#6-3

 この『黒蜥蜴の館』は会員制の高級娼館である。……まあ当たり前だが、会員制――だなんて言って、まるでどこかのレンタルDVD屋のように書類への記入だけで簡単にひょいっと誰でも顧客になれるわけではなかった。客として認められるには多額の前金、及び念入りな年収と身辺の調査が行われ、更には身分の証明となるものを事前に全て預ける必要があった。まあ、簡単に言って『何かが起きた時の脅しのネタ』としてそういった情報を控えられるわけである。

 黒蜥蜴の館が抜きんでて高額なのには最もたる理由がある。一つは、女の容姿が総じて美しい。これはもはや大前提での話であり、理由として挙げるまでもないのかもしれない。女達は皆、容姿に優れているだけではない。同時に高い教養、話術や身なりに立ち振る舞い――喋り方から癖の一つまで、相手の好みと共に客が今どのような女性像を求めているのかを瞬時に察知し、彼らが望むままに完璧に演じなくてはいけない。
 ここで働く女達は皆、その術をある程度までなら演習や講習で事前に仕込まれる。しかし多くの客を魅了してゆくには天性の勘の良さや、持ち前の柔軟さなども持ち合わせていなくては残ってはいけないようであった。
 二つは、女達の年齢層である。国の法律が通用しないこの場所において、働く年齢層は幅広い。客達のニーズにこたえる為、といえば響きはいいのだが中には生理もまだ来ていないような年頃の痩せっぽっちの少女もいるのだから笑えない。十にも満たないように当時のスミルノフの目には映ったが、それを求めている人間も多数いるのが何とも恐ろしい現実である。少女達のまだ未発達な身体では、たった一回の性行為でさえ、内容によっては将来的に子が産めなくなる危険性を孕ませてしまう。が、客にとってはそんなものは関係がない。純粋な性欲だけではなく、単なる興味本位や破壊欲求で少女を弄ぶ者だって中には混ざっている。
 そして三つめが、先に話したような禁止行為の少なさにもあるのだろう。
 店側が完全禁止を敷いているのは薬を用いる行為と、ほとんどSMに近い過激な暴力行為くらいである。そしてそういったハードなものを望む人種にはまた別の場所を斡旋してやる事で、新たに顧客を得てゆくシステムでビジネスの幅を広げていく――、

 こんな場所に出入りできるのは当然、見合った稼ぎを持った連中しかいない。立場も役職も名誉も持った各界の大物が、自分の娘や孫、下手をすればひ孫ほどの年齢の娘とそんな行為に耽りに来る。ルールに背けば、見られたくはなかった恥部をばらまかれ、地位も名誉も全てを剥奪され引きずり降ろされる。当然の事ながらそんな事にはなってはならない、愛する家族や自分を信頼している部下達にそんな実態を知られていい筈がない。食らうのは重い実刑、刑務所暮らしは逃れたとしても社会的には抹殺されるようなものだ。

 ここに関わった時点でそんなリスクを背負うと知りつつ、客は皆この店へとやってくる。見えない魔力に操られ、身体を乗っ取られているかのようにふらふらとこの館へと足を運ぶ。多少値段を吊り上げようが、客足は遠のく気配をまるで知らなかった。
 しかし、スミルノフには信じられない。つきまとうその巨大なリスクを考えずにはいられないのだった。街の風俗店を経営するのとはまるでわけが違うじゃないか? 無許可の裏風俗ともまた違う問題だ。現代の日本に残存する、数少ない禁忌。タブー。触れてはいけない闇の部分――しかし、スミルノフは行為を終えて部屋から出てくる客の顔を見て考えを改めた。
 陶酔し切った、満足そうな男達の表情。性欲だけではない、また違う別の欲望を発散したかのような愉悦の顔。
 禁忌があるからこそ、彼らは踏み切ってしまうのだ。背徳のその向こう側を覗いた時に、そこから見える楽園がどれほど眩しいものであるのか。いかに美しく映るのか。殊更、甘い芳香を放っているのか――禁断の果実でも得たような、それまでにはきっと味わう事さえもなかった何とも言えない禍々しさと神々しさを知ってしまった以上、病みつきになってしまうのも頷けた。

