「あたしのターン」


 声の色が変わる。今までは多少変化があれど、アイドルとしてのZの声だった。
 しかし今のZの声はアイドルのものではなく、ただの一個人として発される、様々な感情の篭もった声だ。その中には、アイドルとして相応しくない黒い感情も。


「ドロー!」


 勝たなければならない。そんな強迫観念めいた思いがリディアを──Zを、普遍的な少女でも偶像としてでもなく、復讐鬼としてフィールドに立たせる。

 敗北の味を知らぬ訳では無い。可愛らしくか弱く戦うことを望まれるアイドルZとして、公衆の面前で負けることは何度もあった。
 だが今は違う。今はそのどちらでもない。故にZは勝たなければならなかった。

 普段のデュエルであれば、敗北から得られるものもある。それは経験であったり、実績であったりするものだ。
 しかし、このデュエルにおいては敗北から得られるものは何も無い。それどころか、失うばかりである。カードも、名誉も、己という確実性さえ。

 だからZはこのデュエルに名実ともに命を賭す。敗北の先の無を悍ましく思い、後方の崖から踏み外さぬようにと足を地に縫い止める。
 どれだけ無様であっても。どれだけ惨めであっても。それほどまでに、Zには敗北が許されない立場だった。

 手に取ったカードを一枚、デュエルディスクに叩きつけるようにセットする。その姿は到底アイドルには見えないだろう。


「あたしは魔法カード《童話世界の招待状》を発動!
 このカードは私のLPが3000以下の時にのみ発動可能なの。今のあたしのLPは3000丁度だから発動出来るわね?」
「…………」
「《童話世界の招待状》の効果。発動したプレイヤー……つまりあたしはデッキから《童話》と名のついたモンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する。この時のモンスターは攻撃力、守備力、レベルの全てを問わないけれど、ターンの終了時にフィールドに存在する場合、デッキに戻ることになるわ」


 ソリッドヴィジョンに映し出された《童話世界の招待状》のカードが一枚の手紙へと形を変える。それはソリッドヴィジョン上でZのデュエルディスクにセットされたデッキに滑り込む。
 その一瞬後、まるで案内されたかのようにデッキからカードが一枚飛び出し、Zの手の中に収まった。


「来なさい、《風雪童話姫 ブランシュ・ネージュ》!」


 高らかと宣言しながら、手に収まったカードをディスクにセットした。
 しん、と世界が静まり返る。ディスクがエラーを吐いたのか、或いは──などと無粋なことを周りが考え始めた、その瞬間だった。
 立っていられないほどの冷たい風が吹き、視界が真白になるほど吹雪く。ソリッドヴィジョンによって生み出された映像であると頭では理解していても、その錯覚の冷たさはその場にいた人々の足先を、指先を凍てつかせていく。
 しばらくして真白の吹雪が止む。いつの間にか、フィールドには純白の髪を靡かせた、碧眼の美しい女性が立っていた。

《風雪童話姫 ブランシュ・ネージュ》
☆4
ATK 1800
水属性 天使族


「《風雪童話姫 ブランシュ・ネージュ》の召喚時、あたしはLPを払うことが出来る。……まぁ、払わなければ破壊されてしまうから、払うのだけれどね。そういうことで、あたしはLPを1000払うわ」


Z LP3000→2000


「はっ……、馬鹿馬鹿しい、あなた、私の攻撃をくらってないのに、もうLPが半分しかないのね……!」
「そういうコンセプトのデッキなのよ、あたしの《童話》デッキは」


 だって、と付け足して、嫣然に笑む。艶めいたその微笑みは、アイドルZのイメージとはかけ離れていた。
 か弱い可愛らしさなど微塵もない、そこにいるのは女王のように優美なる存在。今までの立ち振る舞いは全て児戯だったとでも言わんばかりの、底冷えする美しさが君臨している。


