でもまあ、善意とは基本、押し売りするものだと魔術師は言っていた



「最後のわがままだと思って、許してね」

ーー令呪をもって命ずる。新しいマスターたちに手を貸してあげて

 こんな指示に令呪の効き目などないとわかっていた。わかっていたからあえて「令呪をもって命ずる」と、そう告げた。別れの挨拶の代わりに、そう。
 わたしにしてくれたように、新しいマスターたちにも。
「もちろんです」と高らかに答えてくれたサーヴァントがいた。苦虫をつぶしたような顔をするサーヴァント。何も言わずに去っていったサーヴァント。なぜか、わたしを抱きしめつぶしたサーヴァント。
 そのとき、つくづく自分は非力なマスターなのだと思い知ったのだ。



 そういうわけで非力なマスターだったから、今この現状に頭がついていかない。

「やあ、長旅ご苦労さま。疲れたろう。まあグランドキャスターレベルになると2秒で到着するんだけどね、ここまで」
「すみません、部屋間違えました」



 都内某所、人通りの多い大通りから裏道に入り、人はまばらになる。緩やかな下り坂は銀杏並木になっていて、その突き当たりにひっそりとかまえるアパルトマンが、カルデアの用意してくれた新居だ。
 白を基調とした木造のアパルトマンで、華美な装飾はなく、年季が入っている分落ち着いた雰囲気の1DKだと聞いた。
 実際に到着してみると、独り身の住まいにしては庭が広く、都内とは思えないほどの緑緑緑。そして緑。というかただ単にあまり手入れがされていないだけのようで、一面のねこじゃらしがのびのびと育っている。

「で、」

 どういうことかと問いつめた。
 相変わらずファンサービスに貧しいなあと魔術師は言うが、空き巣かストーカーか。この夢魔のやっていることはそこらへんだ。誰もいないはずの新居に、見慣れてるけどそれはそれとして怪しい男がいれば頭も抱えるし言葉もなくす。
 マーリン。グランドキャスター。夢魔。宮廷魔術師。
 今さら語ることなどあるまいが、建前上ひとつだけ言っておけばわたしの仲間であったキャスターだ。かつて彼はわたしを「マスター」と呼び、ともに戦った。

「なんでいるのってことですよ」
「そうカリカリするものではないよ。純然たる善意さ。君の記念すべきお引っ越しを手伝ってあげようかと思ってね」

 マーリンはまだ何もないまっさらな部屋を転々と歩きながら言った。

「手伝い?」
「だって君、何も持っていないだろう」

 “何も持っていない”。その言葉が嫌に響く。だが如何せん正しいし、事実なので何も言い返せないのだが。
 マーリンが窓際の桟に触れた。すると観賞用の小さな花がポンとそこに現れ、置かれた。

「よっ、と」
「わ」

 マーリンがどこかに触れるたびに、つぎつぎと花が置かれていく。赤、黄色、青、ピンク。煉瓦の鉢植えに収まった可愛らしいインテリアだ。
 次に少し時間をかけて窓枠に触れると、どこからともなくカーテンが現れた。レモン色に小花柄の布地と、白いレース。まるでもとからそこにあったかのように、すまし顔で風に揺れている。
 それから次々に、ベッドにシーツ、ラグ、本棚、キャビネットと、おとぎ話の魔法使いのようにひとしきりの家具を置いていった。おかげで新居は無機質なマイルームとは大違いの立派な部屋だ。

「それじゃあ最後に、私からの引っ越し祝い」

 窓の外を眺めながらマーリンは「来てごらん」と言う。わたしも窓から顔を出すと、さっきまで荒れ放題ねこじゃらし放題だった庭が、一面の花畑に変わっていた。

「わあ! わあ!」

 様々な色と、様々な形と、皆が一斉に風に吹かれ揺れている様子を上から見ると一層見事だ。
 隣のマーリンを見上げると、彼もまた満足そうに外を眺めていた。

「うんうん、あの花たちも君のことを歓迎している」

 引っ越し日和だねえとわらった。





「さて、そろそろかな」とマーリンが言ったのは、夕方に差しかかった黄昏時の頃で、花畑を飽きずに堪能していたわたしはその言葉をほとんど聞き流した。
 すぐに背後でヒュンッと音がした。そのヒュンッがとても聞き慣れたヒュンッだったので思わず身体が強ばる。
 そんなはずない。そんなはずは、ないんだけど。おそるおそる振り向いた。

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャン! ……む。ちと古いか? まあ良い。久しいなあ立香! 忘れたとは言わせんぞ! わしこそが第六天魔王、織田信な」
「すみません、部屋間違えてます」



(02.その行く末に、晴れ渡った青空があることを祈っているよにつづく)