 やってはいけない事、してはいけない事。倫理的に反するもの。行い。全ては生理的感情から起こりうる衝動。そしてそれらを抑えるのは人間の理性だ。感情と理性は反発し合う。どちらが優位に立つべきなのかは、最終的には我々に全てが委ねられる。

 だが――、理性は崩壊するからこそ面白い。
 甘い蜜の味を知ってしまった以上、我々は必死になるのだろう。たとえ幾人もの命を奪うような結果となっても、抜け出す事などは叶わないのだ。脳味噌が、細胞が、一度知ってしまった快楽の味を忘れるわけがない。引き返す事など出来る筈もないのだ。この闇は自分達が思っている以上に根深く、そして沈まずにはいられない。





「……急に消えてごめんなさい。でも、あの時は私にも色々とあって――」

 娼館を訪ねてくる客は毎日絶えず存在していた。足を運ぶのは何も女を求める男ばかりだと限った事ではない。
 館の所有者である女主人・スカーレットは多額の稼ぎとそれから数えきれない程の人脈を持っている。元々彼女がこの館を設立させここまで発展させたのは、無論彼女に投資してくれる人物がいたからだ。金の出どころについては詳しくは伏せられていたが、娼婦達の会話を偶然聞いたものによれば『スカーレットもまた××の愛人をしていた』『いや違う、●●の御曹司と……』と――まあ彼女自身の蓄えと、それからパトロンという奴らからいくらか出資してもらったのだろう。
 彼女自身が持つ妖艶さに多くの男は虜になり、気でも狂ったように彼女の言いなりになった。
 また容姿だけではなく、スカーレットは経営の手腕も相当なものであった。
 黒蜥蜴の館はあっという間に裏稼業達の者の間で噂となり、日本だけではなく世界各国の金持ち共が興味本位に集まってきた。スカーレット自身の美しさの評判も相まって、何より男だろうと女だろうと相手の心をとろかす彼女の手練手管・弁口の良さにスミルノフは間近で見て舌を巻いた。

 そんな彼女の元へと今日やってきたのは、地味な身なりをしていたがそれなりに綺麗な陰のある女だ。年齢にしてみれば、三十代そこそこの落ち着いた女性に見えた。女は化粧をほとんどしていないように見えたが、それでも雪のような肌の白さは分かった。スカーレットとは同年代くらいなのだろうか? 話し方や態度、互いの距離感から、友人同士のようにも見えた。

 スカーレットは膝を組み換えながら、すました目で客人の前に置かれたグラスに酒を注いでいた。

「でも分かってほしいの、あの頃の私は正常な状態ではなくて……」
「いいのよ。それよりも貴女が無事で良かったわ、それだけでも喜ばしい事なんだから別に怒りなんかしない。貴女は大事な友人ですもの」

 俯く女性に向かい、スカーレットは優しく微笑みかけた。女性はそれを待っていたと言わんばかりに、顔を上げ縋るような視線を投げかける。

「……スカーレット……」
「それよりもここに戻ってきたのには、何か理由があるのね? 話してごらんなさい」

 互いに酒には手をつけず、探り合いのような状態が続いていた。スカーレットは膝を組みながら、女の言葉を待っているようだった。女も女で、どこから話すべきなのか言葉を慎重に選んでいるようであった。
 幾分か落ち着かないように視線を彷徨わせ、しばしあってから固唾を飲んだようにして切り出した。

「――単刀直入に言うわ。お金に困っているの」
「あら、とてもそんな風には見えないわ。噂で聞く限り、貴女のご亭主様は相当に蓄えこんでいるそうじゃない」
「それは頼れないの、夫にばれたらどんな仕打ちに合うか……っ!」

 女が慌てて叫ぶと、スミルノフはその光景を傍らで見ながらあれやこれやと勝手に想像を浮かべてみた。不倫相手と揉めた、ギャンブル漬けになった、ホストや若い男に貢いでしまった、もしくは借金の肩代わりや負債を背負わされた……まあ様々な理由が考えられるが――スカーレットは小さく頷いてからどこか部屋の遠くを見つめるような動きを見せた。

