煉獄/宇髄天元の末の妹は人が殺せない
最初に人間を殺したのは、齢二桁も満たさぬ頃だった。
それは自分の生まれた家では慣例であり、これから忍びとして育てるに足りるかの篩ふるいでもあった。
俺には七人の弟妹がいたが、どの弟妹も例外なくこの試練を受け、突破してきた。
「…操?」
「どうしよう、天元おにいさま」
だが、末の妹は人間を殺せなかった。
末の妹は名を操といい、歳は俺の八つ下で、俺と母親が同じこともあり顔立ちはよく似ていた。
俺の家は家族と言うのもはばかれるほど、縁の薄い家だった。
忍びの家であるのだから当然といえば当然で、兄弟ですら心を許さず、そもそも許す心すら持たず、ただ黙々と修行と”仕事”を繰り返す。
操と俺の関係も言うまでもなく、所謂家族とは到底かけ離れたものだった。
しかし、それでも他の弟妹よりは会話もするし、俺自身年の離れた末の妹を可愛がる心は多少は持っていた。
操が試練を突破出来ずに帰ってきたその日、操は家長である父親に報告に行く前に、俺の元にやって来た。
涙に濡れた顔を歪ませて、右手に綺麗なままの刀を持ちながら。
「どうしよう、どうしよう天元おにいさま」
「落ち着け、どうしたんだ」
「どうしよう、どうしよう、殺されてしまう、わたし、おとうさまに殺されてしまうよう」
わんわんと子供のように(間違いなく、彼女は子供だった)泣き続ける操は、俺の膝に顔を埋めて肩を震わせた。
何よりも、操が恐怖していたのは父親からの暴力と死であった。
すぐに俺の部屋にやって来た父親に、操は引きずって連れていかれてしまった。
その時見たら彼女の縋るような目を、俺は忘れることが出来ないし、父親を止められなかったその事実を今も後悔して止まない。
隠とは、鬼殺隊において剣士と鬼の戦いの後処理を担当する専門の部隊である。
煉獄杏寿郎は、自分の見下ろす先でしゃがみこんで黙々と作業をする、女と思しき隠の姿をじっと見つめていた。
「あ、あの、炎柱さま?」
「む!どうかしたか!」
隠の女はしゃがみこんだまま煉獄を見上げていた。
黒布の隙間から、きりりとつりあがった目元に、紅玉の如き瞳が煌めいているのが覗き、煉獄はこの女は美しい女だと、心の中で頷いた。
「あまりにも熱心に見られるので、何か御用かと…」
「それはすまなかった!流石の手際だと思ったものでな!君、齢はいくつになる?」
ぱしぱしと、長いまつ毛がはためくようだ。
そのまつ毛は真珠色をしていて、きらきらと光を反射する。
そこで煉獄は、はて、知った色合いだなと首を傾げたが、この隠の女が自分の任務の後処理に何度か就いているせいだろうと思うことにした。
「齢は十五になります」
「ほう!そうだったか!なに、よく任務先で見かけるのでな、いつもご苦労!」
そう煉獄が声をかけると、その隠は苛烈な程の瞳の輝きとは対照的に、ゆるりと蜜が溶けだすような温い笑みを浮かべた。
「炎柱さまのお役に立てているようなら、光栄です」
ごくりと無意識に喉がなる。
煉獄はほぼ無意識に、その隠の泥に濡れた手をとった。
「え?」
「可憐だ」
間の抜けた隠の声に続くように漏れた炎柱の言葉に、その場は凍りついた。
幼少期を棒に振ってしまった妹に、ド派手に幸せな人生を。
それが宇髄天元の人生をかけた目標である。
最低限この俺に準ずるいい男で、財力を持つような男。
そして自分も言えたことではないが、いつ死ぬか分からない鬼殺隊の男は言語道断。
これが宇髄の考える妹の亭主候補としての最低条件だった。
そのつもりがこれはどうしたことかと、宇髄は目の前に立つ煉獄杏寿郎という男に顔を顰めた。
煉獄杏寿郎は、宇髄からみても実に気持ちのいい男である。
「操殿との交際を許して欲しい」
彼への認識を改めるべきかと悩んだ。ビキビキと額に血管が浮く。
宇髄は、できるだけ笑顔を保てるように務めた。
「…手前がうちの妹知ってるとは驚いたぜ。ところで件の妹は今隠として仕事に出ている訳だが、そういうのは一緒に俺に報告に来るもんじゃあねえのかい」
珍しく宇髄の家を尋ねた煉獄は、
そのぎょろりとした目をそのままに快活に笑っている。
「当然だ!まだ俺と操殿は恋仲では無いのでな!」
この言葉に、宇髄の海のごとく広い器も限界を超えた。
「つまり手前が懸想してるだけじゃあねえか!
手前のような男に妹をくれてたまるか!許して欲しいと言うなら妹を心底惚れさせてから出直してこい!」
このあと帰宅した妹に、炎柱に食事に誘われたという相談を受けて宇髄は頭を抱えた。
宇髄 操
天元の末の妹。人を殺せなかったために父親からの当たりが強かった子。
里を抜けたあと、兄の心配を押し切り隠になる。
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