「おはよー……」


 遊馬と二人で駆け込んだ教室。幸い、まだチャイムはなっていないらしく、教室もまだ休み時間の雰囲気に包まれたままだった。
 よかった、と胸を撫で下ろした美夜は間に合ったね、と遊馬に視線を投げかける。呼応したように、遊馬も笑った。

 二人は並んで自分の席へ向かう。遊馬の席の前、そこが美夜の席だった。
 隅、というわけではないが人の視線は集まりにくく、言い方は悪いがサボるのにはうってつけの場所だろう。とはいえ、横にいる親友のせいで滅多にサボれないのだが。
 自分の席に鞄をおけば、隣の席の親友が淡い水色の髪を揺らしながら読んでいた本から目を離しこちらを見る。


「おはよう、今日は珍しく遅いのだな、美夜」
「う、おはよ梨蘭。ちょっと……寝坊しちゃって」


 ふふふ、と綺麗に笑う梨蘭は、美夜にとって自慢の親友だった。

 神代 梨蘭。
 彼女は、美夜が一年前、デュエルの大会の準決勝で戦った相手の妹だった。それ以来交流があり、今では親友と呼べるまでの仲になっている。
 彼女の兄はあまり素行がよろしくないが、梨蘭はそんな兄を慕っている。兄弟と呼べる存在がいない美夜にとって、そんな彼女は羨望の対象でもあった。


「寝坊?」
「あはは……」


 元より朝には弱い美夜だったが、最近よく夢を見るせいで起きられなくなってしまっている、なんて誰が言えようか。
 夢の続きを見たい、と、身体が起床を拒否しているようなのだが、そのような非科学的なことは言えない。
 そもそもこんなことを言っても寝たいがための言い訳にしか聞こえないだろう、と、口を噤んだ。


「それにしても梨蘭はいっつも早いよねえ、ボク尊敬しちゃうよ」
「凌牙の面倒を見なければならんのでな」
「あー、凌牙くん……」


 凌牙くん元気?
 元気すぎて困るくらいだな。

 そんな他愛ない会話を交わしていると後ろから遊馬のことを叱るもう一人の幼馴染の声が聞こえてくる。が、あそこの――観月小鳥と九十九遊馬の関係性は昔から変わらないのだから。
 あの二人も元気だねえ、と苦い笑いをこぼしてみれば梨蘭も同じ思いだったようで同じような顔をした。

 不意に教室の空気が震え、大音量で満たされる。HR開始のチャイムだ。
 ああ、もうそんな時間なのだな、と美夜は急いで鞄を片し、HRの準備をする。
 授業はそこまで好きではないが、自分の目標でもある母が同じように生徒だとしたら真面目に授業を受けるのだろう。そんな母に少しでも近づきたくて、苦手な勉強も、そこそこ頑張っている。美夜はそういう人間だった。ただ、そこに結果が伴っているかというのはまた別の話ではあるが。

 しばらくし、教室の扉が開く。
 しかしそこには、見慣れた担任――右京先生の姿だけではなく、右京先生の後ろにはナイフを持った、所謂不審者もいた。右京先生はそのナイフを突きつけられていて身動きが取れないらしい。


「せんせ、」
『……ン〜……』


 ふわり。声をあげかけた美夜の隣にふわりとスオルピオーネが現れる。
 騒然とする教室内。後ろにいる遊馬や小鳥の息を飲む音が聞こえてきた。梨蘭は真っ直ぐその方向を見つめている。
 そんな中、美夜は突然現れたスオルピオーネに視線だけを向けた。話しかけはしない。いくら自分に注目が集まっていないとは言えど、他人にはこのスオルピオーネの存在は見えないのだから。


『……あの人、どっかでみたことナイ?』


 スオルピオーネがぴっと指差したのは右京先生、ではなくその後ろにいた不審者だった。
 気づかれぬようにその不審者を凝視する。……確かに、何処かで見たことがあるような顔だ。しかしどこで、とは思い出せない。
 うーん、と唸る美夜に答えを教えたのは、他でもない、不審者本人だった。


「この中に宝生 美咲の娘はいるか!!」
「……ああ、そういうコト」




(まったく、有名人の娘ってのも気が抜けないね)



2014.10.17…執筆

僕らが生きた世界。