「お願い……勿論、タダでとは言わない。仕事を斡旋してもらいたいの。スカーレットなら、いい条件の仕事も紹介してもらえるんじゃないかと思って……」
「それは勿論いいわよ。けど条件は?」
「――、さ、最低でも五百万は作りたいの」
「いつまでに?」
「今週の日曜――、」

 それを聞いて、スミルノフは今日が何曜日だったかと即座に考える。いずれにせよ、即金が作れてそれも高額なものと来たら身体で稼ぐ方向しかないだろう。

「あと三日しかないわね。という事は数をこなさなきゃいけないわ」
「主人に秘密で動きたいから、出来ればあの人のいない時間帯にこなせる仕事が好ましいわ。彼が家を空ける朝九時から夜の七時くらいまでで……」
「あらまあ、困ったネコちゃんだこと。その条件だと単なる『本番行為の店』だけでは済まされないわよ、そりゃああなたの器量ならばすぐにでも客をつける事も不可能ではないけど――」
「お願い……、お願いよ、スカーレット……私、どんな内容でもやるわ。今回だけでいいの、どうか私のワガママを聞いて欲しい」

 やがてめそめそと泣き始めた女に、スミルノフは何とも言えない心地にさせられた。この黒蜥蜴の館に来てからというもの、情緒の乱れた女を沢山見かける。こう毎日毎日、不安定な状態に晒された人間と否応なしに向き合わされてしまうとこっちの気も滅入ってくるというものだった。

「……ねえ、顔を上げてくれる? 友達の涙なんか見たくないの、私」

 フウ、とため息交じりに呟きスカーレットは落ちてきた前髪を掻き上げた。その姿勢だと、スカーレットの胸元に刻まれた『黒蜥蜴』のタトゥーの全貌がしっかりと見えた。

「私の商売については理解しているわよね。……そうねえ、ものの数時間でその額を稼ぎたいとなれば――やはり相応の覚悟が伴ってくるわ。この意味が分かるかしら? 世の中はとても広いの、ありとあらゆる趣味嗜好を持った様々な人間が存在している。人の数だけ性癖は無数に存在しているの」
「……」
「私の言わんとしている事が分かる? 欲求と煩悩は天井知らず、正常位だけでイケる人間ばかりだと思ったら大間違いだっていう事よ」
「――わ、分かっているわ。多少おかしな事をされても別に……」
「いいえ、全く分かっていないわ」

 泣き癖の残る声で訴える女の言葉を遮り、スカーレットが少し身を乗り出した。彼女の目つきがさっきまでと比べて、幾分か据わっているのが分かった。

「もう一度聞くわよ。覚悟は本当にあるのね? ないのならこれを飲み干して、礼儀正しく、友達のままこの話合いは終わりにしましょう。お互いに気分がいいままにお別れするのよ」
「…………」

 ひときわ長い沈黙。威圧されたように女が黙り込んだ。女は数秒、いや或いは数分――悩みに悩み抜き、やがて深いため息を吐いた。

「いいえ、スカーレット――仕事を……頂戴……」
「呆れたわ……一体何をやらかしたの、貴女って子は。そんなに頑固な娘じゃなかったのに」

 それほど事情が事情って事ね、と独り言のようにスカーレットは呟きソファーの背もたれに背を預けた。スカーレットは額辺りに爪の先を置きながら、静かに呟いた。

「分かった。けど本当に後悔はしないのね? 私は止めたわよ」

 その話し合いが済んだ頃には、周囲は闇が支配する時刻になっていた。室内に残されたのはスカーレットとスミルノフだけになっていたが、スミルノフはその空のグラスを片付け始めた。スカーレットは早速女の働き口のアテに連絡をつけているのか、電話を片手に、もう片手には葉巻を指の間に挟んでいた。

