【――では、極東エリアのデュエルチャンピオンWさん、ファンの皆様へメッセージをどうぞ】
【ファンサービスは僕のモットーですから! ファンの皆様からの挑戦をいつでも待っていますよ】


 テレビの中で薄っぺらな笑顔を浮かべる同居人を見ていると変な気分になる。それでも、その薄っぺらい笑顔に騙される女は果たして何人いるのだろう、とリディアは嘲笑った。
 ……が、実のところリディアがやっていることも大差はない。リディアもリディアで、偶像――アイドルという仮面を被り、笑顔を貼り付け、世間を惑わしているのだから。そのことを思い出したように、リディアは自嘲気味に笑う。

 テレビの中で笑う彼の名はWといった。一年ほど前に極東エリアのデュエルチャンピオンとなった男だ。
 しかし同居人のリディアにとってはそんなWはただの化けの皮でしかなく、本来のWはそんなに紳士的な人物でないことを、リディアは知っていた。


「今帰った」
「おかえりなさい、トーマス」


 ガチャリという扉の開く音と聞こえた声に顔を向ければ、そこにいたのはテレビの中の人物と瓜二つの存在がいた。否、確かに同一人物ではある。が、その顔にテレビの中のような笑顔は浮かんでいなかった。
 声も幾分か低くなり、言葉使いも粗暴なものになっている。ついでに、リディアが呼ぶ名もテレビの中とは違うものになっていた。
 リディアの言葉――具体的にはトーマス≠ニいう固有名詞を聞いた彼は怪訝そうに眉を顰めた。


「……今の俺はWだ、Z」
「やぁね、いいじゃない二人きりなんだし。……あたしはリディアよ。Zだなんて、アイドルやってるときの……そして復讐鬼としての名前なの。
 ……せめて、二人の時だけでも……外面を忘れて、昔のように話しましょう? ねえ、トーマス」
「……リディア」


 渋々、といった感じで名前を呼んだW――この場に限っては極東エリアのデュエルチャンピオンではなく、ただ一人の男に戻ったトーマスはリディアの名前を呼ぶ。
 ありがとう、と微笑んだリディアはそれまで座っていた椅子から立ち上がった。トーマスがおい、と声を掛けると一瞬振り返り、微笑む。リディアはそのままその場を後にしたが、トーマスは気にも留めずにソファへ座り込んだ。

 程なくして、リディアが部屋へ戻ってくる。その手には二人分のティーセット。
 リディアの姿をちらりと見たトーマスは、やはり気に留めず「ん、」とだけ呟き、ソファの前にあるローテーブルを指差す。リディアもまた何も言わず、無言で口元に笑みを携えてお茶の準備を始めた。
 その様子を見て、トーマスがぼそり、と言葉を落とした。


「お前のその笑顔に、何人のやつが騙されてんだろうな、リディア」
「……それは、トーマスもでしょう?」


 さらさらと砂糖を紅茶へ溶かしていく。揺れる水面に映るリディアの顔には、笑み――否、表情という表情すら浮かんでいなかった。
 無表情。たまの瞬きがなければ人形と見まごう程端整な顔立ちは、美しさと同時に狂気を孕んでいるようにも見えた。

 リディアの視線がトーマスの瞳を射抜く。よく似た色をしている二人の瞳は、酷く冷たかった。この目のせいで二人はよく兄妹或いは姉弟に間違えられることが多々あったが、そんなことはない。本当に兄妹或いは姉弟だったとしたなら、リディアはこんな思い≠抱くことも無かっただろう。
 思わず、リディアは言う。


「……ナンバーズ集めのため、そして復讐のためとは言え、とても虚しいことをしているわね、私たち」
「……」


 トーマスの答えが返ってくることは、なかった。




(……トロンから連絡があったわ)(まったく、ナンバーズ集めも楽じゃない)


2014.10.10 執筆

僕らが生きた世界。