リディア・フロンティーナとトーマス・アークライトは兄妹、或いは姉弟ではない。
 幼い頃、リディアの父母が逝去した。研究者だった父母は実験の中で、同時に命を落としたらしいが──リディアは詳しいことを知らない。当時のリディアは2歳にも満たない赤子で、そんなことを知るはずもなかったのだから。
 赤子だったリディアは、父母の同僚だったバイロン・アークライトに引き取られた。そこからリディア・フロンティーナとトーマス・アークライトの交流は始まる。
 血は繋がらない、同じ屋根の下で暮らす赤の他人。それでもリディアは、トーマスや他の兄弟らと仲良く暮らしてきた。

 しかし。
 アイドルZとデュエルチャンピオンWは兄妹である。そういう設定になっている。
 同じ屋根の下で暮らす家族のようなものである以上、行動を共にすることもよくある。そういうところを誰かに見られて、何でもないのにマスコミに変に勘ぐられてもいけないから、という上の判断だ。
 Zはそれを受け入れた。Wがどうかは知らないが、とにかく今はそうなっている。

 だから、こういう現場になるのもままあることで。


「しかしねえ、Wくんのようなデュエリストがお兄さんだと大変でしょう、Zちゃん?」
「いえ、とても良くしてもらっておりますよ。まだまだ拙いデュエルの指導もしてくれるし……でも全然追いつけなくて、流石だなってよく思うんです。……ねっ、Wにいさん?」
「そんな、僕なんてまだまだ……Zこそ飲み込みが早くて、うかうかしていると追い抜かされてしまいそうで戦々恐々としているんですよ。極東エリアのデュエルチャンピオンとしての威厳はまだ保てている、と思いたいですね」


 リディア・フロンティーナとトーマス・アークライトは、いっそおぞましいまでの微笑みを顔に貼り付けて──アイドルZとデュエルチャンピオンWとして、目の前にあるカメラに己を映している。不自然さを微塵にも感じさせないのは、きっと二人の演技力の賜物なのだろう。

 深夜番組の収録。それが二人の置かれている現状だった。
 深夜枠での放送ではあるが、そこそこ人気で特番の時はゴールデンタイムに進出することもある、知名度の高い番組だ。リディアもレギュラーというわけではないが、何度か呼ばれたことがあった。主な内容はデュエルについてで、デュエリストアイドルなんて名乗っているリディアが呼ばれるのは当然と言って差支えはない。
 だが、何故この番組にこのタイミングで呼ばれたか、リディアは覚えていない。そういうものは打ち合わせの時に聞いているはずなのだが、ほぼ上の空で聞いていたせいで記憶から抜け落ちている。……が、予測を立てることは出来る。


「ところでWくん、今度の大会は……」


 そう、そうだ。今度この収録が行われているハートランドという地で、世界規模のデュエル大会が行われ、それに対するアクション要員として呼ばれたのだった。
 Wは確かそれに参加するし、妹という立場をとっているZもついでに呼ばれたのだろう。すなわちメインはWだ。Zも人気者ではあるが、この番組では何度が出ていて新鮮味がないだろうし、当然といえば当然か。
 そして、その大会の名称は──。


「ええ、ワールド・デュエル・カーニバル……でしたね。勿論、僕も出ますよ」


 ──そうだ。
 その名を反芻し、リディアは表情を強ばらせた。ちらとWを見ると、彼も彼で少しだけ笑みが固くなっている。
 とはいえ、それは二人とも一瞬のことだった。傍から見れば気づかれないだろう、そんな一瞬。事実、この場を仕切っていた司会者は何も疑問に思わなかったようで、淡々と話を進めていった。


(……気楽なものね、本当に)


 そんな内心の、リディアの呟きは誰に聞かれることもない。隣にいるWにすら、聞かせるつもりは無いのだけれど。


「目指すは? 優勝でしょう、勿論ね」


 彼の瞳の奥にちりちりと燃えるほの暗い炎を見るに、きっと彼も同じことを思っているのだろうと確信した。そしてそれはおそらく、向こうもだ。





「テープチェンジしまーす」


 収録は滞りなく進んでいく。この業界に入って長いZだ、進行を手伝うのも容易いことで、結果として収録がスムーズに進むのは予定調和とも言える。
 テープチェンジ中は収録における休憩時間。兄妹水入らずで話したいこともあるでしょう、とスタジオの隅に置かれた椅子に二人で案内されてしばらく。ぽつり、と言葉がこぼれた。


「どうしてWが兄なんでしょうね、あたしの方が姉っぽくないかしら?」
「ああ?」
「声が大きい、聞こえるわよ」


 いくら二人で話していたり周りが騒がしいとはいえ、周りにはスタッフや出演者がいる。あまり大きな声を出すべきではない、と示してみれば少しだけ疎ましそうに睨まれた。注意されて拗ねるあたり、やはりZが姉の方がいいのではないか──とは思う。
 とはいえ、別に後悔をしているわけではない。普段は姉らしく振舞っている分、表向きには妹を演じるのはなかなかに楽しいのだ。それに──。


「……トロンがそう言った、それで十分だろ」
「……そうね」


 それを言ってしまえば、元も子もないのだけれど。
 Wの口からこぼれた家長の名前に苦笑いが浮かんだ。本当にこの人は、何処まで行ってもあの人のためなのだな、と思い知って──。

 がしゃん、と大きな音を立てて、目の前の機材が倒れた。
 と、同時に。


「────、」


 ぞわ、といやな冷たさが背筋を這う。倒れた機材の、その向こう側に目をやれば、虚ろな目をこちらに向けた女性が1人。……今日のスタッフではない。


「ふ、ふふ……ふふ……Z、ようやくZに会えた……ふふ、ふふふふ……」
「……Z、下がって」
「W……」


 Wが椅子から立ち上がり、手でリディアを制しながら前に出る。女の虚ろな目はWを映すこともなく、ただ真っ直ぐZを見ていた。
 だからこそ、リディアは分かってしまって。


「W、待って」


 制するために出されていた手を引っ張って耳元に口を寄せる。機材が倒れた音と侵入者に集まる部外者たちに、どうか声が聞こえないように、と。
 それに気づいたのだろう、Wも少し膝を折り、リディアの口元へと耳を寄せた。


「──No.ナンバーズの気配がする」
「────!」



(あたしの本分はデュエリストなんだけど)

僕らが生きた世界。