「――もしもし、アダ?……ええ、そうよ。仕事のお話し……多分何かの借金で手が回らなくなった哀れな主婦……そうねえ、年齢は私より一つ下ってところかしら。ええ、綺麗よ、私程じゃないけど……」

 さっきまでの神妙な調子からは一変し、スカーレットは笑いを混ぜつつ電話口の相手と語り合っているようだった。話はとんとんと進んでいるようで、その様子から言ってさっきの女性の仕事はすぐにでも決まるのであろう。

「悪魔? とんでもないわ、私は止めたのよ。それでもどうしてもって泣きながら頭を下げてくるんだからむしろ感謝してほしいくらい、うふふ――え、マージン? まあ、いつも悪いわねえ」

 電話を切るなり、スカーレットはつまらなさそうにその電話をテーブルに放り捨てた。

「アダの店を紹介してあげたわ。あそこなら一日でその額通り稼げるんじゃないかしら、彼女の身が持てば……だけれども」

 こちらから尋ねずとも、スカーレットは話し始めた。スミルノフは口の堅い男だ、それを知っていて彼女も言っているのだろう。スミルノフは何か答えるべきなのか幾分か迷い、それから結局その視線を降ろした。

「指を折られる、爪を剥がされる、歯を抜かれる、熱湯をかけられる、ソレ用に調教された犬に犯される――何をされるかは客の気分と思い付き次第。その場のノリで何をされるかは分からない。耐えれば耐える程、貰える金額は上がっていくシステムよ。だけどその分、要求される苦痛はより深いものとなる。……変態、悪趣味。悪魔はどっちよ、その言葉、そっくりそのままこっちが言いたいくらい」

 嘲笑うようにスカーレットは言い捨て、残りの葉巻を口へと運んだ。黙ってグラスを片付けていると、スカーレットは僅かに振り向いてスミルノフの背中に向かって話し続けた。

「スミルノフ、今日はアンネと共に街の警備に出てもらいたいの。娼館周辺はエリー達に任せる」
「……分かりました、終わり次第にすぐ向かいます」
「ねえ、スミルノフ」

 彼女はそこで言葉を切りソファーから立ち上がると、ヒールのかかとを鳴らしながら近づいてきた。すぐ背後で止まったその気配を認め、スミルノフは同じ姿勢のまましばし硬直していた。

「あんた、あの子とうまくやってる?」
「……は……?」

 意味深な言い方に顔をしかめてしまったが、スカーレットは肩を竦めて少し笑いながら言葉を続けた。

「アンネよ。あの子、何考えてるか私にも分からない事が多いの。丁寧で腰が低くて、主人に忠実な私の可愛い『柴犬くん』には変わりがないけれど、時々戸惑うわ」

 話しながらスカーレットは赤いネイルが施された爪の先でスミルノフの背中を辿った。その感触が妙にこそばゆいが、特に反応を示さないでいるとスカーレットは飽きたのかそれを止めた。

「あんたとあの子、結構年齢に差があるけどどう? あんたの目から見て。息子に接しているような気分? あんたの子どもも生きてたらあのくらいの年代じゃなかった?」
「――からかわないで下さいよ」

 苦笑い気味に一蹴すると、スカーレットは仰々しく肩を竦めてから口角を少し持ち上げつつ、また葉巻を口に咥えた。

「あら。気を悪くしたらごめんなさい。……でもスミルノフ、私貴方の事は目にかけてるつもりよ? これは何も私と年齢が近いから贔屓してるってんじゃないわ。貴方のその真面目で実直な人柄を尊重しているの、だから早いところ私のところにまで上がって来て頂戴。一日でも早く、そして多く実績を積んで残すだけでいい。私は貴方みたいな信頼できる片腕が欲しいのよ」

 一息に彼女は言い、壁に背を預けたままこちらを見た。ともすれば咳き込みそうな程の紫煙が、部屋中を満たしていた。スカーレットは先程、女性に出した酒瓶を手にしながらスミルノフの目をまっすぐに見つめている。
 自負するように、美しい女だ。だが、その美しい皮を剥がせば下には醜悪で薄汚い害虫じみた本性が詰まっている。欲望にとりつき、蠱惑的な言葉と笑顔を振りまいて人々を破滅へと追いやる――恐ろしい女だった。

