「先攻はあたしが頂くわね。ドロー」


 Zは流れるような動作でカードを引いた。彼女の纏う裾の長い服がはためいて、まるでドレスのようにも見える。
 その場にいた全員──正しくはW以外の人間が目を奪われる。息を継がせる間もなく、Zは次の行動へ移った。舞踏会で踊るような身のこなしは、普段のアイドル活動の賜物だろう。
 そして──。


「……うぇ」


 アイドルらしからぬ顰め面をした。手札を見つめて数秒、肺の底から深い息を吐き出す。どうしたものか、と小さなつぶやきは誰にも聞こえない。
 暫く黙り込むと、流石にWも怪訝に思ったらしく後ろからの視線が痛くなってきた。


「……おい、どうしたZ」
「ちょっと……」
「まさか負けるなんて言いませんよねえ」
「……それはないわ」


 そこで敬語を使われても優しさとか微塵も感じない、と悪態をつこうとしてやめた。そんなことに気を回している暇があれば、この状況をどうにかすることを考えた方が建設的だ。

 負けるつもりはさらさら無い。Wを相手にするならともかく、そうでない相手に対しての敗北は許されない。
 そういう環境で育ってきた以上、Zに取って──リディアにとって、ではない──敗北は死と同義であるから、負ける訳にはいかない。
 だから負けない。Zという偶像は、そうして出来上がっている。

 だから今悩んでいることは別のことだ。Wだってそれくらいのことは承知しているはずなのにわざわざそう聞いてきたのは、嫌がらせなどではなくただの確認なのだろう。
 分かっている。分かっているとも。どれだけ醜くあろうと、どれだけ愚かであろうと、Zは、Wは、無様であっても、どんな手段を使ってでも──勝たなければならない。

 だからこそZは苦悩する。
 勝利は好きだ。敗北は嫌いだ。だが、それでも。


(──もう、戻れるわけなんてないのにね)


 自嘲気味に笑って、三枚カードを手に取った。それが彼女にとっての開戦の合図で、心を殺したという表現にほかならない。


「あたしはカードを三枚伏せてターンエンド」
「……なっ、にを! 舐めて、いるの!?」
「まさか。そんなわけないでしょう」


 綺麗な笑みを貼り付けて笑った。
 仮面のような笑顔だと、Wには思われているのだろう。それはZ──リディアがトーマスに対して思うことと同じだから、どんぐりの背比べもいい所なのだが。
 それにZが言ったことは本当だ。舐めている訳では無い。
 ただ、そう。Zの目的に合わせると、これが最善だと判断しただけだ。


「……まあいい、だったら! 後悔するくらい、蹂躙してやる……ッ! 私のターン、ドロー!」


 随分と敵意に満ちた目だな、と気づかれないようにため息を吐き出した。
 この仕事──人前に立つアイドルという仕事をしている以上、敵意や妬み、恨みだというものは何度も受けてきた。だからそれを受けることを今更悲しいと思うことは無いが、それでも辛いものは辛い。同じくらいの応援や愛を受け取っているとは分かっていても、それは確実にZの心を蝕んでいくのである。

 だがその上でZはその妬みを、恨みを、仕方ないものだとも思っている。Zが妬み恨みを受け取ると同じくらいに、相手は妬み恨みを感じている。
 それを表に発散し続けるのだって体力がいる。褒められたことか否かはともかく、そうすることも立派な感情表現で疲れることだ。
 故に、その感情に漬け込み、欲望を増幅させ、人間を利用しようとするNo.というカードたちに微かな怒りと哀れみを、それに操られる人間には憐憫を覚えてしまう。自分は、どうしてかそれに汚染されてしまうことが絶対にないから。


「私は手札から魔法カード《トレード・イン》を発動!
 このカードは手札のレベル8のモンスターカードを1枚捨て、デッキからカードを1枚ドローすることが出来る!
 私は手札の《桜姫タレイア》を墓地へ送り、カードを1枚ドロー!」
「……《タレイア》」


 顔が引き攣った。
 《トレード・イン》は今彼女が説明したように、レベル8のモンスターを墓地に送ることで効果を発揮するカードだ。つまりそれは、デッキにレベル8のモンスターがそれなりの数存在している、ということである。であれば、そのモンスター達が主軸となるデッキだということは十中八九間違いないだろう。


「手札から《ローンファイア・ブロッサム》を召喚」

《ローンファイア・ブロッサム》
☆3
ATK 500
炎属性 植物族


 根と茎が一体になったような体に蕾がついた、異様な姿の植物がフィールドに現れる。ゆらゆらと揺れるその姿はどこか愉快に見えなくもないが、Zの顔は顰められるばかりだ。
 《タレイア》を《トレード・イン》で捨てた時点で予想はついていた。《ローンファイア・ブロッサム》が出てきたことで確信した。


