴られているかのような痛みを覚えて何だか吐き気がしたし、今しがた道端はスパイ云々と言ったが……とてもじゃないがそんな真似の出来る度胸がある男には見えなかった。そのこじれにこじれた親子関係を眺め、ロジャーがおかしそうに笑った。相手が救いようのない悪党と言えども、中々に悪魔だ、この男。

「アッハッハッハ〜! んもぉ道端ちゃんったら怒らなーい、怒らないの もしかしたら僕がエスパーで、テレパシーや念話が出来るのかもしれないじゃない? 案外、これには種も仕掛けもないかもよ」
「っ……、もういい! 茶番は終わりだクソ!!」

 ノゾムはその場に投げ捨てられた後、わんわんと床に顔を押し付けて泣き伏せていた。その様子はまるで小学生か、下手すれば幼稚園くらいの子どもだ。そんな息子に一瞥をくれてやり、乱れた襟元を直しながら道端はロジャーの方を見つめた。

「泣いて詫びれば五体無事に生きて帰してやったものを――、話し合いでの解決はもうないものと見なしたぞ!」

 パチンッ、と道端が指を鳴らすと、そこでようやくのように残るその男がゆっくりと一歩踏み出した。これまで只その場にいるだけというか、まるで沈黙を貫くように佇んでいただけの明らかに何か怪しい男。でも、言われた仕事だけはきっちりとこなしまっせ、みたいな。何かそういう感じのする、いかにもな設定背負ってそうな男。
 薄汚れたトレンチコートを着込んだその男がユルリと動くと、陽炎のようなものが蠢いたように見えた。一般人とは違う世界を見、平凡な輩共には通らなかった道を歩んできた者のみが醸し出す、周囲を睥睨するかのような気配。
 背丈にしてみれば、百八十にちょっと満たない緒川より頭一つ分ほどはデカイその男は、フードで顔を隠している為か年齢のようなものは判断しがたい。が、コートの下にはきっとみっちりと鍛え込まれた肉体が仕舞われているのは伺えた。今まで相手にしてきたチンピラとはきっと一味も二味も違う筈だ。

「ホセ=オーレリオ、イスラエルや中東の紛争地から拾ってきた国籍不明の殺し屋だ! 殺人術にかけては引けを取らん」
「ほ、ほ、ほぁっ、ほ、ホセー! やっちまえ、やっちまえ、やっちまえぇえ! 俺が殴られた分も含めて緒川のクソ野郎を潰してくれぇっ!……やーいやーい、ばーかばーかっ! ホセとやり合って無事でいられた奴なんかいねえんだよ、こんちきしょうっ」

 それまで泣き伏せていたノゾムが立ち上がったかと思うと、一緒になってやれやれコールを飛ばしてきた。ホセもホセで『仕事モード』なんだろう、ユラリとした動きで緒川の前に立つとジリジリと間合いを詰めるようにして足を進める。その手が、何か滑らかな動きと共に構えを作ろうとしている――、

「こやつが殺しに出る時は必ずコートを着込んでいる。その意味が分かるか!?……答えは簡単だ、何故ならホセが仕事を全うする時は必ず辺りに血の雨が降るからっ、」

 説明が終わる前に、ホセの大柄なドターンッ!! と派手に身体が倒れたのを見届け――道端は、あんぐりと絶句した。何が起きたのか必死に理解しようとしているようだった。倒れたホセと、緒川を交互に見比べた。
 それからそこでようやく、道端は自分が指差し姿勢のまま硬直していた事に気付いたのであった。緒川が額を痛そうに摩りながら、よろめきつつもその場にフラフラと立ち直る。

「お、おぉー、いってぇ。生まれて初めてだぜ〜、ケツ顎に頭突き食らわせたの」
「血、血の……血の雨が……ふ、降る予定だったんですけど、えと、その……」
「で、何? ごめん、説明長すぎて『さつじんじゅちゅ』の辺りからぜんぜん聞ーてなかったんですわー」