「自分にはありがたいお言葉です」
「……どう、少しだけ飲む? ウイスキーは悪酔いしにくいのよ」
「いえ、仕事中ですから」
「本当に真面目な男ね」

 半ば嘲笑の入り混じったような笑顔で言うと、スカーレットは酒瓶を傍らに置いた。わざと見せつけるようにしていつも開けた胸元から、トカゲを模した刺青が覗けている。変な下心は抜きにして、自然と視線はそこへ釘付けとなる。

「じゃ、話を戻すわ。スミルノフ、仕事熱心な貴方だからもう知っているとは思うのだけど、最近街で『異変』が起きている事については?」

 スカーレットの赤い唇が艶めかしく動いた。

「全貌についてはまだ把握していませんが、妙な事件の噂は耳にしました。……何でも全身の皮膚が溶けた奇妙な肉塊が街を徘徊していると」
「……そっ、溶解人間クン。ドロッドロのグッチャグチャにとろけたつゆだく男、通称“メルティングマン”。……どう? 知っているのはそこだけ?」
「ええ、まあ」
「そいつが只うろうろしているだけなら、まあ話題集めになっていいかもしれないんだけどね。生憎だけど問題はそこじゃないの、そのつゆだく男が人を襲っているという部分が肝心」

 それは初めて耳にする話だった。
 遡る事、一か月前。そいつが初めて目撃されたのは、酔った街の女が路地裏で嘔吐していた時の事だ。近づいてくるその物体に、初めは何か変な男に拉致されるかもしれないと思ったそうだがその全貌が見えた瞬間、また違う恐怖が彼女を襲った。

 近づいてきたその『影』は全身の皮膚が何かの液体でも浴びたように爛れ落ちていた。顔のパーツもほとんど判別できない程に、その皮膚はめくれ上がり爛れ、肉が露出しておりまるで肉塊が歩いているようだったという。
 当然それは酔っ払った彼女が見た単なる見間違いという形で処理されたようで、スミルノフもそうだろうと結論付けていた。その数週間後、街の裏通りで腹を裂かれて臓物をクチャクチャにされた中年男性の遺体を街の清掃スタッフが発見したのを皮切りに、間を置かずして三人が犠牲になった。被害者に接点はなく、皆年齢も職種もバラバラだったのだという。

 まさか関連性のある事柄だとはスミルノフ含め誰しもが思っていなかった。
 同業者の嫌がらせや、街の存在を疎ましく思う連中の仕業なのか、それとも――兎も角、スカーレットも本格的に調査に身を乗り出す事に決めたようだ。

「目的があるのかないのか分からないけど、そいつは半狂乱にでもなっているのか見かけた人間を老若男女問わず見境なしに襲い、殺して回っている。顔半分がなかったり、腹部から腸が引きずり出されていたり目を背けたくなる光景よ。殺した後も執拗に甚振った形跡があるの」

 その言葉を聞き、先程拷問クラブに送られた女の事を思い出した。彼女も同じような目に遭わされるのだろうと考えると(勿論命の保証はあるが)強烈な矛盾が頭をもたげた。
 が、当然それをおくびに出すわけにもいかずスミルノフは無表情を保っていた。

「被害者の中にはこの館の顧客もいたわ。そのうち、客だけじゃなく“売り物側”にも被害が出てくる事も懸念されている。この事件については拡散される前に秘密裏に処分しておく方が得策だと思われるわ。……貴方でさえ細部を知らなかったのは、つまりそういう事よ」
「――表沙汰になる前に消したいという事ですね」
「その通り。妙な噂が流れて客足が遠のかないようにね」

 これ以上金づるを奪われる前に早々に仕留めろ、という事か――スミルノフは返事する代わりに小さく頷いた。スカーレットの唇が微笑みの形に歪められた。彼女の手が肩にそっと置かれた。

「……早いところ結果を残してくれる事に大いに期待しているわ、スミルノフ」