──少女は夢を見た。
 それはあるはずのない、しかしはっきり見た覚えのある記憶。
 とてもとても遠い昔の、果てのない物語。

 そこに有るのはカオスとコスモ。
 二つは何日も何日も戦い続け、そして──






「……さい、起きなさい美夜、学校遅れるわよ」
「……はえ?」


 ぱちり。
 美夜は目を覚ます。最初に目に映ったのは鮮やかな金色の髪の毛だった。
 それは紛れもなく自分の母親――プロデュエリストと名を馳せている存在、美咲のもの。
 それを理解した途端、先程までの光景は夢だったのだと気づく。
 呑気にふあぁ、と大きなあくびを落とした美夜は寝惚け眼のまま口を開いた。


「えへー……おはようお母さん」
「おはよう。ほら、早く支度なさい」
「んぅ、今何時ぃ……?」
「七時半」
「……っ!!」


 時刻を聞いた途端、美夜の頭はフル覚醒。
 七時半? 家を出る時間はもうすぐではないか。化粧なんて洒落たものはまだする必要はないが、身嗜みは整えたいのに!
 両親がプロデュエリストということもあり、人前に出ることは同年代の友達よりも遥かに多い。故に身嗜みは美夜にとっては死活問題だった。


「な、あ……っどーして早く起こしてくれなかったの!?」
「ずっと起こし続けてるわよ……それでも起きなかったのは貴女でしょう美夜」
「ううう、ボクのばかぁ……」


 怒りの矛先を自分に向けたところで遅刻寸前に変わりはない。慌ててベッドから飛び起き、見にまとっていた寝具を脱ぎ捨てる。
 やれやれ、と言いたげな顔で美咲は寝具をまとめていたが、美夜は今それに感謝する暇もない。


『ンフフ、相変わらずのお寝坊さんだネ? マスター』


 ふわり、浮いて出て来たのは紫の髪を靡かせた麗しい男。その身体は背景を透かし、その言葉通り足が地についていない。
 その数々の特徴は、本来ならば見えるはずのない存在だということを示しているようだった。


「うっさいスオルピオーネ! 君もそういうくらいなら起こしてくれたっていいじゃないか!!」
『ンフフフ、そうしたいのは山々なんだけれどねエ……、そっちの世界に干渉出来ないんだからしかたないだろウ?』
「この……ッ」
「スオルピオーネ、美夜、仲がいいのは良いことだけれど、早く行かないと本当に遅れるわよ」
「あああもう……っ!!」


 ドタバタと騒がしい音を立てながら準備を始める美夜。
 その姿を悠然と見つめていた、スオルピオーネと呼ばれた青年はふふふと笑って――消えた。


 デュエルモンスターズ。
 それはこの世界で大ヒットを記録したカードゲームのことである。
 美夜はそんなデュエルモンスターズに魅了されたものの一人であり、また、母美咲はデュエルモンスターズのプロデュエリストであった。余談ではあるが、父も、だ。
 デュエルディスク、ソリッドヴィジョン、D-ホイール、そしてDゲイザーとARヴィジョン。様々な進化を重ね続けたデュエルモンスターズは、この世界において、とても大きな権力を持っていた。

 そんなデュエルモンスターズのカードの中には、精霊が宿っていることがある。
 それ自体はなんら珍しいことではない、というのは美咲談。それを視ることのできる存在が少ないのだと、美咲はそう語っている。そして、美咲も美夜も"視"える人間だった。
 実際、"視"えている美夜からすれば精霊たちはあちこちに、気まぐれに存在している。自由に世界に現れたり消えたり、デュエルを楽しんでいる様子も見える。
 だが、一般の人はそうではない。ARヴィジョンという仮想空間のみでそれは映像として現れる。映像として現れたそれは、主人であるデュエリストの意思のままに動く、いわばプログラムだ。
 悲しいことに、それに気づくことが――ただしくは、それをそうであると何度も意識できるのは美夜や美咲といった視える人間だけである。

 先程現れたスオルピオーネも、精霊と呼ばれる存在だ。実体を持たず、自由に移動することのできる存在。その代わりこの世界にはほぼ干渉できず、故に美夜を起こすことなんて出来はしない。


「行ってきます!」
『まったく、怪我しないでよネ、マスター』


 なんとか身支度を終え、家から飛び出すように扉を潜る。
 その声が届くのは、この場では美夜と美咲にのみ。話しかけてしまえば変な目で見られることは間違いないだろう。

 ローファーをパタリパタリと鳴らして道路を走っていく。
 いつもなら美夜が通うハートランド学園の制服を着た生徒で溢れかえるこの道も、時間が時間なためか、ごく少ない数の、それも美夜と同じように焦る姿を見せる者が点々と存在しているだけだった。

 と、美夜は気づく。
 数メートル先に、見慣れた幼馴染の特徴的な後ろ姿を見つけたのだ。黒い髪の向こう側から、触覚のように揺れる赤い髪。一部から海老のよう、だなんて呼ばれているその姿は、一度見れば忘れられない。


「遊馬、ゆうまっ!」
「――あっ、美夜!」




(お前も寝坊したのか?)(えへへ、ちょっと……って、早くしないと遅刻する!!)(やっべえ……!!)

僕らが生きた世界。