 緒川がニンマリとしながら向き直る。身長差を活かした顎打ち作戦の成功に、心から歓喜していた。衝撃を受けると、脳を揺さぶられる部位のうちの一つが『顎』。格闘技の試合なんかでも顔面に攻撃をもらって失神するのは、多くが顎からのダメージによるものだと言われている、が――まあともかく。
 倒れたせいでホセの素顔が見えたが、白目を剥きあぶくを吹いているせいで何とも情けないものでしかないのであった。ちなみにホセの素顔を見たのは、道端もノゾムもこれが初めてだったという。

「ぱ、パッパァアア! ホセが、ホセが、ほぁ・ほっ、ホセがやられたよぉおお!!」
「う、うるさいっ! 見りゃ分かるわ!」

 切り札という切り札があっさりとやられていき、いよいよ道端が自らの背広に手を突っ込んだ。左脇腹の付近に、ホルスターと拳銃がちらと覗いたのを緒川は認めた。見つけたところで、動きようもなく、しかし冷たい汗が額に浮かんだ。――こいつは多分。いや、絶対に。それを撃つ。それが威嚇射撃なのか攻撃なのかまでは分からないが撃つ気でいる!
 どうすべきなのか悩み、近くにあった灰皿でも投げつけようかと思った矢先だった。ロジャーが楽しそうな余韻を残したままの声で、すかさず叫んだ。ナイス、超ナイスフォロー、と緒川が勝利を確信する。

 こっからだ。
 ロジャーはこっからが、そりゃもう攻めて攻めて攻めまくるのだ。
 
「おっと、その今組長が手にしようとしているスミス&ウェッソン・モデル29! それ、中国系のルートで買った粗悪な品じゃあないですかー!? 安いからって理由で買ってるけど暴発する可能性もあるんでしょ」
「!?」

 そこまでを言い当てられて、道端の動きがまたもや止まった。構わずそれを抜くのかと思いきや踏み止まったのは、やはりロジャーが今しがた指摘したように事故の危険性を考慮しての結果だろうか。ぴたっ、と停止ボタンでも押したかのように、道端の動きをロジャーの言葉が止めてしまった。陳腐な表現をするが、いやはやまるで魔法のようだった。

「道端ちゃん、あんまその売り手の人信用してないんでしょ。だったら引き金はそのままにした方がいいよ、もしかしたら相手も相手でくみちょーの事信用してないのかもしんないし。むしろ暴発したらラッキーくらいに思ってんのかも」
「っ……、ど……して……」

 どうして分かるんだ。
 道端の声はもはやロジャーへの畏れのあまりか、掠れていて言葉としては成立していなかったが、大方そんな風な意味合いの事を漏らしたんだろう。道端の腫れぼったい瞳がもはや見開かれていた。背広の下に手を入れ、グリップを掴んだ状態のまま彼は小刻みに震えていた。

「――、こっちもそろそろ言わせてもらうけどね」

 ロジャーの顔にはまだ笑顔があったが、しかし声色からいって相当イライラとしてそうなのは緒川にも伝わってきた。ロジャーはもはや恐れる事などはなく、つかつかと前に出たかと思うと自分よりも背の高い道端の襟をガッ、と片手で掴んだ。乱暴に自分の方に引き寄せながら、ロジャーは背伸びしつつ至近距離から道端を睨み据える。

「遠回りした言葉のやりとりはお互い長考するだけだから、ね。ハッキリ言おうか。――お前らじゃ弱すぎて束になって向かってきても相手にならないんだよ。僕らにとってはね」

 僕らに、って。勝手に俺を連名にするな、と緒川は内心思いつつもロジャーの静かな剣幕に気圧されたように口を挟めずにいた。道端がもはや隠しもせずに、ロジャーへの恐怖心を表に見せていた。一角の人物像が形崩れの、中々に哀れを誘う姿だった。
 続けざまにロジャーは言った。その時には、彼は口元に僅かに残してあったはずの笑顔を消し去り真顔そのものになっていた。
 