「最初から最後まで、緩急なく平和な童話なんて、ほのぼのはするけれど楽しくないじゃない?」
「……っ!」


 ぞわ、と、嫌な寒気が、その場にいた者の背に這う。


「シンデレラが支持されたのは何故? 可哀想な女の子の逆転劇だからでしょう。
 人魚姫が支持されたのは何故? 愛しい人を殺せず身を投げた純愛の物語だからでしょう。
 白雪姫が支持されたのは何故? 林檎の呪いを口付けで解いた奇跡のお伽噺だからでしょう。
 ヘンゼルとグレーテルは? 赤ずきんは? いばら姫は? ラプンツェルは? 銀河鉄道の夜は? ──この世は、そういうもので出来ているの」


 女王≠ヘ笑みを絶やさない。妖しくも魅力的なその美しさは、その場にいる者を虜にする。
 ──ただ一人を除いて。


「……デッキ構成でNo.のランクの目処をつけたか。ったく、なんだったんだよあの顔は」


 誰に聞かれることも無くWが呟いている。それを片耳に入れながら、しかし返答をすることはない。その代わりに一度だけそちらに視線を送れば、彼も彼でカメラの前ではしそうにない悪どい笑みを浮かべていた。
 ほんと詐欺師まがいね。口の中で呟きかけた言葉に苦笑いを零した。詐欺師まがいに人を騙し魅了しているのは自分もだと言うのに。


「《風雪童話姫 ブランシュ・ネージュ》がフィールドに存在し、あたしのLPが2000以下の時、効果の発動が可能となるので、あたしは《ブランシュ・ネージュ》の効果を発動するわ。
 フィールド上に存在する全てのモンスターの攻撃力を相手のターンの終了時まで、召喚時に支払ったLP分──すなわち1000下げます」
「な……っ!」
「《ティタニアル》には植物族をリリースすることで対象を取る効果を無効化し破壊する事が出来る効果があるけれど……、《ブランシュ・ネージュ》の効果は対象を取らないから、使えないわ。
 《タレイア》は植物族を効果破壊から守る効果があるけれど、《ブランシュ・ネージュ》の効果は破壊ではないから無意味ね?」
「あなた、どこまで、把握して……ッ!?」
「大方、よ」


ティタニアル 攻撃力2800→1800
タレイア   攻撃力2900→1900

ブランシュ・ネージュ 攻撃力1800→800
アリス(守備表示)  攻撃力1000→0


「そして、《童話》のモンスターの攻撃力が下がったタイミングでフィールドにセットした罠カード《童話世界のハニートラップ》を発動!」


 デュエルディスクを叩きカードを起動すれば甘い香りがした。蜂蜜の匂いだ。後ろではその香りにWが顰め面をしているが、Zには関係の無いことだった。
 フィールドを見れば、表向きになった罠カードから黄金の液体が溢れだしている。どろりとした粘性を持つそれは蜂蜜に見える。


「フィールド上に存在する、攻撃力が下がった《童話》モンスターを一体選択し、そのモンスターの元々の攻撃力分、私はダメージを受けて──くっ」


Z LP2000→200


「……私の今のLP以上の攻撃力を持つモンスターを、全てデッキに戻します」
「は……ッ!?」
「《アリス》以外の皆ね。この効果も対象は取らないから、残念だけど《ティタニアル》の効果は使えない。大人しくおかえりなさい」
「く……!」


 蜂蜜のような液体が、どろりと《ブランシュ・ネージュ》、《タレイア》、《ティタニアル》の体を覆っていく。
 対応に慣れていると言った様子の《ブランシュ・ネージュ》は特に何かをすることは無いが、《タレイア》と《ティタニアル》は少し慌てを浮かべながら、そのまま液体の中に溺れていった。

 液体が地面へと吸い込まれていく。その場に残ったのは《アリス》ただ一人だった。
 《アリス》はどさくさに紛れ手にしていたらしい液体を手に取り、それをどこからか取り出したカップの中へと沈める。


「では……いきましょう《アリス》。ここからが本番」


 くすくすと笑うZに、その場の誰もが見蕩れた。

 見蕩れてしまった。見蕩れてはいけないのに。魅了されてはいけないのに。
 そうなった以上、抗う術はどこにも存在しない。魅了され、堕ちて、自分の愚かさに気付かぬまま狩られるしかなくなるというのに。



(魅了されたら終わりだ)(もう全員あいつの童話の中なんだよ)

僕らが生きた世界。