後日談

 あっ、と冷や汗が出た。目の前には太すぎる横画が書かれた半紙。隣にあるお手本と見比べても、明らかに三倍くらいは太い。この一画だけが不自然に太くなってしまったせいで、それまで書いていた字のバランスも歪に見える。ふと机に突っ伏したくなる衝動に駆られた。

「ああ〜〜、またやり直しだぁ……」

 信じられない、せっかく上手くいってたのに! 恨みがましい私の嘆きがその場に響いたけれど、別に誰を憎んでいるということもない。強いて言うなら筆運びをしくじった過去の私か。ぐ、と歯噛みして悔しがるのは今の私。ついでにその視界には、お構いなしに仕上がった作品を提出する部長の姿がある。ちらりと見えた彼女の書は、ほれぼれするくらいしなやかだった。私のへなちょこ文字(極太)とは大違い。自分で比較していて悲しくなってくる。

 泣く泣くやり直すために半紙に手を伸ばした時、頭上から声が降ってきた。あら、もう一枚書くんですか、なんてきょとんとしたような声色。ムッとした顔を向ければ、興味深そうにこちらを見つめる部長が立っていて。だって失敗したんだもん、と件の書を見せれば、彼女は表情を変えて吹き出した。

「ひどい、そんな笑わなくてもいいじゃん」
「すみません、でもこれは……ふふっ。墨をつけすぎているのでしょうね、ふふふっ」

 多少凹んでいる時に笑われれば、少しは反抗もしたくなるもので。すぐさま抗議するや、謝罪が笑い半分で返ってきた。さりげに失敗の原因を指摘していくのが彼女らしい。にしても笑いすぎだとは思うけど。

「はあ〜……まあいいや。とりあえずもう一枚書くから、ちょっと待ってて」
「ふふ、分かりました。貴方の納得いく字が書けたら教えて下さい」

 しかしまあ、いつまでもふてくされていたって仕方がない。自分が書かない限り、傑作も失敗作も生まれないのが書道だ。ならば私がすべきは、ただただ筆を走らせること。

 こってきた肩を回して、よーしと気持ちを切り替える。硯を洗う部長に声をかければ、柔らかい返事が一つあった。私が書き終えるまで待っていてくれるようだ。

 それならなおさら、真面目に文字と向き合わなければ。毛氈が敷かれた机に向かう姿勢を正してみる。紙を文鎮で留めて、左側に手本も完全装備して、いざ一画目。墨の量に気をつけながら、私は半紙へ縦画を引いた。