「僕らを潰したいんならヴィトーだ。ヴィトーを雇え」
「……っ……」
「ヴィトー・ラッキー・ルチアーノ。まさか道端組を動かし、この辺一帯で幅を利かせているあなた様とあろうお方がその名を知らないわけもないでしょう。ヴィトーですよ、奴に僕の名を聞かせればいい。それだけです」

 聞き覚えのない名前に、緒川もそうだが道端の方が戸惑っているようだった。緒川の場合は『誰そいつ』といった具合の、若干呑気な困りようであったのだが道端の場合は少し違う。ヴィトーというその人物と明らかに面識があるのか関わりがあるのか、目に見えて動揺しているようであった。
 やがてロジャーは、ふっ、と笑いつつ肩を竦めてその手を離した。またいつものへにゃりとした笑顔に立ち戻ると「な〜んてねっ」と取り繕うように言ったけれど。

「――ま、今はそれより大事な話をしよっか。道端サン、僕をここに呼ぶように言った相手って誰?」
「そ、それは……」
「もういいじゃん。これ以上は言い逃れできないって」

 はぁー、と緒川も一緒になって観念するように言うと、道端も脱力したようにその場にどさりと崩れ落ちた。もう、勝ち目などないと認めているのだろう。すっかり殺意やら憎悪のようなものが抜け落ちたその姿は、さっきまでは感じられた裏社会のボスといった威厳やら貫禄がすっかり感じられなくなっていた。

 負けを認めるよう、というか、自暴自棄にでもなったかのように道端はズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。金色でゴテゴテに装飾されたそのスマホはハッキリ言って悪趣味としか形容のしようがなかったが。
 道端はそれをタッチし、軽く操作してからロジャーに向かって差し出した。

「その……、女だ」
「え?」
「その女が、全ての事態を」

 顛末までは語らなかったが、道端は力なくそう告げて疲弊しきったように床の一点を見つめていた。スマホの画面を見るロジャーに、緒川も一緒になって覗き込む。
 そこに映し出されていたのは、遠目ではあったがはっきりと分かる程、恐ろしいくらい美しい顔だちの女だ。振り返るようにレンズを見つめる、制服姿の美少女。女という表現がいささか相応しくない年齢なのかもしれないが、しかし少女と呼ぶにはどこか物足りない妖艶さが、画面越しにも伝わってくる。
 その制服姿に何故か緒川は一瞬、明歩の姿を重ねてギョッとした。しかし、顔も全く違うし、髪型も違えば何より制服も違う。――あれ? 何か既視感が? と、思うものの、女の顔はまじまじと見つめられない純情な緒川くんにはそれが『佐竹櫻子』という、いつの日か明歩と間違えて声をかけたあの美人だとは察しがいかないのだった。

「何でこんな、僕らとそう変わらないくらいの女の子にヤクザが従うんだい?」
「……お、俺にだって分からない。けど、俺は……とある会合で実業家だという男を紹介された。その男は極道ではなかったが、ホテル事業や投資、パチンコ店の経営で唸るほど金を稼いでいるという、俺達のような組織にとっての資金源のような存在でもあった。そいつが、その女を酷く気に入っていてな」
「愛人、かな」

 ロジャーはとても淡白に、あっさりと告げたのだが緒川は軽く衝撃を受けた。明歩や自分達とそう変わらないくらいの年代の女の子が、そのような世界にいる意味を分かりたくなかった。いくら童貞だのなんだのと言われつつも、流石にどういう関係であるのかは想像は出来る。考えたくはないけど。
 道端がロジャーの言葉にこくりと頷き、それから言った。

「この先の事は大体あんたらが想像している通りだよ。……分かるんだろう、ロジャー君とやら。これ以上、俺から引き出せる情報はない、俺はこの女にのめり込んだ。この女の為ならば何でもやるとそう誓っていたのさ」
「――んで、あっさり返り討ちになっちゃったわけね。ん〜、成程なあ」

 そこでロジャーがすくっ、と立ち上がった。踵を返し帰る準備を始める彼に、緒川が思わず声をかけた。

「お、おい。もういいのか? その女についてとか、女を紹介した相手についてとか掘り下げる必要あんじゃねえの?」
「いや、多分その男の言う通り。実業家とやらも、単なる悪事で金を稼いだっていうだけの、ロリコンで成金のクズ野郎だろうと思う――胸糞悪くて仕方ないけど、そいつを叩いたところで結果は今と同じに違いない」