「《ローンファイア・ブロッサム》の効果発動!
 フィールド上に存在する植物族モンスターをリリースすることで、デッキから植物族モンスター1体を特殊召喚できる!
 私は《ローンファイア・ブロッサム》をリリースして──」


 蕾が開く。花火が打ち上がり、その火の粉が《ローンファイア・ブロッサム》自身を燃やした。燃え上がる炎の中の《ローンファイア・ブロッサム》は徐々に姿を変えていく。茎はドレスに、蕾は頭に。
 ──このデッキは、レベル8軸のハイビート植物族デッキだ。


「《椿姫ティタニアル》を特殊召喚!」

《椿姫ティタニアル》
☆8
ATK 2800
風属性 植物族


 現れたのは、植物の姫だった。
 椿のドレスを身に纏い、悠然と微笑む姿は植物のトップと呼ぶに相応しい。その見た目に違わぬ攻撃力も今のZの表情を歪ませる。


「ひ、ひひ……っ、予想どおりね!?」
「気色悪い笑い方するなよ、お前それでもアイドルか?」
「今のあなたには言われたくないわねWー!?」
「バトル! 《椿姫ティタニアル》でダイレクトアタック!!」
「ちっ……」


 カメラが仮に回っていたとしたら絶対にしない舌打ちをひとつ零す。Wと口論をしている場合ではない。
 デュエルディスクのボタンをひとつ押して、声を張り上げた。


「リバースカードオープン、罠カード! 《童話世界の停戦協定》! ……この流れではあんまり使いたくなかったわね、仕方ないけど。
 LPを1000払い、相手の墓地のモンスターを相手フィールド上に特殊召喚することで、相手のバトルフェイズを終了、その後あたしはデッキから《童話》モンスターを一体特殊召喚する!」
「……《童話》?」
「いつもと違うデッキで動揺してるわね、マドルチェ用の対策でもしていたのかしら? ……ま、いいわ。
 あなたの墓地から……えぇ、どっちも嫌ね……、……《桜姫タレイア》をあなたのフィールドに特殊召喚、あなたのバトルフェイズを終了するわ」

Z LP4000→3000


 相手のフィールドに桜の花が咲き乱れる。地を埋め尽くすその様はどこか異様にも見えた。
 木の上で咲くべき桜の花が、地中から湧き出るように盛り上がったかと思えば、その中から現れたのは桜の姫だった。《桜姫タレイア》だ。

《桜姫タレイア》
☆8
ATK 2800→2900(自身の効果によるステータス上昇)
水属性 植物族


「……ほんと、嫌ねこの並び。《童話世界の停戦協定》の効果、続き行くわ。
 あたしはデッキから《夢境童話姫アリス》を守備表示で特殊召喚!」


 Zのフィールドにまで侵食していた桜の花が現れたトランプの兵に切り裂かれる。拓いた道の真ん中に、金の髪をなびかせた少女が舞い降りた。夢を見るような、そんな曖昧な空気を醸し出している。

《夢境童話姫アリス》
☆4
DEF 1800
光属性 天使族


「……やっぱり、舐めている……!? 《タレイア》と引き換えに召喚したのが、レベル4のモンスターなんて……!」
「……駄目じゃない。レベルでモンスターを判断するなんて、素人のすることよ? ねぇ、W」
「なんで俺に振る」
「あら、いけない?」


 Wが本気で人と戦う時に使うデッキは高レベル低攻撃力のモンスターがメインデッキの大半を占める。レベルが高いモンスターはリリースというソースを使うことになるが、だからと言って決して攻撃力が高いモンスターばかりでないことをZは身をもって知っていた。
 だからこそ。低レベルであることも、高レベルであることも。ひとつの指針になるとはいえ、それですべてを判断するのは違うとZは考える。それですべててを判断されるのを厭う。


「バトルフェイズは終わったけれど。他にすることは?」
「……ターンエンド」
「あら、ないのね。では」


 上着の裾がたなびいた。それはカードを引いた勢いだったのか、それともヴィジョンが起こしたまやかしの風で出来上がったのか。
 いずれにせよ、その姿がどこかおぞましいものに見えたのはこの場にいたW以外の人間の共通認識で、だからこそZは嫣然と微笑んだ。


「あたしの国へ、招待してあげましょう。哀れな人間、愚かなNo.!」




(あれは偶像っていうより畏怖の対象だ)(知ってるのは俺らだけだろうが)

僕らが生きた世界。