 あっさり背中を向けていいものか躊躇したが、ロジャーがそう判断したのなら大丈夫なんだろうと緒川は思った。何事もなかったかのように事務所の扉を開くロジャーに、緒川も妙に心強い気持ちで後を追いかけた。扉を開いた瞬間、外にいたチンピラ達の顔色がまたサッと変わった。少しだけ開いて見えた室内で、ホセが気絶しているのを一瞬のうちに確認した彼らは反射的に起立していた。指先までをピシッと伸ばし、一斉に整列し、ロジャーと緒川に向かって何故か頭を下げているのだった。

「……、な、何だよ一体」
「あー、無視ね無視。……で、その女についてとやらだけどもね、僕も何となくには掴めたのさ。名前や学校や容姿や――」
「あの制服、画像で見る限りでは白曜だっけ。女子アナの出身校定番のお嬢様学校じゃん」
「女子アナだって、緒川くんってば何かやらしいわぁ」

 何でそーなる、と内心で突っ込みたくなったが緒川は苦笑を浮かべるだけにしておいて特に言い返さないでいた。

「そう。あの子の名前は――佐竹櫻子。そこまでは読み取れた、だけど人物像についてはまだハッキリとしたものが見えてこない。もう少し近づく必要がありそうだけど、今日の出来事もあるからいきなり話しかけるわけにもいかないからね」
「いきなり押し倒したりとかやめろよ、お前手が早そうだけどさ」
「あっははぁー。それは認めるけど残念ながら僕のタイプじゃないんだよなあ〜、あの櫻子ちゃんってコ。いや美人なのは美人なんだけどなーんかちょっと内面の悪さが滲み出てる子は駄目だ……って、冗談はこんくらいにしてだね。ともかく、周りから固める作戦で行くよ」
「――周りから?」

 尋ね返すと、ロジャーには何か策でもあるのだろうか。うん、と軽く笑みつつ一つ首を縦に振った。

「ま、その辺りは追って話すから。ところでさっきの緒川くん、かっこよかったねえ」
「え? さっきって?」
「あの最初のいかついドス持ったおっちゃんを倒した時もそうだけど、事務所内でコート着た強そうな人を瞬殺したのも痺れたね。うーん、流石だ緒川くん。惚れ惚れした!」
「そ、そうかい」

 おだてられてちょっとデヘヘ、と調子に乗ってしまう緒川だったが、すぐさまロジャーは笑顔のままで立て続けに言った。

「その勢いを恋愛にも回せたらいいのにねえ、そうすればあっさり童貞も捨てられそうなものなんだけどなあ〜」
「ま、まだそれを言うかこの野郎……り、理想の女に出会えてないだけだし……ていうか俺まだ高校生だし……今時そんくらい普通だし……」
「大体その明歩ちゃんってコには何もしなかったのかい? 今の君の姿を動画に収めておいて見せてあげたらきっとあっちから抱いてって名乗りを上げてくるさ」
「バッ……、あ、明歩はそういう目で見てねえっつうかあいつをそういう女として扱うんじゃねえよ! 明歩はそういう対象じゃねえから、あいつはもっとこうっ……」

 あーハイハイ、とめんどくさそうにあしらわれてしまったけど、実をいうと一回告白してものの見事玉砕した話だけはロジャーにはしていない。いや、もしかしたら彼はそれも既に知っているんだろうか? 分からないけど、そういえばあの時自分は明歩に告白なんかしちゃったけど、今思うとあれは正解だったのだろうか。恋心というものだったんだろうか。何か、今にして思えばだが、彼女には恋というよりも母親や姉や――まあ、家族に対する安心感だとか、あとはこう……年上の人へ求める優しさというか拠り所のようなものになってほしい。という、恋とはまた違う愛の告白、なような気がした。

 まあ、いずれにせよ、ひどくめんどくさい感情なのには、変わりないけど。